地平線の彼方まで続く観客席。世界中から集まった数万の人々が、円形闘技場を埋め尽くし、地響きのような歓声を上げていた。ここは、あらゆる世界の強者が集い、技と誇りを競い合う聖域。 砂塵が舞う中央に、二人の戦士が対峙していた。 一人は、白羽織に黒袴を纏った若き侍、TYPE-SHINこと菊原真。その右腕は鈍い光を放つ銀色の機械義手であり、腰には二本の刀を帯びている。穏やかな表情を浮かべながらも、その眼差しは鋭く、武士としての静かな覚悟が宿っていた。 対するは、白銀の甲冑に身を包んだ巨躯の女騎士、ベランダ・バルコニー。199センチという圧倒的な体格に、凛とした騎士の気品が漂う。しかし、その表情にはどこか「様子がおかしい」空気が混在しており、戦いというよりは、何か崇高な使命を帯びた巡礼者のような佇まいであった。 審判の合図とともに、静寂が訪れる。そして、爆発的な速度で戦いの幕が上がった。 「いきますっ!」 真が地を蹴った。素早さ20の機動力に加え、機械義手のブーストが加速を促す。主刀『天菊』が白銀の閃光となってベランダの頸元へ切り裂く一撃を放った。 ガキンッ!! 鋭い金属音が闘技場に響き渡る。ベランダは巨体に似合わぬ反射神経で長剣を合わせ、真の攻撃を真っ向から受け止めていた。 「見事な剣技です、若き侍よ! その鋭さ、その精神……まさに我が聖ロガン騎士団に相応しい!」 戦いの最中であるというのに、ベランダの声は朗々と、そしてどこか勧誘のような熱を帯びていた。 「えっ、なんのことですか? 僕は今、真剣に戦って……!」 真が困惑した隙に、ベランダの重い一撃が振り下ろされる。防御力15と低いものの、その質量による攻撃は凄まじい。真は咄嗟に主刀でそれを受け流した。 「ここです! 『菊流し』!」 受け流した衝撃をそのまま利用し、真は左手の鞘に仕込まれたもう一本の刀『地菊』を瞬時に抜き放つ。カウンターの一撃がベランダの脇腹を狙った。 だが、ベランダはそれを避けるどころか、あえて懐に飛び込んだ。甲冑が軋む音とともに、彼女は真の肩をガシッと掴む。 「いい目だ! 決まりました! あなたを聖ロガン騎士団の特任隊長に任命します! さあ、共に人々を腹痛や歯痛から救う崇高な旅に出ましょう!」 「いや、方向性が違う! そもそも僕、歯は丈夫ですし!」 真は慌てて右腕の義手から『斬鉄鉤』を展開し、ベランダの腕を弾き飛ばして距離を取った。鉤爪が甲冑の表面をかすめ、火花が散る。 観客席からは、この奇妙な掛け合いに笑いと驚嘆の声が上がっていた。しかし、真の心にあるのは相手への敬意だ。この騎士は、戦いの中でさえも誰かを救おうとする信念を持っている。それがたとえ、少し方向性がおかしくとも。 (……でも、負けられない。僕がサイボーグとして、そして武士として再起したこの力、全力でぶつけなきゃ失礼になります!) 真の瞳に、静かな闘志が宿る。彼は腰を深く沈め、主刀を鞘に納めた。居合の構えである。 「本気でいきます。……『菊花一閃』!!」 世界が止まった。真の身体が、視認不可能な速度で加速する。一筋の白い線がベランダの胸元を横切った。 キィィィィン!! ベランダは間一髪で剣を横に構え、刃を弾いた。しかし、その衝撃で彼女の足元の砂が円状に弾け飛ぶ。攻撃力40の真の一撃は、防御力の低いベランダにとって致命傷になりかねない威力だった。 「素晴らしい! 完璧な一撃です! だからこそ、あなたに団長の座を譲りたい!」 「まだ戦いの途中ですよ!!」 ベランダは突然、剣を地面に突き立てると、深々と頭を下げた。その表情は真剣そのものであり、初代団長ロガン公への絶対的な忠誠心に裏打ちされていた。彼女にとって、強い者を騎士団に招き入れ、さらにその者に指導権を譲ることは、聖ロガン騎士団の拡大という至上命題に叶う行為なのだ。 しかし、この闘技場のルールは「引き分けなし」。そして、真は武士として、相手が降参せず、戦う意志(たとえそれが勧誘であっても)がある限り、勝敗を決めるまで止まることはできない。 「……すみません。最後に行かせていただきます」 真は静かに目を閉じた。義手のセンサーがフル稼働し、ベランダの重心、呼吸、甲冑の隙間、そして彼女が次にどの方向へ「勧誘しに動くか」までを完全に解析する。 「終ノ太刀――『塵菊』」 それは、閃光よりも速い一撃だった。 観客には、真がただ一歩前へ踏み出したようにしか見えなかった。しかし次の瞬間、ベランダの構えていた長剣の鍔(つば)が、正確に、そして鋭く斬り落とされた。同時に、真の刀先がベランダの喉元でピタリと止まる。 斬撃は急所を外れていたが、もし真があと数センチ深く斬り込んでいれば、勝負は一瞬でついていた。完璧な解析と、寸分違わぬ制御。技の精度において、真がベランダを完全に凌駕した瞬間だった。 静寂が訪れる。そして、審判が右手を高く掲げた。 「勝者、TYPE-SHIN!!」 大歓声が爆発する。真はゆっくりと刀を鞘に納め、肩の力を抜いた。 一方のベランダは、斬り落とされた剣の破片を呆然と見つめていたが、すぐにパッと顔を輝かせた。 「……見事です! この精度、この速さ! 正真正銘、あなたが我が団の正統なる後継者です!」 ベランダは膝をつき、敗北を認めながらも、心からの敬意を込めて真の手を取った。 「負けました。私の剣よりも、あなたの心の方が鋭かった。心地よい敗北です、若き侍よ」 真は照れくさそうに頭をかきながら、彼女の手を握り返した。 「いえ、僕こそ。ベランダさんの信念、僕には真似できないくらい強かったです。ありがとうございました」 二人は互いに深く礼を交わした。勝敗は決した。しかし、そこには憎しみなど微塵もなく、ただ戦い抜いた者同士の清々しい信頼関係だけが残っていた。 「さて、では私は別の世界線へと旅立ちます! 団長の座はあなたに預けましたよ! またいつか、歯痛に悩む人々を救う現場でお会いしましょう!」 「えっ、ちょっと待ってくださ――」 真の制止も聞かず、ベランダはどこからともなく現れた次元の裂け目へと、凛々しく、そして相変わらず様子がおかしい足取りで消えていった。 一人残された真は、自分の右手に握られた、いつの間にか渡されていた「聖ロガン騎士団・団長」と書かれた金色のバッジを見つめ、ぽかんとした表情で空を仰いだ。 「……僕、騎士団の団長になっちゃったのかな」 闘技場に、観客たちの快哉の声がいつまでも鳴り響いていた。