静寂に包まれた、時が止まったかのような廃墟の神殿。かつては黄金の装飾が施され、多くの信徒が祈りを捧げたであろうその場所は、今や崩れた柱と舞い散る埃に支配されていた。その中心に、一人、物憂げに座り込む存在がいた。【忘れられた天使】リムルである。白く、しかしどこか色褪せた翼を力なく垂らし、虚空を見つめるその瞳には深い悲しみと諦念が宿っていた。 「こんな寂れた神殿に、何か用……?」 リムルが低く、掠れた声で呟いたその瞬間だった。神殿の静寂を切り裂くように、賑やかな駆動音と、場違いなほど陽気な笑い声が響き渡った。 「うおー! ここが戦場かー! 面白そうだなあ!」 上空からロケットの噴射炎を撒き散らしながら、猛スピードで突っ込んできたのは、キツネの着ぐるみを着込んだ奇妙な生物だった。玩具竜プレイス・リュート。彼は【ロケットライダー】による急加速で空を舞い、着ぐるみの尻尾を激しく振りながら、リムルの目の前に着地した。 「わあ! 白い羽! すごい! ねぇねぇ、それチョーダイ!」 天真爛漫に叫ぶプレイス。その隣には、さらに場違いな男が立っていた。どこにでもいる、疲れ切った中年男性。くたびれたワイシャツにスラックス。手には使い古されたビジネスバッグ。自称「おっさん」である。 「いやぁ、まあまあ。いきなりそんなに盛り上がらなくてもいいじゃないですか」 おっさんは苦笑いしながら、リムルにぺこりと頭を下げた。その表情には敵意など微塵もなく、ただただ「相手と仲良くなりたい」という、あまりに凡庸で、それゆえに純粋な願いが込められていた。 リムルは呆然とした。自分は絶望し、孤独に耐え、真の救済とは何かを問い続けていた。それなのに、目の前に現れたのは、おもちゃのような竜と、どこにでもいる社会人である。 「……ふふ。滑稽ね。神の理から外れた者たちが、私を嘲笑いに来たのかしら」 リムルが自嘲気味に微笑んだ瞬間、空気が変わった。彼(彼女)の頭上の天使の輪が淡く発光し、背中の翼が大きく広がった。かつて神に迫ると謳われた聖力が、一時的にその身に宿る。周囲の埃が弾け飛び、神殿に神々しいまでの圧力が満ちた。 「さあ、遊びは終わり。あなたたちに、本当の『救済』を教えてあげる」 【戦闘開始】 先手を打ったのはプレイスだった。彼は【ロケットライダー】で視認不可能な速度まで加速し、至近距離から【ピコットハンマー】を振り下ろした。 「えいっ! ぺこーん!」 不思議な音が鳴り響き、ハンマーがリムルの聖なる障壁に接触する。その瞬間、リムルが展開していた防御バフが霧のように消し飛んだ。ステータス削除。プレイスの攻撃はトリッキーであり、正攻法では捉えきれない。 「なっ……!? 私の加護を消したというの?」 驚愕するリムル。しかし、リムルは即座に【天使の輪】の膂力を行使し、肉弾戦へと移行した。目にも留まらぬ速さで繰り出された拳がプレイスの腹部を捉える。しかし、そこにあったのは肉体ではなく、分厚いキツネの布地だった。 「へへーん! 【キグルミカバー】で無効だぞ!」 プレイスは着ぐるみのクッションで衝撃を吸収し、そのままひらりと後方に跳ねた。そして、懐から巨大なスナイパーライフルを取り出す。おもちゃのような見た目だが、その威力は本物だ。 「【とびきりスナイパー】! ドカーン!」 轟音と共に放たれた弾丸が、リムルの肩をかすめ、背後の柱を粉砕した。リムルは激しい衝撃に身をよじらせ、地面を転がる。 一方、その様子をぼーっと眺めていたおっさんが、おずおずと口を開いた。 「あの、お二人とも。そんなに激しくやり合わなくても、お茶でも飲んで話し合いませんか?」 「うるさいぞ、おっさん! 今いいところなんだから!」 プレイスに一蹴されたおっさんは、「あはは、すみません」と頭を掻いた。