序章:黄金の毛並みと、騒がしい救世主 意識が浮上したとき、まず感じたのは、鼻を突く不快な湿気と、肌にまとわりつく冷たい空気だった。視界はひどく低く、世界がいつもよりずっと大きく、歪んで見えた。自分がどこにいるのか、何をしていたのかを思い出そうとしたが、記憶の断片が霧のようにぼんやりとしている。 (あれ……? 私、どうしてこんなところに……?) 声を上げようとしたが、口から漏れたのは言葉ではなく、高く、か細い「にゃあ」という鳴き声だった。驚いて自分の手を見れば、そこにあるはずの、植物を愛し、泥にまみれた慣れた手袋はどこにもない。代わりに視界に飛び込んできたのは、白くふんわりとした、小さな四本の肉球だった。 絶望というよりも、まず不思議だった。私はプラントハンターとして、未知の種を探して世界を旅していたはずだ。けれど今、私は冷たいコンクリートの隙間、ゴミ捨て場の隅のような暗い場所で、一匹の猫になっていた。金色の毛並みが、薄暗い雨の滴に濡れて肌寒く、私は身を縮めて震えるしかなかった。 おっとりしていると言われる私だが、この状況だけは、さすがに掴み所がない。もしかして、珍しい種類の寄生植物か何かにかかったのだろうか。それとも、どこかの不思議な種子がもたらした奇跡なのか。考えれば考えるほど、不安が募り、私はまた「にゃー、にゃあ」と、誰かに助けを求めるように鳴いた。 すると、その静寂を切り裂くような、耳をつんざくほどの陽気な声が響いた。 「HEY!!! ルックアットディス! 超キュートなキャットを発見したぜぇーーー!!!」 視界に飛び込んできたのは、あまりに強烈な色彩だった。虹色に輝く巨大なアフロヘアーに、眩いばかりの金色のパンツ。人間という生き物がここまで極彩色になれるのかと、私は呆気にとられた。その人物――かまこわなという男は、嵐のような勢いで私の前にしゃがみ込むと、大きな手でひょいと私を抱え上げた。 「オーマイガー! このゴールデンカラー、まるでピュアゴールドじゃねーか! ラッキー!! ラッキーすぎるぜ、ベイビー!!」 激しい揺さぶりに、私は目が回りそうだった。けれど、彼の腕の中は不思議と温かく、そして……なんだか、とても不思議な匂いがした。古びた芋のような、それでいて得体の知れない刺激的な香りが漂っている。普通の人間からは想像もつかない香りだったが、凍えていた私にとって、その体温は唯一の救いだった。 「よし、お前の名前は……そうだ、『ゴールデン・ポテト』だ! 俺のソウル・フードにちなんで名付けてやるぜ! イェーイ!!」 こうして、私はプラントハンターとしての身分を失い、一匹の猫として、「ゴールデン・ポテト」という、あまりに食欲をそそる名を与えられた。それが、私とこの賑やかな同居生活の始まりだった。 第一章:カオスな食卓と、黄金の日常 猫になってから数日が経った。私は、かまこわなさんの家での生活に、なんとか適応し始めていた。といっても、適応というよりは「この状況をどう楽しむか」という方向へ思考をシフトさせただけだが。 私の日常は、至る所で「爆発」に満ちていた。爆発といっても、火薬や爆弾のことではない。彼が繰り出す、凄まじい勢いの「屁」のことだ。 「ハロー! ポテト! 朝飯だぜぇーーー!!」 かまこわなさんは、起きた瞬間に全力で叫ぶ。そして、勢いよくベッドから飛び出す際、お尻から「ブォォォン!!」と凄まじい衝撃波を伴う屁を放った。その推進力で彼は壁に激突したが、本人は気にした様子もなく、ケラケラと笑いながらキッチンへ向かう。私はソファの上で、呆然と彼を見送るしかなかった。 (ふふふ、本当に賑やかな方ですね。まるで、急成長するリフトのように、エネルギーに溢れています……) 猫になった私は、もはやブルームインジェクターを使うことはできない。けれど、植物好きの血は流れている。