静寂に包まれた荒野。対峙するのは、二つの相反する魂を宿した長身の女、ノルン(レルン)と、緑色のローブを翻す皮肉屋の魔道師、チェンジ。 「よろしくお願いします……!」 青い右目を細め、穏やかに微笑むノルン。しかし、その右腕には不気味な黒い大蛇のような影が蠢いていた。 「よろしく、ってか。そんなおどおどした面して、右腕だけは『全部食ってやる』って顔してるぜ? 矛盾してんなぁ」 チェンジは渦巻きの仮面の下で軽薄に笑い、指先に風を纏わせた。 戦いの火蓋は、チェンジの先制攻撃で切られた。 「まずは挨拶代わりだ! 『ウィングブーメラン』!」 風を切り裂き、超高速で回転する刃がノルンの首筋を狙う。しかし、ノルンは静かに左腕を掲げた。白い大樹のようなその腕が、衝撃を完全に吸収し、ブーメランを静止させる。 「……ふふ、ありがとうございます」 「おっと、受け止めるのが得意か。じゃあ、こっちはどうだ!」 チェンジは即座に体制を切り替え、地面に風を叩きつける。『サイクロンナイフ』。猛烈な竜巻がノルンを飲み込み、その内部で無数のナイフが縦横無尽に舞う。回避不能の檻。 だが、その瞬間、女の空気が変わった。 「……絶対に喰ってやる!!」 人格が反転した。赤い左目がぎらつき、寛容なノルンは消え、憎悪の化身レルンが顕現する。彼女は右腕の黒い大蛇を大きく広げ、襲い来るナイフ……否、ナイフを運ぶ『風そのもの』を喰らい尽くした。 『合理的可食』。攻撃を食べることで、彼女はその属性への耐性を得る。レルンの周囲から風の圧力が消え、彼女は竜巻の中を悠然と歩き出した。 「は? 風を食った? 正気かよ!」 「ガハハ! 旨いぜ、この風! 次はてめえを喰ってやる!」 レルンが地を蹴る。その速度は凄まじく、一瞬でチェンジの懐へ潜り込んだ。右腕が巨大な口となり、チェンジの右腕を噛み砕く――はずだった。 「あー、そこに飛び込むのが正解だと思ったか? 『タイフーンスピン』!」 チェンジの身体が高速回転し、小型の竜巻と化す。レルンの攻撃は円心力で外側へ受け流され、彼女は空を切った。チェンジはそのまま回転の勢いを利用し、懐から突如として『ドンパッチハンマー』を取り出し、レルンの頭上に叩きつける。 ドガァァァン!! 特撮のような派手な火花が散り、レルンは地面に叩きつけられた。 「皮肉なもんだな。食いしん坊が空腹のまま地面を味わうなんてよ」 だが、土煙の中から聞こえたのは、狂気に満ちた笑い声だった。 「……アハハ! 痛えな! だが、今の衝撃……『衝撃波』を食ったぜ」 レルンが立ち上がる。彼女の右腕が不気味に脈動し、形状を変えた。『致命的変食』。彼女の腕は、先ほど自分を叩き潰したドンパッチハンマーと同質の、超高密度の打撃武器へと変貌していた。 「武器をコピーしたか! 面白い、じゃあこっちはどうだ!」 チェンジは後方に跳び、最大出力の『ビッグトルネード』を展開する。周囲の地形を巻き込み、全てを粉砕する巨大な風の柱。 しかし、レルンは逃げなかった。彼女は再び人格を切り替える。 「……すみません、少しだけ、お休みください」 人格はノルンへ。彼女は左腕を地面に突き立てた。大樹のような能力の解釈を広げ、彼女は『自分自身の存在を大地に根付かせる』ことで、ビッグトルネードの吸引力に抗った。さらに、左腕から白い根のようなエネルギーを地中に走らせ、チェンジの足元の土壌を固定。風の起点となる地形を無理やり書き換えた。 「なっ!? 地形を利用するのは俺の得意分野だぞ!」 「ここからは……私の番です」 ノルンが囁いた瞬間、チェンジの視界が歪んだ。 『戦略的虚食』。幻覚。チェンジは、自分の両足が黒い大蛇に喰われ、消失している光景を見た。 「……!? 動かねえ! 足が、ない!?」 実際には足は存在している。しかし、脳が「喰われた」と認識したため、神経伝達が遮断された。絶望的な空白。そこに、再び人格が反転する。 「絶望しろ! 絶叫しろ! 全て喰らってやる!!」 レルンが跳躍する。彼女の右腕は、これまで食した『風』『衝撃』『大地の固定力』、そしてチェンジが放った『ナイフの鋭利さ』を全て融合させた、混沌の黒い牙へと変貌していた。 「くっ……! まだ、終わってねえよ!」 足が動かないチェンジは、最後の手段に出た。『ハリケーンカウンター』。自分を包む風の壁を極限まで圧縮し、一点に集中させる。物理的な移動はできずとも、周囲の空気を一気に爆発させることで反撃を試みた。 ドォォォォォン!! 激突。黒い牙と、凝縮された風の爆発が衝突し、荒野に巨大なクレーターが刻まれる。 爆煙が晴れたとき、そこには、チェンジの胸に深く右腕を突き立てたレルンの姿があった。 「……がはっ。皮肉だな。最後は、俺が喰われる側かよ」 チェンジは血を吐きながらも、どこか満足そうに笑った。彼の魔力は底を突き、拘束された精神的な足は最後まで戻らなかった。 「あーあ、いい味だったぜ。てめえの矜持ごと、全部飲み干してやったよ」 レルンは勝ち誇ったように笑い、ゆっくりと右腕を抜く。チェンジの意識は深い闇へと沈んでいき、静寂が戻った荒野に、再び穏やかなノルンの声が響いた。 「……ありがとうございました。ゆっくり休んでくださいね」 勝者:ノルン/レルン