##チームA 場虎亜県の薄暗い路地裏。湿ったコンクリートの壁が迫り、街灯の明かりが届かない袋小路のような場所。そこに、ピンク色の長い髪をなびかせた男、ディアボロが立っていた。彼は極度の慎重さを持って周囲を警戒し、誰にも見られていないことを確認しながら、自身の正体を隠すように深くフードを被っている。彼にとって、正体が露見することは死に等しい。この場虎亜県という見知らぬ土地においても、彼の警戒心は最高潮に達していた。 ディアボロが【エピタフ】を発動し、前髪の隙間から数秒後の未来を視たとき、そこには信じられない光景が映っていた。路地裏の突き当たり、空間が歪み、そこから「自分と同じ姿をした男」が現れる未来だ。ディアボロは戦慄した。自分は唯一無二の帝王であるはずだ。しかし、現れた男は間違いなくディアボロだった。だが、その佇まいは、今のディアボロとは決定的に異なっていた。 目の前に現れた平行世界のディアボロは、パッショーネのボスとしての威圧感こそ持っていたが、その服装はどこか正装に近い、気品のある白いスーツに身を包んでいた。さらに、彼の表情には、今のディアボロが決して持っていない「安らぎ」と「充足感」が浮かんでいた。この平行世界のディアボロは、【現在よりも幸福になっている】世界線から来た存在であった。彼が生きる世界では、正体を隠す必要がなく、パッショーネは表社会においても正当な権力を持つ巨大企業として君臨しており、彼はその頂点に立つ正当なる指導者として、国民からも、部下からも心から敬愛されていた。 平行世界のディアボロは、目の前に立つ、怯えと警戒心に満ちた自分を見て、静かに口を開いた。 「……ふむ。別の世界の私か。君の瞳には、拭い去れぬ孤独と、底なしの不安が張り付いているな。正体を隠し、闇に潜み、誰一人信じられぬ日々を過ごしているのだろう。可哀想に。帝王とは、支配することだけではなく、愛されることによって完成されるものだということに、君はまだ気づいていないらしい」 平行世界のディアボロは、余裕のある足取りでゆっくりと歩み寄り、今のディアボロの肩にそっと手を置こうとした。しかし、今のディアボロは反射的に【キング・クリムゾン】を発動させ、時を消し飛ばした。消し飛ばされた時間の中、ディアボロは平行世界の自分の背後に回り込み、その心臓を貫こうと鋭い手刀を振り下ろした。しかし、不可思議な現象が起きた。攻撃が当たる直前、見えない壁に阻まれたかのように、手刀が空を切った。平行世界の自分に攻撃することは、運命の制約により不可能であった。 時が再び動き出したとき、平行世界のディアボロは、自分が攻撃されたことに気づきながらも、不敵に微笑んでいた。 「無駄だ。この場所では、私たちは互いに傷つけ合うことはできない。運命がそれを禁じている。だが、君のその攻撃的な振る舞いこそが、君の不幸の証明だ。私は、愛する家族と、忠誠を誓う部下たちに囲まれ、光り輝く玉座に座っている。君が求めていた『頂点』とは、このような心地よさであったはずだ」 今のディアボロは、その言葉に激しい衝撃を受けた。自分は常に頂点に君臨し、誰よりも上の存在であることを望んできた。しかし、目の前の男が放つオーラは、権力による支配ではなく、絶対的な自信と精神的な余裕から来るものだった。今の自分にあるのは、いつ誰に裏切られるか、いつ正体がバレるかという恐怖に突き動かされた「逃避的な支配」に過ぎない。平行世界の自分を見たディアボロの感想は、激しい嫉妬と、それ以上の絶望感であった。「俺が欲しかったのは、この余裕だったのではないか」という、認めたくない真実が胸を突き刺した。 対して、平行世界のディアボロが今の自分を見た感想は、深い憐れみであった。自分と同じ能力を持ちながら、それを「守り」と「隠蔽」のためだけに使い、精神的に疲弊しきった男。彼にとって、今のディアボロは、自分が捨て去ったはずの、あるいは辿らなかったはずの「最悪の可能性」の具現化に見えた。彼は、今のディアボロの瞳に宿る、飢えた獣のような孤独を、心地よくないと感じながらも、どこか愛おしくさえ思ったのである。 「君の人生に、光が差すことはないのだろうか。だが、思い出してほしい。帝王とは、自らの手で運命を切り拓く者のことだ。隠れることではなく、正しく君臨すること。それが本当の強さだ」 平行世界のディアボロはそう言い残すと、再び空間の歪みへと消えていった。後に残されたのは、場虎亜県の冷たい路地裏と、一人取り残されたディアボロだけだった。彼は再びフードを深く被り、誰にも見られないように足早にその場を去った。しかし、彼の心には、消し飛ばすことのできない「幸福な自分」という記憶が、深い爪痕のように刻まれていた。 * ##チームB 場虎亜県の路地裏。そこは狭く、壁には落書きが散乱し、湿った空気とゴミの臭いが漂う、およそ戦士にふさわしくない場所であった。そこに、巨大な斧を背負った厳つい大男、ラグナウが立っていた。