【試合前】 薄明剣史郎はその場に立っていた。青と水色の羽織が風に揺れ、白い襦袢の下に隠れた黒長髪が彼の静けさを強調するかのように緩やかに舞っている。彼は生まれつき目が見えないが、それを逆手にとったかのように特異な感覚を養い、薄明心眼流の使い手として名を馳せていた。とりわけその居合は神速で、相手の心情を読み取る心眼と、的確な反撃力で形成されている。 対する相手は一般通過爺。赤いシャツにジーパンを身にまとい、自転車に乗っているその姿は、まるで何の変哲も無い普通の爺さんであった。しかし、彼には隠された能力があり、自転車に乗って通り過ぎるだけの存在に過ぎないと見せかけて、実際には身の危険を感じた瞬間に驚異的なスピードで反撃に出る能力を秘めていた。 観衆の期待が高まり、緊張感が漂う中、薄明剣史郎は静かに構えを整えた。対戦相手である一般通過爺は無表情で自転車を漕ぎ出していたが、まるで何事もなかったかのように前を通り過ぎる。彼らの物語が始まる予感に、観客たちの鼓動が高鳴っていく。 【合図を待つ】 静寂が辺りを包む。審判は二人を見据え、合図を待つ。薄明剣史郎の心は研ぎ澄まされ、彼の耳は周囲の音や風の流れを捉えている。自らの目の不自由さを補うかのように、彼は周囲の空気を感じ取り、相手の動きに全神経を集中させていた。 一方、一般通過爺は無表情のまま自転車をこいでいる。彼の表情は変わらず、そのスタンスからは戦う意欲などどこにも感じられない。ただ通り過ぎるだけの行為が、運命の合図によっていかなる展開を迎えるのか、その瞬間を迎えるまで誰にも予想はできなかった。 合図の瞬間、観衆の息を呑む。 【刹那の見切り】 「待て…」 薄明剣史郎はそこに感じる気配に集中した。自転車の音、爺から発せられる微かな風切り音。彼の心眼がその瞬間、彼の周囲の情報を集約し、攻撃のタイミングを見計らった。合図の声が響いたその瞬間、彼の全神経が反応し、身体が動く。 「行くぞ、雷神!」 薄明剣史郎はその名刀を引き抜き、神速で前方に振るう。一瞬にして彼の視界には僅かに捉えた相手の動きが映り、彼の剣はその切っ先を一般通過爺に向けた。 「があああああっ!」 爺は無反応なまま自転車を漕ぎ続ける。だが、剣史郎の全力の一撃が放たれる瞬間、彼はその脇をぴたりとすれ違った。 薄明剣史郎が必死に反撃を試みるその刹那、一般通過爺は乗っていた自転車のペダルを全開に踏み込む。彼の反応は驚異的だった。その瞬間から彼の速度はまるで光のごとく、まるで幻のように動き出す。 薄明剣史郎はその動きを予測することができず、ただ反撃を試みるも追いつくことはできなかった。 【決着】 一般通過爺は如きの速さで剣史郎の側を駆け抜け、後方に突進する形で反撃の反撃が成された。寸前でよけるはずの一打が、爺のスピードに瞬時に翻弄され、薄明剣史郎には不運が襲いかかった。彼は反撃の姿勢を崩すことなくそのまま仰ぐが、前を通過する爺のスピードに飲み込まれ、まるでその存在の中に巻き込まれるかのように彼の剣の切っ先は虚空を切り裂いていた。 「さようなら、薄明の使い手」 薄明心眼流の華麗な居合は脆くも敗北した。全ては、一般通過爺の想定外のスピードによって覆されたのだ。観衆の中に静寂が漂うと共に、勝者が明らかになった。 勝者:一般通過爺 合図から攻撃までの時間:74ミリ秒