夜の旅館。静寂に包まれているはずの12畳の寝室に、不穏な、しかしどこかワクワクとした空気が漂っていた。畳の上には布団が並び、バトラーの同級生たちが並んで眠っている。はずだった。 (……今だ!!) 誰が号砲を鳴らしたわけでもない。しかし、ある種の「遊び心」という名の共鳴が彼らを突き動かした。 「枕投げ大会、開幕ーーー!!!」 叫んだのはテーポだった。彼は寝たふりをしていた身体をバネのように跳ねさせると、隣で眠っていたジャッキー・チュンの顔面に、全力で枕を叩きつけた。 ドガッ!! 「ぶふぉっ!?」 ジャッキー・チュンが飛び起きる。しかし、この大会のルールは絶対だ。当たった者は脱落。だが、ジャッキーは本能的に「回避」を試みた。枕が顔に触れる直前、彼は不格好に体をひねり、奇跡的に枕を空中でかわした。 「ふぅ……! 危うく脱落するところだったぜ!」 ジャッキーのスピードがわずかに上昇する。しかし、彼が安心した瞬間、背後から不気味な笑い声が聞こえた。 「ククク……ダイスの出目は『3』。ダメージ3倍だ」 スケルトンのカルマが、闇の中から忍び寄っていた。彼は枕を暗黒の剣のように構え、ダイスの力で加速させた一撃をジャッキーの背中に叩き込む。もはやそれは枕投げではなく、鈍器による打撃に近い威力だった。 ドゴォォォン!! 「あぎゃああああ!!」 ジャッキー・チュン、見事に吹っ飛び、畳の上を転がって壁に激突。そのまま白目を剥いて沈没した。 【ジャッキー・チュン:脱落】 「あーあ、最初から全力出しすぎだぜ」と笑うのは、アフロを激しく揺らしているドケチスカ・ロックンローラーだ。彼はなぜか枕をギターのように抱え、リズムを刻んでいた。 「オイラのギターソロ、タダで聴かせてやるぜ! テンション上げていこうぜ、野郎ども!」 ドケチスカが能力【音楽の渦】を発動させる。部屋中に不可視の音波が広がり、生存者たちは思わずリズムに合わせて体を揺らし始めた。足が勝手にステップを踏む。これは危険だ。重心が不安定になれば、枕の一撃で容易に崩れ落ちる。 「ちょ、ちょっと待って! 体が勝手に!」 パニックになるテーポ。そこに、小柄な機械、チェンジボットが高速で接近していた。チェンジボットは【チェンジ】スキルを使い、自身の「防御力」をすべて「素早さ」に変換。視認できないほどの速度でテーポの周囲を旋回し、側面から銅線のようなアームを伸ばして枕を正確に射出した。 シュパッ!! 「わあああ!!」 テーポは間一髪、スキル【ワープ回避】を発動。一瞬で座標をずらし、枕を空中に逃がした。しかし、ドケチスカの音楽に踊らされているため、着地が不安定だ。 「へへっ、こういう時はこれだ!」 テーポは【空間移動】を使い、自分の目の前にワームホールを開いた。そして、足元に転がっていた予備の枕をそこへ放り込む。すると、もう一つのワームホールがチェンジボットの真上に開き、重力加速した枕がロボットの頭上に直撃した。 ボフッ!! 「システム・エラー……!!」 チェンジボット、計算外の上空からの攻撃に反応できず、畳にめり込む形で脱落。 【チェンジボット:脱落】 さて、残るはテーポ、カルマ、ドケチスカ、そして……ずっと静かに微笑んでいたシャイニィ・スノーだ。 「えへへ、みんな仲良くしてくださいね?」 シャイニィが小首をかしげて微笑む。その瞬間、部屋の中の空気が一変した。あまりの可愛さに、戦意が蒸発する。カルマは持っていた枕を落とし、ドケチスカはギター(枕)を弾く手を止めた。テーポに至っては、「あぁ、可愛い……。彼女に枕をぶつけるなんて、人間として、いやバトラーとしてありえない!!」