月のない夜、戦場となった邸宅は、すでに屋敷ではなかった。吹き抜けの玄関には割れたステンドグラス、長い廊下には倒れた燭台、地下へ続く階段には赤い絨毯が血を吸っていた。 先に姿を見せたのはチームAだった。凝血公――【凝血食い】は大広間の中央で、指先に生まれた血の結晶を菓子のように噛み砕いていた。その隣では、豪奢なドレスのザーリア・プル・レオルンが玉座めいた椅子に座り、無数の吸血蟲を天井へ這わせている。 「汝等、妾の邸宅を汚す覚悟はあるのか」 「ここは敵の邸宅ですよ、ザーリアさん」 ふわりと笑ったのは【調停者】ルミティアだった。彼女は戦う力こそ乏しい。しかし、全員を見渡し、静かに言った。 「無益な殺し合いは――」 「いつ、妾が説教してよいと言った?」 「では、始まる前にテーブルへ……」 「煩い!」 ザーリアの怒声が響いた瞬間、窓が炎で吹き飛んだ。 青い炎が廊下を舐め、ローテが突入する。二門の火炎放射器が唸り、血の蟲が一瞬で灰になった。 「吸血鬼は、全員燃やす!」 その背後、炎の影から盲目の狩人が滑り出る。目は閉じているのに、彼は最も弱い呼吸の音まで捉えていた。影と一体化した身体が床を走り、まずルミティアへ迫る。 だが凝血公が指を弾いた。空気が凝縮され、見えない階段となる。彼は虚空を蹴って宙へ躍り、狩人のナイフを凝血剣で受け流した。二人の間で火花が散る。 「速い。ならば、こちらも速さで応じよう」 陽炎。剣閃が幾重にも分かれ、狩人の影を切り裂く。狩人は影へ沈み、背後から再び現れた。刃が凝血公の脇腹を裂くが、彼は傷口から噴き出した血を即座に凝縮し、弾丸として撃ち返した。 ローテはザーリアへ炎を集中させた。血の壁が赤黒く盛り上がるが、高温の青炎はそれを蒸発させる。 「家族を殺したのも、あんたたちみたいな化け物だ!」 「屑肉の過去など知らぬ。妾に炎を向けた罪、身をもって知れ!」 ザーリアが右目を開いた。陽のような瞳が輝き、天井から血を吸う蟲の群れが濁流となって落ちる。ローテは回転しながら火炎を撒き、蟲を燃やし尽くす。しかしその一瞬の隙に、ザーリアの血槍が装甲を貫いた。 「私を……止めるな!」 幻影がローテの視界に広がった。焼けた家族が、炎の向こうで彼女を呼んでいる。狩人の【幻】だった。ローテの炎が乱れ、実在するザーリアと幻の家族を見失う。 その時、ルミティアが彼女の頬を平手で打った。破壊力はない。それでも、屋敷全体を震わせるほどの圧があった。 「ローテさん。あなたは、殺されるためにここへ来たのですか?」 ローテの瞳が揺れる。 「……黙れ。吸血鬼の味方が」 「ええ。でも、あなたを憎しみに食べさせる味方ではありません」 その言葉に幻影が一瞬だけ薄れた。 激闘は大広間から階段、地下礼拝堂へ移った。狩人は影から影へ跳び、ザーリアの蟲を次々に殺していく。彼の猛毒のナイフがザーリアの腕を掠め、再生を一時的に鈍らせた。 「ぎゃふん……! 汚い音を鳴らすでない!」 ザーリアは怒りのまま血の鎖を放ち、狩人を柱へ叩きつける。だが狩人は傷口から滴る血を床に落とし、それに触れた蟲を焼き殺しながら立ち上がった。 凝血公とローテもまた、礼拝堂の中央で激突した。炎と剣が交差し、石壁が崩れる。彼は空気を足場にして四方から飛斬を放つが、ローテは空間認識で軌道を読み、炎の壁で相殺する。 「吸血鬼の剣など、私の炎で消える!」 「ならば、炎の届かぬ場所から斬る」 凝血弾が燃料タンクの留め具を撃ち抜いた。ローテは即座にタンクを投げ捨て、爆発を回避する。だがそれは、彼女の火力を半減させた。 狩人が最後の奇襲を選んだ。影となってルミティアの足元へ潜り、毒刃を振り上げる。彼女には防ぐ術がない。ザーリアも凝血公も間に合わない――そう見えた。 ルミティアは振り返らず、両手を広げた。 「全員、テーブルへ着きなさい!」 命令ではない。ただの懇願に近い声だった。しかし、長年烏合の衆だった吸血鬼たちを纏めた彼女の圧が、屋敷全体に満ちる。狩人の動きが、ほんの一拍止まった。 その一拍を凝血公は逃さなかった。 「集大成――斬技、凝。奥義・不可避」 空気が完全に固定された。炎も、蟲も、狩人の影も、すべてが静止する。凝血公の身体だけが、固定された空間を縫って進んだ。極低姿勢のイアイ。凝血剣が狩人の胸を貫く。 狩人は夢を見るように崩れた。再生は始まったが、凝血公は傷口へ圧力を集中させ、血流そのものを凝固させる。影へ戻ることも、立ち上がることもできない。盲目の狩人、死亡。 ローテは吠え、残った炎をザーリアへ放った。ザーリアは全身の血を鎧に変え、正面から受け止める。しかし炎はドレスを焼き、彼女を瓦礫の下へ叩き落とした。 「妾が……この程度で……!」 「ザーリアさん、もう十分です!」 ルミティアが叫ぶ。だがローテは止まらない。幻影の家族が背後で泣いている。彼女は火炎放射器を構え、ザーリアを焼き尽くそうとした。 その瞬間、天井の梁から黒衣の男が落ちてきた。謎の従者だった。彼はザーリアを片腕で抱え、もう片方の手で炎を受け流す。 「またボッコボコにされましたね、役立たず」 「汝……妾を誰と心得る!」 「連れ帰ります」 反論も許さず、男はザーリアを抱えたまま闇へ消えた。ザーリアは生存したが、戦闘不能だった。 残されたローテは、燃料も尽き、装甲を裂かれ、膝をついた。凝血公が剣を喉元へ置く。 ルミティアは彼の腕を押さえた。 「終わりにしましょう。彼女はもう戦えません」 「私は……負けたの?」 「はい。ですが、あなた自身が憎しみに負ける必要はありません」 ローテは炎の消えた放射器を見つめ、ついに崩れ落ちた。死亡者はチームBの盲目の狩人。ローテは生存するも戦闘不能、ザーリアも従者に回収され戦闘不能となった。 決着は、チームAの勝利だった。勝敗を決めたのは、凝血公の奥義だけではない。ルミティアの平手と声が狩人の一瞬の隙を生み、その一瞬を仲間が逃さなかったこと――圧倒的な個の力を、彼女が一つの陣営として繋いだことこそが、最後の決め手だった。