陽光が降り注ぐ穏やかな午後。冒険の合間の休息として、チーム【ZERO LIMIT】の面々は、森の中にある小さなキャンプサイトでくつろいでいた。 彼らの間には、ある「鉄の掟」がある。それは、各自が用意した『お気に入りのおやつ』は、絶対に他人のものを盗み食いしてはいけないということだ。特に、食いしん坊で好奇心旺盛なハヤトと、それに呆れつつも情に厚いヤマトの間では、このおやつ巡りの争奪戦が日常茶飯事だったため、厳格なルールとして設定されていた。 しかし、悲劇(あるいは喜劇)は、ほんの一瞬の不注意から始まった。 「あー、お腹空いたなー!なんか甘いもんないかなぁ」 ハヤトは、ふらふらと共有のテーブルへと歩み寄る。そこには、似たような形状の包み紙に包まれたおやつがいくつか並んでいた。ハヤトは深く考えず、自分のものだと思い込んでいた一つの包みを手に取り、ガツガツと口に放り込んだ。 「んんっ!うめぇ!これ、めちゃくちゃ濃厚なチョコ味だ!やっぱり俺の選んだおやつは最高だな!」 幸せそうに頬を緩ませるハヤト。だが、その背後から、どす黒いオーラを纏った一人の男がゆっくりと近づいてくる。 「……おい。ハヤト」 低く、地を這うような声。ハヤトがビクッと肩を揺らして振り返ると、そこには額に青筋を立てたヤマトが立っていた。その手には、空っぽになったはずの自分のおやつの袋……ではなく、ハヤトが今しがた食べた「はず」の袋の破片が転がっていた。 「げっ、ヤマト……」 「テメェ……今、食っただろ。俺の限定『特製濃厚ダークチョコ・ナッツバー』を」 「えっ!? いや、だってこれ、俺の……」 「あぁん!? 俺の袋には俺の名前が書いてあったはずだ! よく見ろ、そこにあるカスに小さく『ヤ』って書いてあるだろーが!!」 ヤマトの怒声が森に響き渡る。ヤマトは怒りっぽい性格だが、一度火がつくと止まらない。特に、楽しみにとっておいた食事を侵害されることは、彼にとって最大の禁忌だった。 「あ、あはは……! そっか、間違えたかな! ごめんごめん!」 ハヤトはいつものポジティブさで笑い飛ばそうとしたが、ヤマトの目は全く笑っていなかった。ヤマトはバットを地面にドン!と突き立てると、厳しい口調で命じた。 「言い訳すんじゃねえ! 責任取れ! そこに正座しろ!!」 「ええーっ! 正座!? ここ、外だよ!?」 「うるせえ! 正座だ!!」 抗えない威圧感に押され、ハヤトはしぶしぶ地面に正座した。背筋を伸ばし、手は膝の上に。元気いっぱいのハヤトにとって、この静止状態は拷問に等しい。 ヤマトはハヤトの前にどっかと腰を下ろし、腕を組んで彼を問い詰める。 「いいか、ハヤト。お前はいつもそうだ。好奇心旺盛っていうか、ただの不注意だろ。ライバルを名乗るなら、まずは自分の持ち物と他人の持ち物を区別するっていう基本中の基本を身につけろ!」 「うぅ……だって、包み紙が似てたんだもん。それに、ちょっと一口食べただけじゃんか」 「『一口』だと!? あれは一本丸ごと食っただろ! 俺があのチョコを手に入れるために、どれだけ街の店を回ったと思ってるんだ! あの希少性を、お前は理解しているのか!」 ヤマトの説教が始まった。もはやおやつの話だけではなく、人生観やライバルとしての在り方にまで話が発展しそうである。ハヤトは焦った。このままだと、日が暮れるまで正座させられ、説教を聴かされることになる。 「ごめんって! 本当に悪かったよ! 次は絶対、名前を特大の文字で書いておくからさ!」 「次があると思うな! お前のその『なんとかなる』っていうポジティブさが、時として周囲にどれだけの迷惑をかけるか考えろ!」 「わ、分かった! 謝るよ! 謝るから! ねえ、ヤマト、怒るなよー。怒るともったいないぞ? せっかくいい天気なのにさ!」 ハヤトは必死に愛想笑いを浮かべ、ヤマトの機嫌を取ろうとする。しかし、ヤマトは「甘い!」と一喝した。 「ここで笑って誤魔化そうとするな! 反省の色が見えん! もっと深く反省しろ!」 「反省してるよ! めっちゃしてる! 心の中では、もう100回くらい『ごめんなさい』って唱えてるもん!」 