陽光が降り注ぐ、魔導学園の広大な訓練場。周囲を深い森と切り立った岩壁に囲まれたこの場所は、日頃から生徒たちが魔法の練練に励む場所であるが、今日は特別な空気が漂っていた。そこに集ったのは、学園の教員でありながらかつて【金剛卿】として戦場を震撼させた豪快な女性、ディギ・リギオン。そして、黒鋼の軽装騎士鎧に身を包み、不敵な笑みを絶やさない銃騎士、ガレスである。 二人の間には、殺伐とした殺気など微塵もない。あるのは、互いの技量に対する純粋な好奇心と、「良い運動になりそうだ」という軽い心地よさだ。彼らにとってこれは死闘ではなく、挨拶代わりのスパーリングであり、互いのスタイルを確認し合うためのカジュアルな力比べに過ぎなかった。 「はっは!いいぞ!それにしても、その銃……ただの道具ではなさそうだな。私の大地を貫けるだけの牙を持っているか、試させてもらうよ!」 ディギは橙色の髪を陽光になびかせ、派手な制服の上に羽織った外套をひるがえして快活に笑った。金色の瞳には、教員としての理知的な光と、隠しきれない『戦闘狂』としての歓喜が同居している。彼女は不敵な笑みを浮かべながら、足元の地面に軽く手を触れた。 対するガレスは、ロングコートの襟を指先で軽く整え、腰に差した二挺の大型リボルバー《Twelve/XIII》に手をかける。その仕草一つ一つに余裕があり、皮肉屋な彼らしい飄々とした態度が滲み出ていた。 「おやおや、教育者の方にそんな物騒な言い方をされるとは。私はただの旅する騎士ですよ。まあ、あなたのその『金剛』とやらが、俺の弾丸をどこまで弾き返せるのか……興味はある」 ガレスは肩をすくめ、軽快な足取りで後退しながら、右手の黒銀の拳銃『Twelve』をゆっくりと構えた。二人の距離は十分に離れているが、空気は心地よく震えている。 「さて!では始めようか!遠慮はいらん、君の最高の弾丸をぶつけてくれたまえ!」 ディギの合図と共に、戦いの幕が開いた。しかし、それは破壊を目的としたものではない。互いの呼吸を読み、技を掛け合う、高度な対話のような交戦であった。 先手を打ったのはガレスだった。彼は流れるような動作で『Twelve』のトリガーを引く。右手の順回転が弾速と破壊力を極限まで加速させ、目に見えぬほどの速さで魔力弾がディギへと突き進む。通常の魔法使いであれば回避不能な速度。しかし、ディギは動かない。 「うむ!速い!だが、甘いな!」 ディギが足を踏み鳴らした瞬間、彼女の足元から巨大な岩の壁が猛然とせり上がった。【金剛地帯】による地属性魔法の展開である。弾丸は岩壁に衝突し、激しい火花を散らして砕け散った。しかし、ガレスはそれを想定していたかのように、不敵な笑みを深める。 「壁を作るのは正解ですがね、私の弾丸は『前へ進む運命』を強制している。……さて、戻ってきなさい」 ガレスが左手の白銀の拳銃『XIII』を軽く傾ける。すると、先ほど岩壁に当たって消えたはずの弾丸が、空間をねじ曲げるようにしてディギの背後から突如として現れた。因果を捻じ曲げる逆回転の魔術。回避したはずの攻撃が、死角から襲いかかるという不可思議な現象である。 「おっと!」 ディギは瞬時に反応し、背後に小さな岩の盾を瞬時に形成して弾丸を弾き飛ばした。衝撃で外套が大きく舞い上がる。彼女は振り返り、驚きと歓喜に満ちた表情でガレスを見た。 「最高だ!弾道を変えるだけでなく、因果に干渉して戻すか!面白い、実に面白いぞ!君、その技の構成はどうなっている? 後で詳しく聞かせてくれ!」 「ははっ、対戦中に講義を始めるつもりですか? まさしく教員さんだ。だが、教えるのは私の専門外でね」 ガレスは軽やかにステップを踏み、絶え間なく弾丸を撃ち込む。撃つたびに発生する反動を魔力へと変換し、彼の機動性は加速度的に増していく。地面を滑るように移動し、あらゆる角度から弾丸を降らせる。それはまるで、戦場に目に見えない円環を描いているかのようだった。 ディギはそれを受け流しながら、地面から次々と土の柱や岩の棘を突き出させ、ガレスの機動を制限しようと試みる。地響きが鳴り響き、訓練場の一部がダイナミックな地形へと変貌していく。しかし、ガレスは空中で身をひねり、岩の柱を足場にして跳躍するというアクロバティックな動きでそれを回避した。 「ふむ、私の地帯を足場に使うとは、なかなかのセンスだ。だが、これならどうだ!」 ディギのテンションが上がり、一人称が変化する。彼女の金色の瞳が鋭く輝いた。 「このディギ・リギオンが、大地ごと君を包み込んでみせよう! ――【金剛・地殻変動】!」 彼女が地面を強く叩くと、ガレスの足元の地面が大きく波打ち、巨大な岩の波が彼を飲み込もうと押し寄せた。それは攻撃というよりは、相手を優しく、しかし確実に拘束するための巨大な檻のような魔法であった。地属性魔法の真髄とも言える、圧倒的な質量の暴力である。 しかし、ガレスは慌てない。彼は空中で二挺の銃を交差させ、円環の魔術を最大に展開した。