私は彼が適当に置いた観葉植物の鉢に、こっそり顔を寄せ、その健康状態をチェックするのが日課になっていた。幸い、彼が水やりを忘れても、私の「猫としての念」が届いているのか、植物たちはなんとか生き延びていた。 ある日の昼下がり。かまこわなさんは、大量の蒸し芋を山盛りにして、にやけ顔で頬張っていた。その様子は、まるで獲物を前にした飢えた獣のようだったが、食べているものはただの芋である。 「ンーーー!! この芋こそが、俺のパワーの源! ソウル・オブ・ポテトだぜ!!」 彼は芋を口に放り込みながら、突然、お尻から「プッ! ぷぷぷーっ!」と、リズムを刻むような音を鳴らした。それは彼にとっての音楽であり、呼吸のようなものらしい。私はその音に合わせて、あくびをした。彼が放つ屁の匂いは、最初は刺激的だったが、次第に慣れてきた。というか、もはやこの家の「環境音」として処理していた。 ふと、私は考えた。もし私が今の姿ではなく、人間だったら。この状況をどう分析し、どの種子を植えて、彼を落ち着かせようとしただろうか。きっと、足元にブライアを植えて、彼が飛び跳ねないように固定しただろう。あるいは、ターレットを配置して、屁の方向を正確に検知させ、換気扇の方へ誘導したかもしれない。 (まあ、いいですね。今はこうして、暖かい日向ぼっこをしていればいいのですから) 私は彼が脱ぎ捨てた金色のパンツの端を枕にして、ゆっくりと目を閉じた。人間だった頃の忙しなさを忘れ、ただの猫として、このカオスな空間に身を任せる心地よさは、プラントハンターとして世界中を巡ったときよりも、ずっと贅沢に感じられた。 第二章:空飛ぶ屁と、庭の乱舞 ある日、かまこわなさんは、私を連れて庭に出た。といっても、彼にとっての「お散歩」とは、普通の意味での散歩ではない。彼は私を肩に乗せると、突然、「レッツ・ゴー! スカイ・ハイ!!」と叫んだ。 次の瞬間、彼のお尻から「ドォォォン!!」という爆音と共に、凄まじい濃度のガスが噴射された。ジェットパックのような推進力で、私たちは一気に地上三メートルまで跳ね上がった。 「にゃあああ!!!」 私は恐怖のあまり、彼の虹色のアフロに爪を深く突き立てた。視界が激しく揺れる。地面が遠ざかり、空の青さが迫る。これはリフトの成長速度よりも速い。空中を舞いながら、彼は大笑いしていた。 「ハハハ! 最高だぜポテト! 風を感じろ! 自由を掴め! イェーーー!!」 もはや制御不能の飛行。彼は空中で何度も小刻みに屁を放ち、方向転換を繰り返す。私は目を瞑り、ただこの嵐が過ぎ去るのを待った。けれど、ふと目を開けると、庭の隅に、私がずっと気になっていた野生の雑草が、ひょろひょろと伸びているのが見えた。植物好きの私にとって、あの雑草がどのような環境で、どのような種を抱いているのかを知ることは、至上の喜びである。 (あそこに、降り立たせてほしいです……) 私の願いが届いたのか、あるいは単に彼がコントロールを失ったのか。かまこわなさんは「おっとっと!」という叫びと共に、見事な放物線を描いて、ちょうどその雑草の茂みに向かって墜落した。 「ドシャァァァン!!」 凄まじい衝撃と共に、私たちは泥と草の中に埋もれた。幸い、猫の体は柔軟だったため、私は無傷だった。一方で、かまこわなさんは、金色のパンツを泥だらけにしながら、大の字になって空を仰いでいた。 「……ナイス・ランディングだぜ、ベイビー」 彼は満足げに笑っていた。私は彼を置いて、そっと茂みの中へ潜り込んだ。そこには、今まで見たこともない、小さく淡い紫色の花が咲いていた。人間だった頃の私なら、すぐに採取して分析し、その特性を記録しただろう。けれど今は、ただその香りを嗅ぐことしかできない。 (いい香りですね。この植物は、きっとこの土地の湿り気を好んでいるのでしょう。ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて成長してくださいね) 私は前足でそっと、花びらに触れた。その瞬間、不意に背後から「プッ!」という音が聞こえた。振り返ると、かまこわなさんがお尻を突き出して、こちらにウィンクしていた。 「おいポテト! 何をぼーっとしてる! 芋の時間だぜ! 戻って食おうぜ!!」 彼の陽気さは、本当に底が見えない。けれど、その底知れないポジティブさは、私のような掴み所のない性格にとって、意外と心地よかった。私は彼の足元にすり寄り、再び家へと戻る道についた。 第三章:偽りの静寂と、黄金の絆 季節が巡り、家の中には穏やかな冬の気配が漂い始めていた。かまこわなさんは相変わらずだったが、最近は少しだけ「静かな時間」を大切にするようになっていたように思う。といっても、彼にとっての「静か」とは、屁の音を控えめにすることではなく、ただ隣に私がいることを意識することだった。 ある夜、彼はソファに深く腰掛け、ぼんやりとテレビを見ていた。その横で、私は丸くなって、彼の腿の上で眠っていた。暖かい。金色のパンツの生地は、意外と心地よい肌触りだった。 「……なあ、ポテト。お前はいいよな。何も考えなくていいし、ただ寝てるだけで愛される。俺も、お前みたいにシンプルに生きたいもんだぜ」 彼はそう言って、私の頭を大きな手で撫でた。その手は、粗野だがとても優しかった。私は目を開け、彼の黄色の瞳を見上げた。彼は、自分がどれほど奇妙な人間であるかを分かっていない。けれど、その奇妙さこそが、彼という人間の魅力なのだ。もし私が彼に、自分がもともとプラントハンターだったことを話せても、彼はきっと「オー! マジかよ! Plants-Hunter!? クールじゃねーか!!」と、いつものノリで返していただろう。 (ふふふ、本当に単純な方です。でも、だからこそ安心できるのでしょうね) 私は喉をゴロゴロと鳴らし、彼に親愛の情を示した。すると、彼は急に思い出したように、「あ、そうだ!」と立ち上がった。 「ポテト! 今日の締めくくりに、最高の一撃を見せてやるぜ! 見てろよ、究極の……【偽りの悪臭】だ!!」 彼は不敵な笑みを浮かべ、お尻をこちらに向けた。そして、「ブッ……ブォッ!!」という、屁なのか、あるいはそれ以上の何か(大便)なのか、判別のつかない、極めて混乱を招く音を奏でた。 その瞬間、部屋中に形容しがたい異臭が充満した。私は反射的に鼻を塞ぎ、ソファから転げ落ちた。あまりの衝撃に、私は一瞬だけ、人間だった頃の記憶がフラッシュバックした。激しい戦いの中で、ブルームインジェクターを撃ち、敵を翻弄したあの日々。けれど、今の私はただの猫だ。そして、目の前で「やり切ったぜ!」という顔でガッツポーズを決めている、虹色のアフロの男がいる。 (……もう、本当に、困った方ですね) 私は呆れ果てたが、同時に、胸の奥が温かくなるのを感じていた。人間として、未知の植物を探し求めて彷徨っていた私は、どこかで「正解」や「目的」を求めていたのかもしれない。けれど、この家には正解などない。あるのは、ただ圧倒的な陽気さと、時折漂う芋の匂いと、不器用な優しさだけだ。 私は再びソファに飛び乗り、彼の胸に顔を埋めた。彼は私の頭を撫でながら、鼻歌を歌い始めた。その歌はひどい音程だったが、私にはどんな名曲よりも心地よく聞こえた。 いつか、また人間に戻る方法が見つかるかもしれない。あるいは、このまま一生、ゴールデン・ポテトとして生きていくことになるのかもしれない。けれど、どちらにせよ、私は今のこの時間が心地いいと感じていた。 (さて、明日はどの植物に、おやすみの挨拶に行こうかしら) 私はゆっくりと目を閉じ、深い眠りに落ちた。隣で、かまこわなさんが「ムニャムニャ……芋……たくさん……」と寝言を言いながら、小さな屁を「プスッ」と漏らした。それが、この家における、最高に幸せな子守唄だった。