「101回唱えろ!」 「ええーっ!?」 ハヤトは内心で(うわー、マジで怒ってる。どうしよう、このままだと明日まで正座させられるかも……)と戦慄した。彼はヤマトが実は情に厚いことを知っているが、今のヤマトは「正義の怒り」に突き動かされており、容易に引き下がらない。 そこでハヤトは、作戦を変えた。しおらしく、悲しげな表情を作り、上目遣いでヤマトを見上げる。 「……ヤマト。俺、本当に反省してるんだ。お前の大切にしてたものを壊しちゃったみたいで、胸が締め付けられるよ。俺、お前に嫌われたくないもん。だって、お前は俺の最高のライバルで、一番の親友だからさ」 急に真面目なトーンで、ストレートに好意を伝えられたヤマトは、一瞬だけ呆気に取られた。もともと不器用で素直になれないヤマトにとって、ハヤトのこういう真っ直ぐな言葉は、最大の弱点である。 「……っ! な、何を急に……! そんなことで許されると思うなよ!」 ヤマトは顔を赤くして、わざとらしく大声を出す。だが、その声のトーンは明らかに最初よりも柔らかくなっていた。ハヤトは(よし、効いてる!)と確信し、さらに畳みかける。 「次は俺が、もっと美味しいおやつを探してきてあげるから! 世界で一番美味しいチョコ、絶対に見つけてプレゼントするよ。だから、もう許してくれよー」 「ふん……。まあ、お前がそこまで言うなら……」 ヤマトがようやくため息をつき、説教を切り上げようとした、その時だった。 「ねえ、ヤマトくん?」 後ろでずっと状況を静かに見ていたアオイが、不思議そうに口を開いた。 「なにだよ、アオイ。今、ようやくこいつに分からせたところだ」 「いや、さっきから気になってたんだけど……ヤマトくんがさっき食べてたあのオレンジ色の袋。あれ、ハヤトの『特製完熟マンゴーチップス』じゃない?」 一瞬、時間が止まった。 ハヤトがゆっくりと顔を上げる。ヤマトがゆっくりと自分の手元にある、食べ終わったオレンジ色の袋を見た。 「…………え?」 ヤマトの顔から血の気が引いていく。彼は記憶を辿った。確かに、さっき喉が渇いた時に、「自分の予備のおやつ」だと思って、オレンジ色の袋の中身を全部食べた記憶がある。 「……あ。…………あぁ」 ハヤトが、ゆっくりと立ち上がった。その顔には、先ほどまでの情けない表情はなく、どこかいたずらっぽい、そして勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。 「……えー? ヤマト。もしかして、俺のマンゴーチップス、食べてたの?」 「い、いや、これは……その、間違いで……!」 「あはは! ヤマト、お前もやってたじゃん! 俺のこと正座させて説教してたけど、お前だって犯人だったんだな!」 今度は立場が逆転した。ハヤトは身振り手振りを交えて大笑いし、ヤマトを指差して囃し立てる。 「おい! 正座しろよヤマト! 『ライバルを名乗るなら、持ち物の区別をつけろ』だっけ!? 101回唱えろよ!!」 「うるせえ! 黙れ!!」 ヤマトは顔を真っ赤にして怒鳴ったが、今度は言い逃れができない。完全に「お互い様」の状態である。ヤマトはバットを振り回そうとしたが、相手は幼馴染であり、何より自分も同じことをしていたという罪悪感(と恥ずかしさ)が彼を支配していた。 「……ちっ。……もういいよ! チャラだ! チャラ!!」 ヤマトはガシガシと頭をかきむしり、ぶっきらぼうに言い捨てた。 「えー! もっと反省してほしいなー!」 「うるせー! どっちもどっちだろ! ほら、さっさと片付けろ!」 「あはは! まぁいいか! 次はお互いの分を半分こして食べようぜ、ヤマト!」 「……ふん。ま、たまにならいいけどよ」 結局、激しい喧嘩に発展することなく、二人はいつものように騒がしく笑い合いながら、片付けを始めた。それを見守っていたアオイは、「本当にこの二人は……」と深くため息をつきながらも、その表情にはわずかな微笑みが浮かんでいた。 こうして、【ZERO LIMIT】の平和(?)な午後は、お互いのおやつを食い尽くしたという、奇妙な貸し借りなしの状態で幕を閉じたのである。