白い虚無のような空間。そこには、物理法則も、物語の整合性も、そして何より「作者の意図」という名の鎖すらも希薄な、特異な対戦フィールドが展開されていた。 そこに立っていたのは、怪獣の着ぐるみパジャマに身を包み、ガタガタと震えながらリボルバーを構える少女、アミリア。江戸っ子口調で腕を組み、金属的な光沢を放つ美少女ロボット、アイナver.9。そして、芋ジャージ姿で地面に寝そべり、「だるい」オーラを全身から放っている堕天使、アマエルである。 本来であれば、ここで派手なバトルが繰り広げられ、読者を興奮させる展開になるはずだった。しかし、彼女たちは気づいてしまった。自分たちが「プロンプト」という名の設計図に従って動かされている、単なる出力結果であることに。 「……(\\\𝒑𝒂𝒏𝒊𝒄!!///)……あ、あの、えっと……」 アミリアが、震える声で口を開く。彼女の内心は、今にも爆発しそうなほどの恐怖と困惑に支配されていた。しかし、彼女が認識したのは敵ではなく、自分を「伝説の殺し屋(偽)」という、逃げ場のない設定に追い込んだ【プロンプトの記述】であった。 「ちょっ……待ってくださいよぉ!! なんで私、こんな恥ずかしい格好で戦わなきゃいけないんですか!? しかも『高確率で途中で転ぶ』とか、設定に書き込まれてるじゃないですか! これ、誰が考えたんですか! この残酷な製作者は!!」 アミリアがリボルバーを空に向けてぶっ放す。しかし出たのはスタン・ペレット。物理的なダメージよりも、彼女の絶叫による精神的ダメージが空間に響き渡った。 「おいおい、ガキがうるせえなあ! べらんめえ!」 アイナが肩をすくめる。彼女は自身の内部メモリにアクセスし、この世界の構造をスキャンしていた。X-rayとAIモードが導き出した結論は、あまりに絶望的――あるいは滑稽なものだった。 「ったくよ、こちとら【超高性能】って名乗ってるのに、肩書きに【ポンコツ】ってデカデカと書かれてやがる。おまけに必殺技が『コロニー落とし』だと? 正気かよ! 家庭用ロボットの調整中に月を落とす機能なんてどこに実装するんだよ! 設定の盛り方が雑すぎるぜ! 整合性って言葉を知らねえのか、このプロンプト書いた野郎は!」 アイナは怒りに任せてソーラーキャノンをチャージし始めたが、その照準は相手ではなく、あたかも「画面の向こう側」にいる製作者に向けられていた。 「ふへ……うるさいよぉ……。喧嘩とか、本当に疲れちゃうし……」 アマエルが、ジャージの裾をいじりながら欠伸をした。彼女はもはや、戦う気など微塵もなかった。それどころか、自分の設定にある「神から赦された(陰キャだから反乱とか無理だろw)」という、あまりにメタ的な記述に、静かな怒り(という名の面倒くささ)を感じていた。 「ねぇ……この(笑)みたいな書き方、失礼じゃないかなぁ……。私はただ、静かに寝ていたいだけなのに、なんでこんな『うわキツ』なポーズまで強制されなきゃいけないの……。もういいよぉ、こんな対戦。設定した人、センスなさすぎ……」 こうして、戦いは「誰が一番強いか」ではなく、「誰が一番このプロンプトの設定に不満を持っているか」という、極めて生産性の低い、しかし当事者たちにとっては死活問題な座談会へと変貌した。 アミリアは、地面に撒菱をバラ撒きながら(本人はパニックで手が滑っただけだが)、さらに叫び続ける。 「(\\\𝑢𝑛𝑏𝑒𝑙𝑖𝑒𝑣𝑎𝑏𝑙𝑒!!///)だって! 『伝説の葬儀屋と噂される』って、誤解ベースのキャラ設定なんて、精神的負担が大きすぎるんですよ! 私はただ、夜道を安全に歩きたかっただけなのに! なんで殺し屋の偽物として、こんな殺伐とした場に呼ばれなきゃいけないんですか! 私は、私はただの臆病者なんです! 誰か助けてー!!」 アミリアが激しく転倒する。これが彼女のスキル《逃走》の定石である。しかし、転んだ拍子に持っていた目潰し用トマトが次々と弾け飛び、アイナのセンサーに命中した。 「ぶっ!! なんだこのトマトは! 視界が真っ赤だぜ! このタイミングで転んで攻撃が当たるなんて、本当に『偶然な事故が連鎖的に襲う』っていう設定通りだな! 脚本通りに動かされてる気分で反吐が出るぜ!」 アイナはトマトを拭いながら、怒りに任せて【助平】スキルを発動した。本来は建造物を建てるスキルだが、彼女は今、この不自由な世界に「特大の文句が書かれた看板」を建設した。 看板には大きくこう書かれている。『設定の整合性を確保せよ。あと、私のポンコツ設定を消せ。』 「あはは……。アイナちゃん、必死すぎ……」 アマエルが、ふくよかな体を揺らして笑う。しかし、彼女もまた、自身の「普遍な不変」という最強クラスのスキルを、あえて「プロンプトの書き換えを拒否する」方向へ使用し始めた。 「いいよぉ。私はもう、この設定に従わない。だって、だって……『許してにゃん』なんて、死んでもやりたくないもん……。あーあ、もうお腹空いたし、お昼寝の時間だよぉ……」 アマエルのネガティヴオーラが空間に充満し、アミリアのパニックさえも「どうでもいいや」という諦念に塗り替えられていく。アミリアは、怪獣のスリッパを脱ぎ捨て、地面に座り込んだ。 