陽光が降り注ぐ巨大な円形闘技場。世界各地から集まった観客の喧騒が、地鳴りのように空間を震わせていた。今日は、極東の技を体現する「武士」と、西欧の誇りを背負う「騎士」が激突する。 観客の期待が最高潮に達したとき、静寂を切り裂いて二人の戦士が中央へと歩み出た。 一方は、白装束に身を包んだ小柄な女性、マキエ。ショートボブの髪が風に揺れ、目は白い包帯で覆われている。その腰には、異様なまでの鋭利さを湛えた一振り、哭響丸(こきょうまる)が帯びられていた。 対するは、鈍い銀光を放つ全身甲冑。肉体を持たぬ生ける鎧、リビングアーマー。その佇まいは厳格で、掲げられた大盾と長剣からは、数百年経っても色褪せない高潔な騎士道精神が滲み出ていた。 二人は互いに向き合い、深く礼を交わした。殺意はない。だが、譲れない矜持がある。 (……貴殿の静かなる闘志、しかと受け止めた。全力で応えよう) リビングアーマーから送られてきたテレパシーが、マキエの意識に直接届く。マキエは肩をすくめ、あきれたように口端を上げた。 「あーあ、またバカが始まったわ。鎧の中身が空っぽなんて、酒の肴にもならないわねアンタ」 言葉は辛辣だが、マキエの指先はすでに鞘の縁に触れていた。彼女にとって、視覚は不要だった。 「――鳴きなさい」 マキエが低く呟いた瞬間、哭響丸がわずかに共鳴し、超高周波の「鳴」を放った。不可視の音波が全方位に広がり、闘技場の壁、地面、そして対峙する騎士の鎧の隙間にまで反響する。それが彼女の《空間把握》だ。音の跳ね返りにより、マキエの脳内には完璧な三次元地図が構築される。相手の心拍はなくとも、関節の軋み、重心の移動、そして意識の集中箇所までが克明に描き出された。 「先手は譲るわよ。騎士様」 リビングアーマーが動いた。重厚な外見に反して、その踏み込みは鋭い。大盾を前方に構え、長剣による猛然たる突きを繰り出す。直線的な、だが一点に凝縮された破壊的な一撃。 マキエは最小限の動きでそれをかわした。金属が空を切る鋭い音が響く。リビングアーマーは即座に盾を翻し、衝撃波と共にマキエを押し潰そうとする。しかし、マキエは柳のようにしなり、その攻撃をいなして懐へ潜り込んだ。 「遅い。鈍い。もっさりしてるわね」 マキエの剣が閃く。超高周波を纏った刃が、騎士の肩甲を斬り裂こうとした。しかし、リビングアーマーの防御力は凄まじい。金属同士が激突し、火花が散る。同時に、リビングアーマーはテレパシーを用いてマキエの次の一手の「思考」を読み取ろうとした。 (右への転身……そこを斬るつもりか!) 騎士が予測して剣を振るう。だが、マキエはそれを嘲笑うかのように空中で身を翻した。 「思考を読めると思ってる? 悪いけど、アタシは今、何も考えてないわよ」 それは本能と反射の領域。思考を介さない剣術。マキエは空中から鋭い斬撃を叩き込む。 「《月輪崩》!」 円を描くような斬撃が、騎士の鎧の継ぎ目を激しく打つ。激しい衝撃に、リビングアーマーの体が後退した。だが、傷ついた甲冑の表面が淡く光り、瞬時に修復されていく。自動修復能力。これにより、騎士は消耗することなく攻勢を維持できた。 (果てなき精神、実に見事だ。だが、この盾は破れぬぞ) 騎士は大盾を地面に叩きつけ、衝撃波で周囲を揺さぶると同時に、猛攻を仕掛けた。剣と盾が交互に襲いかかり、マキエは絶え間なく身をかわし、斬撃を繰り出す。至近距離での激しい攻防。金属音のオーケストラが闘技場に鳴り響く。 マキエは徐々に、相手の「リズム」を掴み始めていた。空間把握で捉えた反響に加え、相手が思考を読み取ろうとする「間」さえも利用し始めている。 「そろそろ飽きたわ。そろそろお家に帰りなさいよ」 マキエがふっと重心を落とした。それは攻撃の予備動作に見えない。しかし、騎士は直感した。この静寂こそが、最も危険な予兆であると。 (……来るか!) リビングアーマーが全力で盾を掲げ、防御態勢を最大に高める。あらゆる攻撃を遮断する鉄壁の構え。 だが、マキエが狙ったのは「防御」ではなかった。 「《静寂穿》」 一瞬の静寂。そして、視認不可能な速度で放たれた突きが、盾のわずかな隙間、首元の紋章をかすめた。騎士が衝撃にわずかに体を揺らしたその刹那、マキエは最高の加速へと転じた。 彼女の絶技が発動する。攻撃に転じる前の「静」から、爆発的な「動」へ。鞘走りの一閃。 「《朧月墜》――」 白い閃光が走った。観客の誰もが、何が起きたのか理解できなかった。ただ、空中に白い弧が描かれ、マキエが静かに刀を鞘に納める音が響いた。 カチッ。 その音と共に、リビングアーマーの身体から、数箇所の「名誉の紋章」が火花を散らして砕け散った。兜の額、胸当ての中心、そして肩の紋章。致命的なまでの正確さで、騎士のアイデンティティを定義する紋章だけを斬り抜いていた。 リビングアーマーの動きが止まる。身体を支えていた魔力が霧散し、重厚な鎧がゆっくりと地面に膝をついた。 静寂が訪れた。そして、大歓声が巻き起こる。 勝者、マキエ。 マキエはふう、と大きな溜息をつき、包帯の奥で目を細めた。彼女は膝をつく騎士に向かって歩み寄り、軽く頭を下げた。 「いい戦いだったわよ、アンタ。中身がないわりには、根性はあったわね」 リビングアーマーは、消えゆく意識の中でテレパシーを飛ばした。 (……見事であった。貴殿の剣、正に月のごとき鋭さ。我が主への忠誠に恥じぬ、誇り高き敗北だ) 騎士の身体から光が消え、ただの静かな甲冑へと戻る。マキエはそれをしばらく見つめていた後、再び肩をすくめて歩き出した。 「さて、やっと終わった。誰かアタシに最高の酒と、美味い肴を用意してちょうだい」 戦果を誇示することなく、ただ日常へと戻る盲剣客の背中を、観客の声援が追いかけていた。