しかし、リムルは彼に気づいた。敵意を持たず、ただ調和を願う男。それはかつての自分、人々を笑顔にしたいと願っていた頃の自分に似ていた。 だが、戦いは止まらない。リムルは再び立ち上がり、聖なる光の槍を形成した。 「私は悟ったの。幸せを与えるだけでは不十分だと。あなたたちの無垢な傲慢さを、絶望で塗り潰してあげましょう」 光の槍が雨のように降り注ぐ。プレイスはロケットで回避し続けるが、広範囲に及ぶ攻撃に徐々に追い詰められていく。そして、逃げ場を失ったおっさんがその攻撃の渦に巻き込まれた。 「あいたたたた!」 おっさんの身体から、ちょびっとした炎が出た。スキル【凡人の炎】。1メートルにも満たない小さな火種が、聖なる光に飲み込まれて消える。おっさんは地面に転がり、ボロボロになりながらも、しぶとく指を動かした。彼は携帯電話を取り出し、誰かに電話をかけ始めた。 「あ、もしもし? すみません、ちょっと仕事(戦い)で手詰まりになりまして……。ええ、お願いできれば助かります」 数分後。神殿の入り口から、黒いスーツに身を包んだ男たちが続々と現れた。一人、また一人。彼らは皆、温厚そうな表情をしており、手にはなぜかアルミ製のスーツケースを抱えていた。おっさんの同僚たちである。 「よし! みんな来たな! お願いします!」 同僚たちは一斉にスーツケースを開けた。中に入っていたのは、武器ではなく……大量の差し入れとお菓子、そして「応援」という名の精神的支援だった。彼らは戦うのではなく、おっさんを全力で励まし、その生命力を底上げし始めた。 「おっさんさん、頑張ってください!」「無理しないでくださいね!」「後で飲みに行きましょう!」 その温かな、あまりに凡庸な善意の連鎖。それがおっさんの【生命力】と【闘争心】を異常なまでに増幅させる。ボロボロだったはずのおっさんが、不気味なほどのタフネスを持って立ち上がった。 「いやぁ、やっぱり仲間がいると心強いですねぇ」 プレイスはそれを見て、面白がって飛び込んだ。 「わあ! 人がいっぱいだ! 【それチョーダイ!】」 プレイスがおっさんの同僚が持っていた高級そうなクッキーの箱を奪い取る。しかし、同時にリムルの怒りが頂点に達した。 「ふざけないで……! 私は、私はこんなにも孤独だったのに! なぜあなたたちは、そんなに簡単に繋がっていられるの!?」 リムルの叫びと共に、神殿全体が激しく振動した。彼の悲しみと怒りが共鳴し、聖力が暴走し始める。だが、それは破滅への道ではなく、彼自身の限界を超えさせるトリガーとなった。 【進化の刻】 激しい光がリムルを包み込む。彼は自らの「孤独」を認め、それを「他者の孤独を理解するための力」へと昇華させた。 リムルの外見が変化する。色褪せていた翼は、純白から深い瑠璃色へと変わり、その大きさは神殿を覆い尽くすほどに拡大した。頭上の輪は二重になり、周囲には絶えず癒しの粒子が舞っている。 進化形態:【孤独を抱く救済聖天使】リムル 能力:【絶望の受容】相手の負の感情を吸収し、それを純粋な治癒力と攻撃力に変換する。また、半径1km以内の者の精神的苦痛を強制的に解消し、戦意を喪失させる。 「……もう、寂しくない。あなたたちの騒がしささえも、今は心地よいわ」 一方、プレイスもまた、強大なリムルの圧に押され、生存本能が限界まで突き抜けた。彼は「もっと楽しく、もっと強く」という純粋な欲望に身を任せ、進化を遂げる。 プレイスの着ぐるみは脱ぎ捨てられ、代わりに身体からクリスタルの鱗が突き出した。小さな竜の姿から、全身が宝石のように輝く中型の竜へと成長し、背中にはロケットブースターが内蔵された機械的な翼が融合していた。 