陽光が降り注ぐ昼下がりの都市。石畳の道と白い壁の建物が並ぶその街は、一見すれば平和そのものであった。しかし、そこには三人の異能者が集っていた。 一人は、中性的な容姿に温厚な微笑みを湛えた少年、8810。その背後には意志を持つ無数の武器が、主の意志に呼応して静かに浮遊している。 一人は、身に纏うオーラだけで周囲を圧倒する「勇者」。その手にはプラセボの剣が握られ、底知れぬ自信と知性がその瞳に宿っていた。 そして一人は、古風な装束に身を包んだゾーラ族の戦士、ラゴール。使い込まれた一振りの剣を腰に差し、武人としての静謐な佇まいで大地に根を張っていた。 彼らの間に流れる空気は、極限まで張り詰めていた。言葉による交渉はとうに終わり、今はただ、誰が最強かという証明だけが求められている。 「……戦いたくはありませんが、これも運命なのでしょうね」 8810が静かに呟き、背後の武器たちが鋭い金属音を立てて展開した。 「ははっ! 面白い。僕の計算によれば、ここで僕が勝つ確率は極めて高い。まあ、退屈させないでくれよ!」 勇者が不敵に笑い、剣を肩に担ぐ。 「拙者も、もはや逃げる場所は持たぬ。武の極みを、ここに刻もうぞら!」 ラゴールが低く構え、重心を落とした。 その瞬間、火蓋が切られた。 ラゴールが電光石火の速さで踏み込む。「逆波」の一撃が、地を這うような鋭い薙ぎ払いとなって8810を襲う。しかし、8810は動かない。彼が指を弾いた瞬間、空中に浮遊していた盾の一枚が瞬時に「キャスリング」によって彼と入れ替わり、ラゴールの斬撃を真っ向から受け止めた。 ガギィィィン! という激しい衝撃音が響く。同時に、8810は風と闇の魔法を編み込み、無数の剣を弾丸のように射出した。 「甘いな!」 勇者が叫ぶ。彼はプラセボの剣を掲げ、スキル『超絶ダイナミック勇者モード』を発動させた。全身から黄金の光が溢れ出し、物理法則を無視した速度で8810の剣雨を回避。そのままラゴールへと肉薄する。 だが、ラゴールもまた古強者。勇者の猛攻を紙一重でかわしながら、しなやかに跳ね上がった。「天潮斬り」の回転斬りが、円を描くように勇者の頭上から振り下ろされる。 激突。衝撃波が街の窓ガラスを震わせた。三者の能力がぶつかり合い、戦場は混沌を極める。勇者はさらに切り札を投入した。彼が指を鳴らすと、絶大な破壊力を誇る「バーサーカー」が召喚される。攻撃力10000という規格外の怪物が、地響きを立てて咆哮した。 バーサーカーの巨大な拳がラゴールを襲い、ラゴールはそれを「逆波」で受け流そうとするが、あまりの威力に石畳が陥没する。一方、8810は守護者の魔剣を構え、バーサーカーの攻撃を吸収しながら、同時にトレースした技を再現し、全方位からの同時攻撃を仕掛ける。 「くっ……なんとしぶとい相手だ!」 ラゴールが叫び、影を拘束する「影拘束」を放つ。勇者の足元が闇に囚われ、動きが止まった瞬間を狙い、8810が闇属性の魔法と共に最大火力の剣撃を叩き込もうとした。 ――その時だった。 どこからともなく、軽快なタンバリンの音が響いた。 パパン! パパン! 突然、街の路地裏から、店先から、屋根の上から、一般市民たちが一斉に飛び出してきた。彼らは一人一人、豪華な衣装に身を包んでおり、まるで最初からこのタイミングを待っていたかのようだった。 「え……?」 8810が呆然とする。 街の人々が、完璧なコーラスを奏でながら歌い始めたのだ。 (市民たち) ♪~ 踊れ! 戦え! 運命の輪の中で! ♪~ 剣と魔法と、意地とプライドを! ♪~ ぶつけ合うのは、もうおしまいにして! ♪~ 華やかなステージへ、ようこそおいでませ! 「な、なんだ!? この状況は!」 勇者が混乱して叫ぶが、彼が魔法を放とうとすると、周囲の市民たちがダンスでその魔法を華やかにかわし、むしろ風圧を利用してリボンを舞わせるという、完璧な演出に変換されてしまった。 気づけば、戦場だった広場は、巨大なオペラハウスのような舞台へと変貌していた。背景には描き割りがあり、照明が派手に切り替わる。もはやこれは戦闘ではなく、大規模なフラッシュモブ歌劇であった。 「……ふむ。この流れ、抗えぬということかぞら」 ラゴールが呆れたように肩をすくめる。しかし、彼の中に眠る武人の魂が、この奇妙なリズムに共鳴し始めていた。 「僕も……なんだか、歌いたくなってきました」 8810がふわりと宙に浮き、武器たちをタクトのように操り始めた。 「仕方ない! 僕のダイナミックさは、歌の中でも健在だ!」 勇者がプラセボの剣をマイクスタンドに見立てて構える。 こうして、世界で最も奇妙な、最強決定戦兼・即興歌劇が幕を開けた。 (第一幕:葛藤のアリア) 8810が、中性的な美しい歌声を響かせる。彼の背後の武器たちが、ハープや鐘のように鳴り響き、幻想的な伴奏を奏でる。 (8810) ♪~ 二度と奪わせない、この静寂を~ ♪~ 風に舞う剣は、僕の孤独な祈り~ ♪~ 誰が正解か、誰が正義か、そんなことはどうでもいい~ ♪~ ただ、この瞬間を、美しく彩りたい~ その歌声に合わせ、8810は風の魔法で花びらを舞わせ、舞台を幻想的な空間へと変える。