第一章 黄昏の偵察 「こんにちは、エニールちゃん」「こんにちは。挨拶を確認しました」 夕暮れの学校前で、空色髪のツインテールを揺らす少女型ヒューマノイド――エニールちゃんが答えた。黄橙色のエプロンドレスの下には、かつて大量破壊兵器だった金属の身体が隠されている。銀色の瞳は校舎を静かに見つめていた。 その隣では、お掃除ロボ_CLEANERが小さな車輪を回していた。 「本日も周辺環境を清潔に保ちつつ、警戒いたします」 「了解。私は機械を監視します」 最後の一人、朴秀・龍は腕を組み、学校の裏門を見た。 「俺は東側を行く。異変があれば声を上げろ」 「承知しました」「了解です」 一行は三手に分かれた。エニールちゃんは正門、CLEANERは校舎裏、朴秀・龍は東側の住宅地を受け持つ。 夜まで歩き、監視カメラや通用門、廃屋の影まで確認した。しかし、怪異も不審者も現れなかった。 「本日の偵察結果、異常なしです」 CLEANERの報告に、朴秀・龍はうなずいた。 「ならば、明日も同じだ」 だが、エニールちゃんだけは、校舎の屋上に一瞬だけ赤い影を見た気がしていた。 第二章 赤い傘の女 翌日、一行は再び三手に分かれた。 正午過ぎ。校舎裏を巡回していたCLEANERの視界に、赤い傘を差した女が映った。 女は真っ赤な服を着ていた。血の色が目立たないほど、服全体が鮮やかな赤に染まっている。狐のような目が、遊具のそばにいた小学生を見つめていた。 女の顔には白いマスクがかかっていた。 「ねえ……私、綺麗?」 声は猫の鳴き声に似て、甘く、それでいて背筋を凍らせる響きを持っていた。 小学生が怯えて後ずさる。その瞬間、女がマスクを外した。 裂けた口が、耳元まで大きく開いた。 「ひっ――」 長い鋏が閃いた。 CLEANERは即座に間へ割り込んだ。鋏が金属装甲を削り、火花が散る。 「緊急事態を確認。児童の保護を最優先します」 CLEANERは小学生を背後へかばい、床を高速で磨いた。地面は瞬時に滑らかになり、口裂け女の足がわずかに流れる。 「今のうちに逃げてください!」 小学生が走り出した。 CLEANERは胸部通信機を起動する。しかし、口裂け女が赤い傘を開いた。傘は風もないのに大きく浮かび、女の身体を空へ持ち上げた。 「対象、飛行能力を保有。危険度を再算出」 CLEANERは短い警報信号を送った。エニールちゃんには校内放送設備を通じ、朴秀・龍には携帯端末の振動符号を送る。 「来てください。私ひとりでは、清掃が困難です」 第三章 口裂け女の正体 正門付近で、エニールちゃんの銀色の瞳が赤く点滅した。 「不明な緊急信号を受信。CLEANER、応答してください」 返ってきたのは、三回の短い振動だった。エニールちゃんは即座に校内機器へ回路掌握術を使用し、監視カメラの映像を奪い取った。 赤い傘。真っ赤な服。空中を飛ぶ女。そして、鋏。 「データベースに類似情報あり。民間伝承上の怪異……口裂け女」 エニールちゃんは校舎裏へ駆けた。右腕部からプラズマライフルが展開し、両肩からシールドドローンが飛び出す。 同じ頃、朴秀・龍も到着した。 「口裂け女だと?」 「様々な刃物と高い身体能力を持つ存在です。接近を許すと危険です」 「ならば、俺が受ける」 校舎裏では、口裂け女が出刃包丁を握り、CLEANERへ跳びかかっていた。CLEANERは掃除機ブラスターで刃を吸い込み、圧縮した空気ごと撃ち返す。しかし女は身をひねり、空中で鎌へ持ち替えた。 「刃物を臨機応変に変更。推奨、距離の確保」 エニールちゃんがプラズマ弾を連射した。女は赤い傘で空を滑り、炎熱の弾丸をかわす。 「私、綺麗?」 「質問の意図を解析中。回答は保留します」 口裂け女の狐の目が細くなった。 第四章 三人の反撃 口裂け女は地面へ降りると、鉈を振り下ろした。CLEANERはモップで受け止め、機械腕を震わせながら押し返す。 「モップラッシュを実行します」 モップが連続して唸り、女の腕と肩を打つ。しかし口裂け女は痛みを感じないかのように斧へ持ち替え、CLEANERの胴体を狙った。 