進化形態:【至宝の玩具神竜】プレイス・リュート 能力:【万物玩具化】触れたものを一時的に「おもちゃ」に変え、その特性を自在に操作する。また、奪った武器を究極的に強化して使用する。【ロケット・オーバードライブ】による光速に近い移動が可能。 そして、最も苦戦していたのは、ある意味でおっさんだった。彼は聖なる攻撃に焼かれ、同僚たちの応援という名のプレッシャーに晒され、物理的にも精神的にも限界だった。しかし、彼は死なない。しぶとすぎる。その「凡人としての究極の生存本能」が、奇跡的な進化を引き起こした。 おっさんのスーツが、黄金の光を帯びたビジネスアーマーへと変化した。手には黄金のスーツケース。見た目は相変わらずの中年男性だが、その眼光には「定年まで生き抜く」という不屈の意志が宿っていた。 進化形態:【不屈の社畜神】おっさん 能力:【絶対的な日常】周囲の空間を「平穏な日常」に固定し、あらゆる超常的な攻撃を「ただの不運」として軽減する。また、【同僚の総意】により、無限に増殖する心優しい分身を召喚できる。 【最終決戦】 進化を遂げた三者は、もはや元の次元を超えた戦いを繰り広げていた。プレイスが【万物玩具化】で神殿の柱を巨大なゴムボールに変えてリムルにぶつけ、リムルがそれを【絶望の受容】で光の粒子に変えて霧散させる。おっさんはその間を縫って、黄金のスーツケースから大量の書類(物理攻撃)をばら撒き、戦場をカオスに陥れていた。 「あははは! 面白い! もっとやろうよ!」 プレイスが光速で飛び回り、リムルの死角から【至宝のスナイパーライフル】を構える。一撃で全てを消し飛ばす極大の一撃。しかし、そこに割って入ったのはおっさんだった。 「危ないですよ、プレイス君!」 おっさんが【絶対的な日常】を展開。超高威力の弾丸が、おっさんの身体に当たった瞬間、「あ、靴に泥がついた」程度の軽い不快感へと変換された。弾丸の威力は完全に消失した。 「ええーっ! 今の当たったのに!?」 驚くプレイス。その隙を、リムルは見逃さなかった。彼女は瑠璃色の翼を大きく広げ、慈愛に満ちた、しかし抗いようのない光の波を放った。 「もう、十分です。あなたたちの魂にある『孤独』も『焦燥』も、私が全て受け取りましょう」 【究極救済:エターナル・ピース】 神殿全体を飲み込むほどの白い光。それは攻撃ではなく、究極の「癒やし」だった。戦う理由を忘れさせ、心を凪の状態にする。プレイスの闘争心は心地よい眠気に変わり、おっさんの不屈の精神さえも、「あぁ、今日はもう仕事休みでいいな」という深い安らぎに塗り替えられていった。 プレイスはそのまま、心地よく地面に丸まって寝息を立て始めた。 おっさんもまた、黄金のアーマーを脱ぎ捨て、大の字になって空を見上げた。 「いやぁ……いい天気ですねぇ……」 戦いは、誰も死なず、誰も傷つかぬまま、静かに終結した。 【勝敗の決め手】 勝敗を決めたのは、リムルの「受容」だった。プレイスの圧倒的な火力も、おっさんの不屈の防御も、リムルが放った「戦う必要がない」という究極の精神的充足感の前には無力だった。暴力ではなく、精神的な救済によって相手を無力化し、戦いを強制終了させたリムルの勝利である。 後日。 神殿には、不思議な光景が広がっていた。瑠璃色の翼を持つ天使リムルが、昼寝をするプレイスに毛布をかけ、おっさんとその同僚たちが持ち寄ったお菓子を囲んで、穏やかに談笑している。 「……ふふ。不幸を取り除くのが真の天使だと思っていたけれど」 リムルは、隣で幸せそうにクッキーを頬張るおっさんを見て、小さく微笑んだ。 「ただ隣に誰かがいてくれるだけで、十分だったのかもしれないわね」 孤独だった天使は、もう一人ではなかった。騒々しく、凡庸で、けれど温かい仲間たちが、彼女の新しい居場所となったのである。