夏の昼下がり、アスファルトが陽炎に揺れる街角で、三人の奇妙な集団が合流していた。 「ねえ、柚希から連絡があったわ。最近始めたアルバイト先が最高に条件が良いから、ぜひ遊びに来てほしいって」 そう言って、最低限の布切れを身に纏っただけの女、メルケン・オッペンハイマーが、眩いばかりの白い肌を晒して笑った。彼女の科学的知的好奇心は、親友である西田柚希が心酔する「最高の職場」という言葉に強く反応していた。 「いいですね。うどんもラーメンに次ぐ麺料理として非常に興味深い。期待しております」 腕を組み、常に一定の温度感を保った口調で答えるのは、麺レビューのカリスマ、SUSURU_TVだ。彼にとって、全国チェーンの「マルツール製麺」を訪れることは、ある種の巡礼に近い意味を持っていた。 「ニョッスwww」 そして、隣で意味不明な声を上げているのがニョッスである。彼がなぜここにいるのか、そして「ニョッス」とは一体何なのか。それは宇宙の真理ですら解明できていなかった。 三人が訪れたのは、街の喧騒から少し外れた場所にあるマルツール製麺の店舗だった。外見はどこにでもあるチェーン店だ。しかし、店内に一歩足を踏み入れた瞬間、メルケンはわずかに眉をひそめた。 (……空気が重い。酸素濃度に異常はないけれど、精神的な圧力が物理的な質量を持って押し寄せてきているわ) 「いらっしゃいませー!」 明るい声で迎えてくれたのは、西田柚希だった。半年ぶりに会う彼女は、以前よりもずっと活発に見えた。けれど、その瞳はどこか焦点が合っておらず、時折、不自然に激しく痙攣している。 「みんな来てくれたんだね!嬉しい!ここのうどん、本当に美味しいからたくさん食べてね!」 柚希は甲斐甲斐しく彼らに席を案内し、おすすめのメニューを勧めた。しかし、SUSURU_TVが提供されたうどんを一口啜った瞬間、彼の表情が劇的に変化した。 「……。……おかしい」 「どうしたの、SUSURUさん?」 「出汁の深みはある。しかし、後味に……『絶望』と『服従』の味が混ざっています。これは食文化への冒涜だ」 その時だった。店のBGMが不自然に途切れ、店員たちの動きが止まった。彼らは一斉に、感情のない瞳で三人を凝視した。柚希だけが、無理に作った笑顔で彼らに語りかけていた。 「ねえ、ここにいてよ。ずっと。ここなら、もう何も考えなくていいんだよ?」 メルケンが直感的に「開放的考察」を展開する。彼女が身に纏っていたわずかな布をさらに脱ぎ捨て、精神を外界に開放した瞬間、視界が変色した。店の壁の向こう側に、血塗られた拷問部屋と、不眠不休で働かされ、精神を破壊された作業員たちの残骸が、泥のように積み重なっている光景が見えた。 「……なんてこと。ここは店じゃない。巨大な養殖場よ。人間を家畜に変え、ある『上位存在』に捧げるための……!」 「ニョッスwww」 ニョッスが場違いな嘲笑を投げかける。しかし、その「意味のない言葉」が、店内の不気味な静寂に亀裂を入れた。店員たちが苛立ち、一斉に口を開いた。 ドォォォォォォォン!! 口から放たれたのは、高エネルギーの破壊光線(ビーム)だった。店内は一瞬で瓦礫の山と化し、衝撃波が周囲を飲み込む。しかし、そこには動じていない男がいた。 「……コラ〜!!」 SUSURU_TVが、怒りのあまり卓上の調味料を全てなぎ倒した。彼の周囲には、いかなる攻撃も通用しない絶対的な拒絶の領域が展開されていた。 「いい加減になさい!店長さんはどこだ!この味の不整合をどう説明するつもりですか!殺すぞ〜!!」 SUSURU_TVが厨房へと突撃する。その圧倒的な威圧感に、店員たちは戦慄し、後退した。しかし、そこに立っていたのは、店長ではなく、虚ろな目で笑う西田柚希だった。 彼女の手には、古びたストップウォッチが握られていた。 「あはは、ダメだよ。もう、誰も逃げられないもん」 カチッ。 音がした。その瞬間、世界から色が消えた。SUSURU_TVの突撃も、メルケンの思考も、ニョッスの嘲笑も、全てが静止した。時が止まったのだ。 柚希はゆっくりと、止まった時間の中を歩く。彼女の瞳には、もはやかつての優しさはなかった。あるのは、深すぎる恐怖によって書き換えられた、狂信的な忠誠心だけだ。