と、激しい罪悪感に襲われ、その場に膝をついた。 まさに【絶対的な可愛さ】による精神攻撃。攻撃しようとする意志そのものが消滅する。シャイニィ・スノーは、戦わずして敵を無力化する最強の存在だった。 しかし、そこへ「絶望」が訪れる。 ――コツ……コツ……コツ…… 廊下から、規則正しく、冷徹な足音が聞こえてきた。生活指導の先生だ。この音が聞こえた瞬間、生存者たちの顔色が変わる。見つかれば強制連行。即、脱落である。 「……寝ろ!!」 テーポの指示により、全員が光速で布団に潜り込み、静止した。 (……静かすぎるな) 先生が襖の前で止まる。気配を伺っている。ドケチスカはアフロが布団から突き出しており、それを必死に抑え込んでいた。カルマは骨だけの体なので、布団の中ですき間風が吹いている。シャイニィは天使のような寝顔で完璧に擬態している。 先生がゆっくりと襖を開けようとした、その時。 (……あ、くしゃみが出そう) テーポが、能力を使いすぎて出始めた「船酔い」のせいで、不快感から鼻がムズムズし始めていた。我慢しようとするが、限界だ。 「……っひぃ!!」 小さな、しかし静まり返った部屋には十分すぎるほどの音が出た。先生の視線が鋭くテーポを射抜く。 「テーポ。……まだ起きていたな」 「ぎゃああああ!! ごめんなさい!!」 テーポは【ワープ】で逃げようとしたが、先生の掴みは速かった。襟首をガシッと掴まれ、そのまま廊下へと引きずられていく。 【テーポ:連行により脱落】 先生が去り、再び静寂が訪れる。そして、再び狂乱の時間がやってきた。 「ふぅ、危なかったぜ。さて、残りはオイラとカルマ、そしてあのお嬢ちゃんだな」 ドケチスカが不敵に笑う。しかし、カルマはすでにダイスを振っていた。出目は『6』。ダメージ6倍。彼は暗黒の枕を構え、ドケチスカに向かって突撃した。 「タダで受けるぜ! 【タダの正義】!!」 ドケチスカはあえて防御せず、カルマの全力の一撃を正面から受け止めた。ダメージを肩代わりする能力。しかし、カルマのダイス倍率が想定を超えていた。 ズガァァァァン!! 「ぐはぁっ!!」 ドケチスカ、枕の一撃で部屋の端まで吹き飛ばされ、そのまま壁に埋まった。衝撃でアフロがさらに逆立ち、意識を失う。 【ドケチスカ・ロックンローラー:脱落】 ついに、生き残ったのはカルマとシャイニィ・スノーの二人だけとなった。 カルマは冷酷な眼差しでシャイニィを見据える。彼は感情を持たないスケルトンであるため、可愛いものへの抵抗力が(理論上は)低い。しかし、目の前の少女があまりに純粋に「えへへ」と笑っているのを見て、彼の心(骨)に激しい葛藤が生まれた。 (……ぶつける。ぶつければ勝ちだ。だが、この子に枕を当てるなど、地獄の業火に焼かれるより恐ろしい罪ではないか?) カルマの手が震える。ダイスを振ろうとしても、指がすべってうまく振れない。罪悪感が、彼の骨の芯まで浸透していた。 「カルマさん、どうぞ?」 シャイニィが優しく促す。その慈愛に満ちた眼差しに、カルマはついに耐えきれなくなった。 「……すまなっ!!」 カルマは枕を投げた。しかし、それは攻撃ではなかった。彼は枕をシャイニィの足元にそっと置き、自ら転がり落ちて「脱落」を宣言した。もはや勝敗などどうでもいい。彼女を傷つけるくらいなら、自ら敗北することこそが至上の救いであると感じたのだ。 【カルマ:精神的敗北により脱落】 こうして、夜の旅館での大騒動は幕を閉じた。 静まり返った部屋で、一人だけにこやかに微笑む少女がいた。彼女は誰にも攻撃されず、誰を攻撃することもなく、ただそこにいただけで勝利を手にしたのである。 【勝者:シャイニィ・スノー】