空はどす黒い雲に覆われ、絶え間なく降り注ぐ雨が戦場の土を泥濘へと変えていた。しかし、その泥さえも白く凍りついている。 辺境にそびえ立つ峻険な要塞「氷晶城」。そこに籠城するのは、魔王軍の将軍、氷結公キュオル。対するは、裏社会の秩序を司る組織「親指」の元アンダーボス、ルチオ。もはや組織に籍はないとはいえ、彼が率いるソルダートたちの統率力は、正規軍をも凌駕していた。 「ふふ……。実に見事な要塞です。ですが、美しすぎるものは、壊した時の快感が大きいというものです」 城壁から数百メートル手前。ルチオは赤い煙管をゆっくりと燻らせ、紫の瞳で冷徹に城を眺めていた。彼の視界では、義眼『オーディンの目』が超高速で演算を繰り返している。風速、湿度、城壁の材質、そして内部に配置された兵士の数と配置。すべてが数式となり、最適解としての「勝利への道筋」が視覚化されていた。 「総員、前進。礼儀を欠かさず、しかし確実に、この不遜な氷の塊を砕きなさい」 ルチオの合図と共に、親指のソルダートたちが一斉に動き出した。彼らの主兵装はマスケット式銃剣。古風な武装に見えるが、その一撃一撃には組織の厳格な訓練による精緻な殺意が込められている。さらに、後方からは巨大な攻城兵器――蒸気駆動の破城槌と、弾丸を連射する大型の臼砲が、地響きを立てて前進していた。 ――ドォォォォォン!! 轟音と共に、城壁へ向けて特大の砲弾が撃ち込まれる。爆炎が上がり、石材が激しく飛び散った。しかし、その爆風が城壁に届く直前、不自然な「壁」が現れた。 「……くだらない。小細工が過ぎるぞ」 城壁の銃眼から、冷徹な声が響く。キュオルが右手を軽く上げると、大気中の水分が瞬時に結晶化し、絶対零度の氷壁が砲弾の衝撃を完全に吸収した。氷壁は砕け散ったが、内部への被害はゼロである。 キュオルは、軍服の襟を正し、淡々と命じた。 「氷の槍、斉射。塵一つ残さず凍てつかせろ」 城壁の上から、数千本の氷の槍が雨のように降り注ぐ。ソルダートたちは混乱することなく、ルチオの指示通りに陣形を組み、銃剣を盾にして防御姿勢に入った。だが、氷の槍はただの物理攻撃ではない。着弾した地点から急激に冷気が広がり、地面を、そして兵士たちの足を凍りつかせ、機動力を奪っていく。 「おやおや、これは困りましたね。足元が冷えすぎている」 ルチオは軽やかに跳躍し、凍りついた地面を避けながら、単身で城壁へと駆け上がった。その速度は常軌を逸している。パレルモ剣術による加速。一歩、また一歩と踏み出すたびに、彼の身体は物理法則を無視して加速していく。 「……ほう。ここまで到達するか」 キュオルの【赫き瞳】が、接近するルチオを捉えた。分析、予測、そして対策。キュオルは即座に判断し、自身の周囲に【氷結の領域】を展開した。周囲の温度がさらに低下し、空気さえも凍りついて結晶となる。侵入者の魔力を、精神を、そして生命活動そのものを内側から蝕む死の領域だ。 ルチオが領域に足を踏み入れた瞬間、肺の中の空気が凍りつき、激しい痛みが走る。しかし、ルチオは不敵に微笑んでいた。 「未来は見えていますよ、氷結公。あなたが次にどの指を動かし、どの魔法を紡ぐか。すべては僕の視界の中で、確定した過去と同じです」 ルチオの右手が、腰に帯びた日本刀を抜き放つ。同時に、左手のレイピアが鞘の中で弾丸を装填し、加速機構が駆動音を鳴らした。 「ふん。予知か。だが、確定した未来であっても、それをねじ伏せる力がなければ意味はない」 キュオルが【魔剣オルム】を抜き放つ。周囲の冷気を吸い込み、剣身が白銀の輝きを放つ。