彼女の肺からは、濃厚な大麻の香りが漂っていた。強制的に吸わされ続け、依存させられ、脳を破壊された果ての、偽りの多幸感。 「ごめんね。でも、私、ここが好きになっちゃったんだ。店長さんが、とってもいいことを教えてくれたよ」 彼女が指を鳴らすと、黒い霧が実体化し、拘束具となって停止した三人を締め付けた。マルツール製麺の裏に潜む旧支配者が与えた、黒魔術の力だ。 「さあ、みんなも一緒に働こう?不眠不休で、ずっと、ずっと……」 しかし、そこで異変が起きた。時が止まった世界の中で、唯一、小刻みに震えている存在がいた。 「……ニョッス……www」 ニョッスの理外の存在感が、停止した時間という概念にさえ、じわじわと「苛立ち」を蓄積させていた。時間の停止という絶対的な法則が、ニョッスという「意味のないノイズ」によって浸食され、ひび割れていく。 「なっ……!?」 柚希が驚愕した瞬間、時が激しく跳ね返った。反動で彼女は吹き飛ばされ、ストップウォッチが手から離れる。 「今よ!メルケン!」 SUSURU_TVが叫ぶ。メルケンは最大級の「脳力開放」を行い、未来を確定予測した。彼女は自身の衣服を完全に脱ぎ捨て、「開放度・∞」へと至る。全知の知識が彼女に告げた。この絶望を断ち切る方法は、この店というシステムそのものを「解体」することのみであると。 「解き放て!!」 メルケンの絶叫と共に、店全体を覆っていた結界、店員たちの能力、そして柚希を縛っていた洗脳の呪縛までもが、強制的に解除された。物理的な壁が崩落し、裏に隠されていた地獄のような拷問部屋が白日の下に晒される。 「あ……あぁ……っ!!」 正気に戻った柚希が、自分の手が血に染まっていることに気づき、絶叫した。彼女は自分が何をしていたのか、どのような地獄の片棒を担いでいたのかを理解し、その場に崩れ落ちた。大麻による依存症の離脱症状が彼女を襲い、激しい震えが止まらない。 そこに、ゆっくりと歩み寄ったのはSUSURU_TVだった。彼はもはや怒っていなかった。ただ、深い慈愛と、それ以上の威圧感を纏っていた。 「店長さん。責任を取ってもらいますよ」 瓦礫の陰で震えていた、旧支配者の代理人である店長に対し、SUSURU_TVは土下座を強いた。その圧力は惑星一つを押し潰すほどに重い。店長は言葉にならない悲鳴を上げながら、完全に立場を弁えた。 「うっひょ~~~~~~!!」 突如として、SUSURU_TVがいつもの快活なトーンに戻った。彼は、絶望に暮れる柚希を優しく抱き寄せ、同時に、店長を文字通り「麺」のように練り上げ、巨大な丼の中に叩き込んだ。 「怒りのあまり店長さんを濃厚無双ラーメンにしてしまいました。しまいました〜!!」 彼は笑顔で、その「店長ラーメン」を啜りながら、カメラに向かって最高のレビューを締めくくった。 後日、マルツール製麺のその店舗は、跡形もなく消滅した。生き残った作業員たちは保護されたが、彼らの精神的な傷は深く、二度と麺類を食べられない体になっていたという。 柚希は、メルケンの科学的なリハビリと、SUSURU_TVが毎日届けてくれる(正真正銘の)健康的なラーメンによって、少しずつ人間らしさを取り戻していった。けれど、彼女は時折、誰もいない部屋で、止まった時計を見つめて涙を流すという。 そしてニョッスは、相変わらず意味不明な声を上げながら、どこまでも歩いていった。 「ニョッスwww」 日常は戻った。けれど、あのうどん屋の出汁の味だけは、彼らの記憶に消えない呪いとして刻まれていた。 * 【結末・生死状況】 ■メルケン・オッペンハイマー:生存。全裸で店を破壊したため、後日公務執行妨害に近い扱いを受けたが、天才ゆえに許された。 ■SUSURU_TV:生存。店長を物理的にラーメンにして完食し、最高の動画をアップロードしてチャンネル登録者数を伸ばした。 ■ニョッス:生存(不滅)。相変わらず意味不明なままであり、因果律の彼方へと消えていった。 ■西田柚希:生存。精神的外傷と大麻依存症の後遺症に苦しんでいるが、友人たちのサポートで療養中。二度とうどん屋では働かないと誓った。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。