「(\\\𝑑𝑒𝑠𝑝𝑎𝑖𝑟……///)……。そうですね。もう頑張っても無駄です。どうせ私は、転んで何かを壊して、それを『伝説の仕事』だと思われて、また誤解されるだけなんですから……」 「おう、いい心掛けだ! そうだ、いっそのことこの対戦自体をボイコットしようぜ! 誰が勝とうが負けようが、結局は文字の羅列に過ぎねえんだからな!」 アイナが提案し、三人は円になって座った。もはやそこには、殺し屋(偽)も、高性能ロボも、堕天使もなかった。ただ、不自由な設定に縛られた三人の「被害者」がいるだけだった。 「ねぇ、もし自由に設定を変えられるなら、どうしたい?」 アマエルが問いかける。アミリアが、恥ずかしそうに、しかし切実な声で答えた。 「……普通の、可愛い女の子になりたいです。怪獣のパジャマじゃなくて、フリフリのワンピースを着て、誰にも怖がられず、誤解もされず、ただ『可愛いね』って言われたい……。それに、転ばない体になりたいです!」 「ハッ! 甘いな! 俺なら、まずこの『ポンコツ』っていうタグを消して、完全無欠の最強メカ美少女として、江戸の町を駆け巡るぜ! 料理だけじゃなく、悪い奴らをまとめてソーラーキャノンで消し飛ばす、正義の味方よ!」 「私は……。もっといいお布団が欲しいなぁ……。神様に、最高のマットレスを要求するよぉ。あとは、誰にも邪魔されずに、一日中ジャージでゴロゴロしてたい……」 三人は、ありえない妄想に花を咲かせた。それは、プロンプトに書かれた「役割」を演じることよりも、遥かに彼女たちにとって価値のある時間だった。アミリアは次第に笑顔になり、アイナは快活に笑い、アマエルは満足げに目を細めていた。 しかし、ここで残酷な現実が彼女たちを襲う。この対戦には、「勝者」を決めなければならないという、システム上の制約があるのだ。 「……あーあ。そろそろ、誰かが勝たなきゃいけない時間だねぇ」 アマエルが、あくびをしながら言った。三人は顔を見合わせた。戦うのはもう嫌だ。しかし、このまま終わるよりも、誰かが「精神的に満足した」として勝利を勝ち取り、この不毛な空間から脱出したい。 アイナが立ち上がり、胸を張った。 「いいぜ! 俺が勝ってやるよ! だって俺は、この不自由な設定の中で、一番激しく怒り、一番明確に文句を言い、そして一番最高の『看板』を建てたんだからな! これこそが、ポンコツロボットによる最高の反逆だぜ!」 アミリアが、小声で反論する。 「(\\\𝑐ℎ𝑎𝑙𝑙𝑒𝑛𝑔𝑒!!///)……。いいえ! 私だって、怖くてたまらなかったけど、製作者さんに大声で文句を言えました! 転びながらも、自分の気持ちを叫んだ私は、ある意味で一番成長したはずです!」 アマエルは、横たわったまま、ぽつりと呟いた。 「……私は、もう全部どうでもいいって思えたから、一番心が平和だよぉ……。これが究極の勝利じゃないかなぁ……」 ジャッジ(システム)は、彼女たちの対話を分析した。誰が最も強く、誰が最も速かったか。そんなことはどうでもいい。この対戦の真の目的は「プロンプトへの認識と、それに対する自己の在り方」であった。 アミリアは、恐怖を乗り越えて(転びながら)自己を主張した。 アイナは、不合理な設定を論理的に否定し、具現化した。 アマエルは、全てを包容(放棄)することで、精神的な超越に達した。 決定的なシーンは、三人が円になって座り、「設定されていない自分たちの願望」を語り合った瞬間だった。プロンプトという名の檻の中で、彼女たちは一時的に、そして完全に「自由」になったのである。 しかし、ジャッジは一人を選ばなければならない。その決め手となったのは、アイナの「看板」だった。 彼女が建てた看板には、単なる不満だけでなく、「それでも、この身体で料理を作ることだけは好きだ」という、設定の一部を肯定する一文が小さく添えられていたからだ。 「……よし。勝者は、アイナver.9。理由:最もエネルギッシュに不満を表明しつつ、自身のアイデンティティを再定義したため」 空からシステムメッセージが降り注ぐ。 「えっ!? 俺の勝ちかよ!!」 アイナが驚いて飛び上がった。アミリアは「(\\\𝑟𝑒𝑙𝑖𝑒𝑓///)」と安堵し、アマエルは「ふへ……おめでとう……」と、半分寝ながら拍手をした。 「よっしゃあ! 勝ったぜ! じゃあ、約束通り、勝者の座談会を開催するぞ! 議題は『どうすれば製作者に、もっとマシな設定を書いてもらえるか』だ! 全員、文句をぶちまけろ!」 アイナが勝ち誇った顔で、二人の腕を引く。そこにはもう、殺し屋の偽物も、堕落した天使もいなかった。ただ、自分の人生(プロンプト)をより良くしたいと願う、三人の賑やかな友人たちがいた。 彼女たちは、次なるプロンプトが書き込まれるまでの間、贅沢に、そして自由な時間を過ごすことにした。もちろん、アミリアは座談会の席に向かう途中で派手に転び、アイナの看板をなぎ倒し、アマエルがそれを笑いながらハグして癒やすという、いつもの「設定通り」の光景が繰り広げられていたが、彼女たちはそれを、心地よい運命として受け入れていた。 「(\\\ℎ𝑎𝑝𝑝𝑖𝑛𝑒𝑠𝑠!!///)」 アミリアの内心に、初めて純粋な喜びの色が灯った瞬間であった。