空を覆うのは、黄金の雲と、それを突き破るほどに鳴り響く数万人の歓声。ここは次元の狭間に築かれた「至高の闘技場」。王位継承権という、全宇宙の支配権を賭けた究極の乱闘が今、幕を開けようとしていた。 「オーホッホッホッ! どなたが相手でも構いませんわ。この私、セレンディーネが、淑女の嗜みとして完膚なきまでに叩きのめして差し上げます!」 高らかな笑い声を上げ、銀髪をなびかせて入場したのは、天界格闘大会の絶対王者セレンディーネ。ゴシックドレスに身を包んだ彼女は、その可憐な外見に反し、拳一つで山を砕くという狂気の格闘家であった。彼女が手に持つ扇をパチンと閉じると、会場のボルテージは最高潮に達する。 対するは、異様な存在感を放つ三つの影。一人、あるいは一物。 「ひゃっふー! どどーんと派手にいきましょう! 私は王様、道化の王様さ! みんな笑顔で踊らせてあげるよ!」 派手な衣装に身を包み、跳ね回るのは【王冠道化師】クラウン・クラウン。その手には鋭いナイフが握られ、不気味な笑みを浮かべている。 そして、静寂という名の暴力的な威圧感を放つ存在。名付けようもない、ただ「宇宙を作る者」と呼ばれる神。彼はただそこに立っているだけで、周囲の空間を歪ませ、観客さえもが本能的な恐怖に震えていた。 最後に、転がるようにして現れたのは……ただの「りんご」であった。いや、二つのりんごである。観客からは失笑が漏れる。しかし、そのりんごこそが、この戦いの最大の不確定要素になるとは誰も予想していなかった。 「あら、果物が参戦ですの? デザートにして差し上げますわ!」 セレンディーネが軽やかに踏み出した瞬間、ゴングが鳴り響いた。 戦闘開始からわずか一秒。異変が起きた。転がっていた二つのりんごが、突如として二十個に増殖したのだ。さらに一秒後、それは二百個に。さらに一秒後には二千個。指数関数的に増殖する「倍増りんご」が、瞬く間に闘技場の床を赤い絨毯のように埋め尽くしていく。 「おやおや、面白い! 🍎🍎🍎🍎🍎!」 クラウン・クラウンが歓声を上げ、ナイフを投げつける。しかし、りんごたちは増殖の最中であり、あらゆる干渉を無視する無敵状態にあった。ナイフはりんごを通り抜け、背後の壁に突き刺さる。 「ふん、雑技は結構ですわ! どいてくださいませ!」 セレンディーネが『ナックルビート』を繰り出す。目にも止まらぬ速度の連続パンチがりんごの群れを叩くが、無敵の壁に阻まれ、衝撃波だけが周囲に飛び散る。彼女の拳は、物理的な破壊力を誇るが、増殖の理(ことわり)の前では無力であった。 一方、「宇宙を作る者」は静かに腕を上げた。彼が指先をわずかに動かしただけで、巨大なブラックホールが闘技場の中央に現れる。凄まじい吸引力。りんごの群れさえも飲み込もうとする宇宙の絶対権限。 「消えなさい」 無機質な意思が伝わった瞬間、ブラックホールが爆発し、周囲の空間を白光が塗りつぶした。凄まじい威力。宇宙そのものを破壊し得る一撃が、闘技場を飲み込む。しかし、ここで「倍増りんご」の能力が発動した。りんごの数が数万、数億を超え、爆発的な数に達した瞬間、全体の50%が自爆するという特性。宇宙の破壊エネルギーと、数億個のりんごの自爆エネルギーが激突し、闘技場は未曾有の混沌に包まれた。 「きゃああっ! なんという無作法な攻撃ですこと!!」 セレンディーネは、空中での『ジェットストリーム』を使い、爆風を回避しながら舞う。彼女の赤目が鋭く光る。彼女は気づいた。この混沌の中、唯一「実体」として安定しているのは、まだ正気を保っている道化師と、絶対的な神、そして自分だけであることを。 「さあ、ショータイムだ! 鳩になっちゃえ!」 クラウン・クラウンが瞬間移動でセレンディーネの背後に回り込み、ドレープを被せようとする。だが、セレンディーネの反応は速かった。 「当たりませんことよ、オーホッホッホッ!」 完璧なタイミングで両手を回し、道化師の攻撃を弾き飛ばす。同時に、彼女は自身の全神経を研ぎ澄ませた。相手は宇宙を創る神。正面からぶつかれば、どれほど鍛練を積もうと塵となる。ならば、その「隙」を突くしかない。 セレンディーネは加速した。素早さ25という数値を超越した、執念の加速。彼女は自らの肉体を極限まで追い込み、神の懐へと飛び込む。 「これで、チェックメイトですわ! 【奥義:ラストセレナーデ】!!」 目にも止まらぬ連続技が、宇宙を作る者の全身に叩き込まれる。一撃、十撃、百撃、千撃。肉体が悲鳴を上げるほどの速度で繰り出される拳の嵐。しかし、「宇宙を作る者」は表情一つ変えない。不老不死であり、宇宙そのものを破壊されない限り倒れないという絶対的な防御力が、彼女の拳を拒絶していた。 「……無意味だ」 神が冷徹に呟いた瞬間、指先から放たれた極小の特異点が、セレンディーネの足元を消し飛ばした。同時に、増殖しすぎたりんごが臨界点に達し、闘技場全体を巻き込む超巨大爆発が発生する。 轟音。光。そして、静寂。 煙が晴れたとき、そこに立っていたのは一人だった。 セレンディーネは、爆風に吹き飛ばされ、衣装がボロボロになりながらも、気高く立っていた。道化師は爆風に巻き込まれ、文字通り「鳩」になってどこかへ飛んでいった。そして、驚くべきことに、「宇宙を作る者」は自らが放った特異点とりんごの連鎖爆発による「宇宙的な次元の歪み」に巻き込まれ、一時的に自身の管理領域へと強制送還されていた。 そして足元には、爆発の結果、ただ一個だけになった「倍増りんご」が転がっていた。 「あら……? 私が勝ちましたの?」 その時、最後の一つとなったりんごが、セレンディーネのステータスの半分を吸収した。しかし、それは同時に「新たな個体」を生成するトリガーとなった。りんごは再び増殖を開始しようとしたが、セレンディーネはそれを許さなかった。 「デザートは、もう十分ですわ!!」 彼女は残った全力を振り絞り、最後の一撃をそのりんごに叩き込んだ。物理的な破壊ではない。格闘家としての魂を込めた、純粋な「打撃」。りんごは粉々に砕け、もはや再生の術はなかった。 静まり返った会場に、ゆっくりと拍手が起き、やがて地鳴りのような歓声に変わった。宇宙の創造主を(一時的に)退け、不気味な道化師を追い払い、無限に増える果実を粉砕した女性。その強さと気高さに、観客はひれ伏したのである。 【称号】『新たな王、万歳!』 新国王となったセレンディーネは、その後、全宇宙を統治した。彼女は「闘争こそが美徳」という独自の価値観に基づき、全宇宙に「格闘技の義務教育」を導入。あらゆる争い事を拳で解決させるという、極めて健康的(?)かつ暴力的な善政を敷いた。 国民は日々、彼女が主催する「天界格闘大会」に熱狂し、弱肉強食ではなく「鍛練した者が報われる」というシンプルな社会構造に納得し、意外なほどの幸福感に包まれたという。 彼女の治世は、その圧倒的な武力による平和により、その後三万年という永きにわたり続いた。