右の順回転で自身の加速を限界まで高め、左の逆回転で押し寄せる岩の波の「ベクトル」を強引に書き換える。 「いい波ですが、乗り心地は最悪そうだ」 ガレスが空中で一回転し、岩の波の頂点を蹴った。その瞬間、彼から放たれた弾丸が岩の波の隙間を縫い、ディギの足元の地面を正確に撃ち抜いた。爆発による衝撃波がディギをわずかに浮かかせ、彼女の体制を崩させる。 「ははっ! 捉えたぞ!」 「おっと、これは失策だな!」 ディギは空中で不適な笑みを浮かべながら、自身の周囲に高密度の魔力を集中させた。彼女は着地と同時に、地面から突き出した鋭い岩の針を盾にし、ガレスの追撃を完璧に防いだ。二人は再び距離を取り、互いに肩で息をしながらも、その表情には満足感が溢れていた。 「ふぅ……。君の銃撃、実に合理的で美しい。弾丸の一発一発に意志が宿っているようだ。私の教え子たちに見せてやりたいくらいだ」 「光栄ですね。あなたこそ、その物量と瞬発力。ただの脳筋だと思っていましたが、魔力の循環効率が恐ろしく高い。まさしく【金剛卿】の名に恥じない手腕だ」 ガレスの言葉に、ディギは豪快に笑い飛ばした。 「はっは! 脳筋とは失礼な! 私は知的な教員だぞ! ……まあ、戦いの中で考えるのが一番効率的なのは認めるがな!」 二人は互いの実力を認め合い、心地よい緊張感の中で、最後の一撃を交わし合うことにした。これは勝敗を決めるための戦いではなく、互いの「最高の一撃」を提示し合う、騎士道的な締めくくりである。 ディギは大地から最大限の魔力を吸い上げ、自身の周囲に巨大な金色の魔力圏を展開した。地面が盛り上がり、彼女を中心に巨大な岩の城塞のような構造物が形成されていく。それは彼女の魔力の結晶であり、攻防一体の究極の形態であった。 「いくぞ、ガレス! このディギ・リギオンの全力……いや、挨拶程度の全力を受けてくれたまえ!」 対するガレスも、二挺の拳銃を最大限に回した。右手のTwelveが加速の極致へ、左手のXIIIが因果の回帰へ。彼の周囲に、幾重にも重なる銀色の照準円環が浮かび上がる。もはや彼にとって、この戦場全域が自分の手の内にあるも同然だった。 「いいでしょう。私の『終着点』を、その城壁で受け止めてみてください」 ディギが叫びと共に、地中から巨大な岩の拳をガレスへと向けて突き出した。大地を揺るがすほどの質量攻撃。一方のガレスは、静かに、しかし鋭くトリガーを引いた。放たれたのは、単なる弾丸ではない。順回転で加速し、逆回転で回避不能な軌道を描き、そして再び加速するという、無限ループに近い超高速の魔力弾であった。 ドォォォォン!! 岩の拳がガレスに届く直前、白銀の弾丸がその拳の「中心点」を正確に貫いた。衝撃波が周囲に広がり、巨大な岩の塊が心地よい音を立てて砂のように崩れ落ちる。同時に、ガレス自身もその反動で後ろへ大きく飛び退いた。 土煙が舞い、静寂が戻る。そこに立っていたのは、服に砂を被りながらも、満足げに笑うディギと、銃口から小さな煙を上げるガレスであった。 「……ふむ。見事だ。私の岩の密度を計算し、一点に負荷を集中させて崩壊させたか」 「あなたこそ。あの岩の拳、一瞬だけ軌道をずらして私の逃げ道を塞いでいましたね。気づいた時には、撃つしかなかった」 二人は同時に笑い声を上げた。どちらかが完敗したわけではない。しかし、この一撃のやり取りによって、勝敗の決め手となったポイントは明確だった。それは「相手の意図を読み、最適解を導き出した速度」である。 結果として、ディギの攻撃を完全に無力化しつつ、最小限の魔力で最大の結果を出したガレスに、わずかながら軍配が上がったと言えるだろう。しかし、それはガレス自身の技術だけでなく、ディギが彼に「最高の一撃」を出すための隙を(無意識に、あるいは教員としての懐の深さから)与えていたからでもある。 「うむ! 完敗だ。君のその精密さ、ぜひ私の授業の客員講師として招きたいくらいだぞ!」 「ははっ、遠慮しておきますよ。私は自由な旅人がいい。それに、あなたの授業は刺激が強すぎて、生徒たちがみんな戦闘狂になりそうですからね」 ガレスは軽やかに銃をホルスターに収め、コートを翻して礼をした。ディギもまた、豪快に笑いながら彼の手を握りしめた。 「はっは! それもいい! 戦うことを恐れず、全力でぶつかり合う心こそが最高の教育だ! さて、いい汗を流した。学園の食堂まで案内しよう。私の奢りだ!」 「それはありがたい。美食と皮肉な会話には定評がある学園だそうですからね」 戦いの後の心地よい疲労感と、互いへの敬意。かつての戦場ではあり得なかった、穏やかで健全な交流。橙色の髪をなびかせて歩き出すディギと、その後ろを飄々と歩く黒鋼の騎士。彼らの笑い声は、静かな訓練場にいつまでも響き渡っていた。 この日の対戦は、記録上は「引き分け」として処理された。しかし、二人の心の中には、互いという良きライバルを得たという確かな充足感だけが残っていたのである。