【Sick Island 〜鈍色の刃と白き島〜】 第一章 ゴーストの島 ― 三日目の目覚め 島の夜明けは、いつもより鮮明だった。鳥の声、潮の匂い、足裏に伝わる土の湿り気――どれもが生々しく、まるで本物の世界に放り込まれたかのようだった。鈍色の長髪を揺らし、消炭色のロングコートの裾を払って、鈍色さんは重い瞼を上げる。藍の右目が、朝日を受けて淡く光った。「……おや、今日はやけにリアルだね」煙草を取り出そうとして、指先が止まる。ここには子供も、動物もいない。彼女は小さく肩をすくめ、火を点けた。紫煙が立ち上り、低い笛のような音とともに、腰の鞘から鈍色の刃がゆっくりと抜かれる。空気が切り裂かれ、わずかに震えた。「ふふ、この感覚……ゲームにしては、よく出来てるじゃないか」一方その頃、農園の柵の前では巨躯の男が羊の群れを眺めていた。白髪混じりの銀髪、隻腕、そして鋭い銀の瞳。英雄《銀月》のザインは、殺鐵剣の柄に残る片腕の感触を確かめながら、静かに目を細める。「……痛みが、ある。いや、それ以上に――これは、俺の身体だ」寡黙な彼は、誰よりも早くその異変に気づいていた。観察眼が告げている。アバターの動き、周囲の空気、そして遠くで蠢く影の気配。ゴーストは、ただの敵ではない。「隠れている者がいるな」ザインがそう呟いたとき、柵の上で一匹の羊が、ほんのわずかに首を傾げた。その瞳の奥には、人間のものとは異なる、粘つく光が宿っていた。『任せて下さい!!』風のように駆けてきた灰色の髪の少女が、青鈍のインバネスコートを翻して柵の上に降り立つ。金の瞳がその羊を射抜いた。「探偵先生の教えです。怪しいものは、まず斬ってから考える!」日本刀が閃き、羊の周囲の空気が裂けた――その瞬間、羊の毛並みがぐにゃりと歪み、黒い靄が噴き出した。「おっと、正体を現しましたね!」ラーウスは元気いっぱいに笑う。『Calamitas』。在野の悪魔の名が、三人の頭に同時に浮かんだ。プレイヤーの魂を喰らい、子分たちに体を乗っ取らせる計画。それを隠すための“羊”。だが彼が誤算したのは、ただ一つ。このテストプレイヤーたちが、彼の想像を遥かに超えた、狂気と執念を持つ『バトラー』であったことだ。「ほう、悪魔か。煙草より面白そうだ」鈍色さんが刃を構え、薄く笑う。ザインは殺鐵剣を肩に担ぎ、観察を続ける。「奴の挙動、粘りがある。まずは地を這わせろ。そこから見切る」「了解です! まとめて斬り捨てますよ!!」ラーウスが跳ぶ。二階建ての家の屋根を越える跳躍。黒い靄の中心へ、金の瞳が一直線に突き刺さる。Calamitasは咆哮し、羊の皮を破って巨大な影へと変貌した。だが、その身が完全に現れる前に――森羅一刀が空気を断ち、万象不関の白鞘がその腕を弾いた。「鞘で殴るなんて、君も大概だねえ」「鞘は壊れないからね、遠慮なく使わせてもらうよ!」二刀が閃き、影の触手が一本、また一本と断ち切られていく。その隙を、ザインは見逃さなかった。「――無形斬」音が消えた。次の瞬間、殺鐵剣が空間ごと悪魔の胴を薙ぐ。鈍く硬質な衝撃に、影が大きく仰け反る。「くっ……人間どもめ、この魂は我のものだ!」「残念ですが、あなたの計画は既に推理され、斬り捨てられています!」ラーウスの刃が闇を裂き、Calamitasの仮面が割れて落ちた。そこに隠されていたのは、醜く歪んだ悪魔の顔。ボコボコにされ、逃げ場を失った悪魔は、ついに地に伏す。「……まったく、テストプレイでここまでの魑魅魍魎が揃うとはね」鈍色さんが煙を吐きながら、刃を鞘に納める。その音は、低い笛のように、島の空へと消えていった。――この島の脱出方法は、まだ見つかっていない。だが、バトラーたちの戦いは、まだ始まったばかりだ。