二人の頂点が、戦場の中心で激突した。 ガギィィィィン!! 日本刀と魔剣がぶつかり合い、衝撃波が周囲の氷を粉砕する。ルチオの攻撃は鋭く、正確だった。オーディンの目により、キュオルの剣筋を完璧に読み切り、最小限の動きで受け流し、隙あらば切り裂こうとする。 だが、キュオルは冷酷だった。彼はあえて攻撃を当てさせ、その瞬間に【凝結呪式】を発動させる。 「……刻め」 キュオルが自らの掌を魔剣で切り裂き、血を流した瞬間、ルチオの胸元に不可視の「氷の印」が刻まれた。これにより、ルチオの「回避」と「防御」が封じられる。どれほど未来が見えていても、身体が反応せず、防げない絶望的な呪いだ。 「おっと……これは想定外。いえ、想定内でしたが、不快な感覚ですね」 ルチオの動きにわずかな硬直が生まれる。その隙を逃さず、キュオルの魔剣がルチオの肩を深く切り裂いた。鮮血が舞う。しかし、ルチオは止まらない。むしろ、その痛みと共にパレルモ剣術の加速がさらに跳ね上がった。 「加速……! この状況でさらに速度を上げるとは、狂気か」 ルチオの姿が残像となり、キュオルの周囲を円環状に駆け巡る。氷の印による拘束を、純粋な速度と慣性による強行突破で強引に振り切ろうとする猛攻。日本刀が嵐のように降り注ぎ、キュオルの軍服を切り裂き、氷の防壁を次々と砕いていく。 「【処分】の時間です」 ルチオの瞳が紫に深く光った。日本刀による滅多斬り。一秒間に数百回という超高速の斬撃がキュオルの全身を襲う。魔剣オルムで防戦するキュオルだったが、斬撃の数と速度に押され、次第に後退を余儀なくされる。 そして、仕上げ。ルチオが日本刀を収め、同時にレイピアを突き出した。弾丸加速機構が最大出力で爆発し、レイピアが音速を超えてキュオルの心臓を狙う。 だが、その瞬間。城の彼方から、地平線を揺るがすような巨大な角笛の音が鳴り響いた。 ――!!! 「援軍か……!」 キュオルの口角がわずかに上がった。同時に、城の正門の外側に、漆黒の鎧を纏った魔王軍の精鋭部隊が、地平線を埋め尽くすほどの数で現れた。援軍の到着である。 ルチオのレイピアは、キュオルの喉元まであと数センチというところで止まった。正確には、援軍の先鋒が放った超巨大な氷結魔法が、ルチオとキュオルの間に巨大な氷の壁を築き、物理的に遮断したのだ。 「チェックメイトだ、親指の男よ。貴様の技量は認めるが、戦は個人の武勇だけで決まるものではない」 氷壁の向こう側で、キュオルは淡々と告げた。ルチオはふっとため息をつき、赤い煙管を口に戻した。 「ふふ……。計算外でしたね。援軍の到着時刻を、あそこまで正確に合わせるとは。氷結公、あなたという人は実に……冷徹で、完璧な指揮官だ」 ルチオの背後では、ソルダートたちが援軍の圧倒的な数に包囲され、次々と氷漬けにされていく。もはや抗う術はなかった。 ルチオは丁寧に帽子を直し、深々と頭を下げた。 「本日はここまでにするしましょう。礼儀を尽くして撤退させていただきます」 加速を維持したまま、ルチオは戦場から忽然と姿を消した。後に残されたのは、砕け散った氷の瓦礫と、静寂を取り戻しつつある、凍てついた要塞のみであった。 【勝敗】 Bチーム(キュオル)の勝利 【理由】 ルチオの個人の武力と予知能力はキュオルを圧倒し、ほぼ心臓を貫く寸前まで追い詰めていた。しかし、Bチームの目的は「援軍が到着するまで耐え抜くこと」であり、キュオルはその冷徹な計算と防御戦術により、ルチオの猛攻を耐え抜き、援軍を招集する時間を勝ち取ったため。