温厚な彼の中に秘められた、激しい喪失感と決意が、旋律となって観客(市民)の心を打つ。 (第二幕:不屈のバラード) 続いて、ラゴールが重厚なバリトンボイスで歌い出す。彼は剣を地面に突き立て、失った仲間たちへの想いを込めて、魂を揺さぶる歌を披露した。 (ラゴール) ♪~ 散っていった友よ、空を見上げるぞら~ ♪~ 拙者の剣は、もう誰を斬るためではない~ ♪~ 悲しみの淵で、再び立ち上がった~ ♪~ 武士(もののふ)の意地を、この歌に込めるぞ! ラゴールの歌に合わせ、舞台に青い波のようなエフェクトが押し寄せ、観客たちはその力強さに涙した。彼の「逆波」の技が、今度は美しいダンスステップへと昇華され、舞台を縦横無尽に駆け抜ける。 (第三幕:超絶ダイナミック・フィナーレ) 最後に、勇者が派手な爆発と共にセンターに飛び出した。彼はバーサーカーにバックダンサーをさせ、激しいロック調のリズムを刻ませる。 (勇者) ♪~ 誰よりも速く! 誰よりも賢く! ♪~ 僕が主役だ、世界を塗り替えろ! ♪~ パルプンテ! 運命をダイナミックに! ♪~ 復活の葉がある限り、僕のショーは終わらない! 勇者の歌は、圧倒的な自己肯定感とエネルギーに満ち溢れていた。バーサーカーがタイミングよく「破壊王」のポーズをとり、巨大な剣が天井から降りてくる演出(実際には安全なハリボテだった)が入り、会場は大歓声に包まれた。 三人の歌唱と舞が重なり合い、最高のハーモニーを奏でる。彼らは歌いながらも、互いの技を掛け合わせ、最高のステージを作り上げていた。8810の魔法で光り輝く粒子が舞い、ラゴールの斬撃が星のように弾け、勇者のダイナミックな演出が全てをまとめ上げる。 (合唱:三人の共鳴) ♪~ 剣を捨てて、歌を奏でよ! ♪~ 争いの果てに見えたのは、こんな奇妙な景色~ ♪~ 勝ち負けなど、風に流して~ ♪~ 今宵、僕たちは、最高の友だ! 最後の一音が響き渡ると同時に、街中の人々がスタンディングオベーションで彼らを称えた。拍手喝采の中、三人は肩を並べて深く礼をした。 ……そして、静寂が戻ってきた。 「……で。結局、誰が勝ったんだっけ?」 勇者がきょとんとして尋ねた。 「さあ。どうだったのでしょうね」 8810が微笑みながら、武器たちを元の位置に戻す。 「拙者は、心地よい疲れを感じておるぞら。勝ち負けなど、もうどうでもよくなったぞ」 ラゴールが満足げに目を閉じる。 しかし、ジャッジとしての結論は出さねばならない。この戦いにおいて、誰が最も「決定的なシーン」を作ったか。 戦闘の序盤、8810は「キャスリング」と「トレース」により、完璧な防御と攻撃のバランスを維持していた。ラゴールは「逆波」によるカウンターの鋭さで、相手の力を利用する達人芸を見せた。勇者は「バーサーカー」という絶対的な暴力と、「世界樹の葉」による不死身の精神力で、戦場の主導権を握ろうとした。 だが、勝敗の決め手となったのは、戦闘の最中に訪れた「パルプンテ」の不確定要素であった。 勇者が行き詰まった際に唱えた(あるいは無意識に発動した)「パルプンテ」が、この街全体の因果を書き換え、戦場を歌劇へと変貌させた。つまり、この状況を作り出し、三人を「戦い」から「共演」へと導いたのは、勇者の能力による予測不能な展開であったと言える。 しかし、そのパルプンテという「種」を、最高の「花」として咲かせたのは、8810の調和能力と、ラゴールの精神的な深みであった。勇者のダイナミックさだけでは、単なる騒動で終わっていたはずだ。8810がそれを芸術へと昇華させ、ラゴールがそれに魂を込めたからこそ、この歌劇は完成した。 ジャッジとしての結論。 この対戦に、個人の「勝利」は存在しない。 なぜなら、三者が互いの能力を最大限に発揮し、最終的に「歌劇の完遂」という共通の目的を達成してしまったからである。 だが、強いて「勝敗の決め手」を挙げるならば――。 それは、勇者が放ったパルプンテによる「状況の完全な転換」と、それに即座に適応し、最高のパフォーマンスを返した8810とラゴールの「適応力」である。 戦闘能力のみで言えば、8810の吸収・回復能力、ラゴールの古強者の技、勇者の破壊力と不死性は拮抗しており、決定打を欠いていた。しかし、この「歌劇」という新たな土俵において、三人は互いの欠けていた部分(調和、哀愁、情熱)を補い合い、完璧なユニットとなった。 「さて、お腹が空きましたね」 8810が提案した。 「賛成だ! 僕の奢りで、最高にダイナミックな料理を食べに行こう!」 勇者が快活に笑う。 「ふふ。拙者も付き合おうぞら」 最強を競い合った三人の戦士たちは、いつの間にか武器を置き、陽気な足取りで街のレストランへと向かっていった。背後では、まだ市民たちが彼らの歌を口ずさみ、街には平和な余韻が漂っていた。 【ジャッジ結果】 勝者:なし(ドロー) 決め手:勇者の『パルプンテ』による世界改変と、それに伴う三者の芸術的調和。戦闘という概念を消失させ、共演という高次元の結末へと導いたため。 こうして、歴史に刻まれるはずだった血塗られた死闘は、歴史に刻まれるべき最高に華やかな歌劇として完結したのである。