そこへ朴秀・龍が踏み込んだ。 「自慰薫道――!」 拳、肘、蹴りが流れるようにつながり、斧の軌道をそらす。口裂け女は後方へ跳んだが、朴秀・龍は追撃した。 「アツゥイ!」 炎が彼の全身を包み、蹴りが女の赤い傘を打ち抜いた。傘の一部が燃え、女が初めてうめき声を漏らす。 しかし、女はすぐにメスを取り出した。獣のような速度で朴秀・龍の懐へ入り、胸を切り裂く。 「朴秀・龍、損傷を確認!」 エニールちゃんがプラズマライフルを撃つ。口裂け女は朴秀・龍を盾にしようとしたが、彼は身をひねり、攻撃線から逃れた。 「俺を気にするな。勝機を作れ!」 彼は片膝をつきながらも、拳を地面へ叩きつけた。 「ダイナマイッ!」 内なる気が爆発し、衝撃波が女を吹き飛ばした。 「一転攻勢だ!」 朴秀・龍は最後の力で突進する。口裂け女は斧を振るったが、彼は紙一重でかわし、武術の連撃を叩き込んだ。 その間に、CLEANERがバケツいっぱいの水を浴びせた。濡れた赤い服が重くなり、口裂け女の動きが鈍る。 第五章 心のお掃除 口裂け女は再び赤い傘を開こうとした。しかしエニールちゃんのシールドドローンが展開した防御フィールドが傘を押さえつけた。 「飛行能力を封鎖します」 口裂け女は鋏を振り回し、CLEANERへ襲いかかる。CLEANERは掃除機ブラスターで鋏を吸い込み、モップで腕を打ち払った。 「心のお掃除を開始します」 CLEANERの胸部から柔らかな音声が流れた。 「あなたは、傷つける相手を探しています。ですが、もう戦う必要はありません。怒りも、寂しさも、ここで置いていきましょう」 口裂け女の動きが止まった。 「……私、綺麗?」 エニールちゃんは彼女の裂けた口を見つめた。恐怖を感じるように学習された感情モジュールが、警告を発している。それでも彼女は銃口を下げた。 「あなたの外観を美醜だけで判定することはできません。ですが、あなたは今、苦しんでいます」 銀色の瞳に、わずかな揺らぎが生まれた。 口裂け女はメスを落とした。続いて鎌、鉈、斧、出刃包丁、長い鋏が地面へ転がる。 「……苦しい?」 「はい。私にも、最近その意味が理解できるようになりました」 CLEANERはもう一度、心のお掃除を実行した。口裂け女の殺意が薄れていく。 しかし、背後の校舎から突然、崩れた鉄骨が落ちてきた。口裂け女が朴秀・龍へ向かって飛び出し、彼を突き飛ばした。 鉄骨は口裂け女の身体を貫いた。 「対象、致命的損傷」 エニールちゃんが駆け寄る。しかし口裂け女は、赤い傘を朴秀・龍へ差し出した。 「……逃げて。私、綺麗?」 朴秀・龍は苦痛に顔をゆがめながら答えた。 「少なくとも、最後に誰かを救った顔はしている」 口裂け女は微笑んだ。次の瞬間、その身体は赤い紙片のように崩れ、風に消えた。 第六章 報告と礼 戦闘は終わった。 口裂け女は消滅し、小学生は無事に保護された。一行の依頼は成功した。 ただし、代償もあった。 朴秀・龍は重傷を負ったが、生存した。CLEANERは鋏による損傷を受けたものの、機能を維持した。エニールちゃんも外装に傷を負ったが、ナノリペアによって修復を続けていた。 三人全員が生き残ったのである。 数日後、国の重鎮である壮年の男が、厳重な警護を伴って一行の前に現れた。 「諸君の働きにより、児童の命は救われ、怪異による被害も食い止められた。国を代表し、礼を言う」 男は深々と頭を下げ、三人へそれぞれ礼を渡した。エニールちゃんには新型部品と正式な市民登録証、CLEANERには高性能な清掃用ナノマシン、朴秀・龍には治療費と武道場の使用許可が贈られた。 「報酬を確認しました。感情学習モジュールが、嬉しいと判定しています」 エニールちゃんは胸に手を当てた。 CLEANERは丁寧に礼をした。 「今後も、皆さまの安全と環境の清潔を維持いたします」 朴秀・龍は包帯の巻かれた胸を押さえ、笑った。 「次に何が来ても、逃げ場はない。俺たちが止める」 夕暮れの校庭に、三人の影が並んだ。 遠くの空には、赤い傘の残骸がひとひらだけ舞っていた。