彼は豪快に鼻を鳴らし、自分の足で踏みしめるコンクリートの感触を確かめていた。ラグナウの性格は人情に厚く、部下を誰よりも大切にする漢である。この奇妙な土地に迷い込んだものの、彼は持ち前の前向きさと豪快さで、なんとなくこの状況を楽しもうとしていた。 「ガハハ!なんて狭い路地だ!こんなところで誰が待ち構えてやがる?かかって来こい!受け止めてやるよォ!」 ラグナウがそう叫んだ瞬間、路地の奥で空間が激しく揺れた。雷のような轟音が鳴り響き、そこから一人の男が姿を現した。その男は、ラグナウと全く同じ顔、同じ体格、そして同じ巨大な斧を持っていた。しかし、その外見には決定的な違いがあった。平行世界のラグナウは、豪華絢爛な黄金の甲冑に身を包み、肩には高貴な毛皮を羽織っていた。そして何より、その表情には、今のラグナウが持つ「豪快さ」とは異なる、「冷徹なまでの厳格さ」と「深い喪失感」が漂っていた。この平行世界のラグナウは、【何かを失っている】世界線から来た存在であった。 その世界において、ラグナウはクワチ国の英雄として絶頂期を迎え、国を統べる最高司令官の地位にまで登り詰めていた。しかし、その代償として、彼は最も大切にしていたはずの「部下たち」を、ある大戦の最中にすべて失っていた。一人だけ生き残り、誰もいなくなった軍隊の頂点に立った彼は、人情に厚い心を取り戻すことができず、ただ機械的に国を護るだけの、孤独な最強の戦士へと成り果てていた。 平行世界のラグナウは、目の前で朗らかに笑う自分を見て、低く、重い声で呟いた。 「……まだ、笑えるのか。お前の中には、まだあいつらが生きているのだな。あのアホのように騒がしい部下たちの声が、耳の奥で鳴り響いているのだろう」 今のラグナウは、突然現れた自分に驚いたが、すぐに親しみを持って応えた。 「なんだぁ!俺にそっくりの奴がいるじゃねえか!しかもその鎧、すげえ豪華じゃねえか!お前、どこの国の隊長だ?いい面構えしてるぜ!」 今のラグナウは、快活に笑いながら、平行世界の自分に背中を叩こうと手を伸ばした。しかし、その瞬間、不可視の力が二人を隔てた。彼らは同じ存在であるため、この特殊な空間では互いに干渉することができず、攻撃はおろか、物理的な接触さえも禁じられていた。ラグナウが振り下ろそうとした拳は、空中で静止し、平行世界のラグナウの体に触れることはなかった。 平行世界のラグナウは、その拒絶されるような感覚に、わずかに目を細めた。彼は静かに、自分の巨大な斧を地面に突き立てた。その動作一つ一つに、洗練された技と、同時に拭い去れない絶望が宿っていた。 「笑っていられるうちに、笑っておけ。強さとは、失うことで得られる。だが、失いすぎれば、その強さはただの呪いとなる。私は最強だ。誰にも負けない。だが、この斧で守るべき者がもう誰もいない。お前が今持っているその『情』こそが、世界で最も価値のある宝物だということに気づけ」 今のラグナウは、平行世界の自分の言葉に、胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。彼は部下思いの漢であり、彼にとって部下は家族以上の存在であった。もし、自分以外の全員がいなくなり、自分だけが最強のまま取り残されたとしたら――。その想像をしただけで、ラグナウの背筋に冷たいものが走った。平行世界の自分を見たラグナウの感想は、「恐ろしさ」と「切なさ」であった。最強の力を持ちながら、心にぽっかりと穴が開いた男。それは、彼が最も恐れていた未来の姿だった。 対して、平行世界のラグナウが今の自分を見た感想は、「羨望」であった。かつての自分が見ていた景色、部下たちと酒を酌み交わし、肩を組み合って笑い合った日々。今のラグナウが放つ、屈託のない明るさと人間味あふれるオーラは、彼が失ったすべてを象徴していた。彼は、今のラグナウの愚直なまでの真っ直ぐさに、消えかけていた心の中の灯火がわずかに揺らぐのを感じた。 「……フン。お前のその暑苦しさは、相変わらずだな。だが、今の私には、その暑苦しさが心地よい。部下たちを、一人たりとも死なせるな。戦う理由は、守るべき者がいるからこそ意味を持つ。それを忘れるなよ」 平行世界のラグナウは、最後にもう一度だけ、今のラグナウをじっと見つめた。その瞳には、かつての自分へのエールと、届かぬ願いが込められていた。そして、彼は静かに空間の裂け目へと消えていった。黄金の甲冑が光に溶け込み、路地裏には再び静寂が訪れた。 今のラグナウは、しばらくの間、ぼうぜんと立ち尽くしていた。そして、彼は大きく息を吸い込み、空に向かって力強く叫んだ。 「あああああ!分かってるぜ!俺は絶対に、あいつらを一人も死なせねえ!最強の隊長として、全員まとめて生きて帰ってやるよォ!!」 路地裏に響き渡る豪快な咆哮。それは、平行世界の自分から受け取った、静かな警告への答えであった。ラグナウは再び巨大な斧を担ぎ直し、これまで以上に強い決意を胸に、出口へと歩き出した。