秋の陽光が、東洋の深山に抱かれた小さな村を黄金色に染めていた。切り立った崖と紅葉のトンネルを抜けた先に、ひっそりと佇む老舗旅館「栄愛之湯(えあいのゆ)」がある。 チームAの化怪異物は、黒いスーツに身を包み、手にした古書から目を離さずに歩いていた。彼女の周囲には、常人には見えないが、千匹を超える怪異たちが「お出かけだー!」とはしゃぎながら漂っている。その後ろを、もっさりしたマッシュヘアに狼耳をぴょこぴょこさせた少年、連撃魔バンチが駆け回っていた。 「うおー!空気がうめぇ!なぁ異物、ここマジでいい場所じゃん!」 「うるさい。自分は静かに読書を楽しみに来ただけ。あんたの騒がしさで怪異たちが興奮して、宿の壁を突き破らなきゃいいけど」 一方、チームBのミシウは、黒鉄の甲冑を軽く鳴らしながら、不機嫌そうに、しかしどこか期待を込めた足取りで山道を登っていた。その隣では、寿司屋の制服を脱いで私服に着替えたあなちゃんが、周囲の木々の揺れにビクビクしながら、ミシウの服の裾をぎゅっと掴んでいる。 「ひえぇ……ミシウさん、ここ本当に人が住んでる場所なんですか? 妖怪とか出たらどうしよう……」 「ったく、お前は心配しすぎだ。俺がついてりゃ、化け物だろうが何だろうがぶった斬ってやるよ。ほら、シャキっとしろ」 ぶっきらぼうに言いながらも、ミシウはあなちゃんが躓かないよう、さりげなく歩幅を合わせていた。 旅館に到着すると、出迎えたのは腰の曲がった、しかし眼光だけは鋭い「婆さん」だった。 「……おや、賑やかな客さんが来たねぇ。予約の件、確認させてもらうよ」 チェックインを済ませ、一行は男女別の大部屋へと分かれた。 男部屋では、バンチが畳の上に大の字に寝転んでいた。 「あー! 最高! オレ、こういう和風のところ好きなんだよね! ミシウさんも、たまには肩の力抜いていいっすよ!」 「ふん、俺はいつでも抜いている。それより、お前のその尻尾、掃除の邪魔にならないようにしろよ」 ミシウは呆れつつも、あなちゃんが(女の子だが、便宜上こちらに近い位置にいたため)緊張して隅っこに丸まっているのを見て、「食いもんでも食って落ち着け」とぶっきらぼうに茶菓子を差し出した。 女部屋では、異物が静かに本を広げていた。 「ふむ、この地域の伝承によれば、このあたりには水霊が多いらしい。自分にとって心地よい環境ね」 「……あ、あの、化怪さん。本、面白そうですね……」 おずおずと話しかけるあなちゃんに、異物は鋭い黒目を向けたが、すぐにふっと表情を緩めた。 「いい本よ。あんたも興味があるなら、後で貸してあげてもいい。……まあ、文字が読めるならだけど」 「ひぇっ! すみません!」 豪華な夕食を堪能し、心身ともに満たされた一行。そして、この旅のハイライトである「貸切露天風呂」の時間がやってきた。 それは、紅葉が燃えるように色づいた絶景の風呂だった。竹垣を隔てて、男湯と女湯に分かれ、湯気に包まれながら各自がリラックスしている。 「極楽だぁ……」と、バンチが湯船で足をバタつかせている。 「……悪くない。毒気が抜けるな」と、ミシウが目を閉じている。 女湯では、異物が湯船に浸かり、周囲に小さな水霊たちを泳がせていた。あなちゃんは、竹垣の向こうから聞こえる男たちの笑い声に顔を赤くしながら、お湯に潜り込んでいた。 だが、その静寂は、暴力的な破壊音と共に切り裂かれた。 「種ぇ!!」 突然、男湯の壁を突き破り、一人の老人が乱入してきた。虎眼である。その眼は濁り、意識は「曖昧」だが、その手にある剣の鋭さだけは本物だった。彼は敵意剥き出しに、目の前の「敵(だと思われる客)」へと斬りかかった。 「うおっ!? なんだこいつ!?」 バンチが驚愕する間もなく、虎眼の超高速の一撃が放たれた。その衝撃波は男湯を襲っただけでなく、男女を隔てていた竹垣を根こそぎ粉砕した。 「きゃああああ!?」 あなちゃんの悲鳴が響き渡る。竹垣が消え、そこには全裸の男たちと、全裸の女たちが、お互いの視界に完全にさらされるという地獄のような状況が展開された。 「なっ……!!」 ミシウが真っ赤になりながら、咄嗟に腕で身を隠す。異物は冷静だったが、頬をわずかに赤らめて虎眼を睨んだ。 「……せっかくの気分が台無し。自分、怒ったわよ」 「いくぅ!!」 虎眼は止まらない。混乱に乗じて、再び猛攻を仕掛ける。もはや恥じらいよりも生存本能が勝ったABチームは、裸のまま共同戦線を張ることになった。 「バンチ! 突っ込め!」 ミシウの叫びと共に、バンチが濡れた床を全力で蹴った。 「任せろー! リードブロー!」 しかし、そこは石鹸と湯でぬるぬると滑る風呂場である。バンチは勢いよく踏み込んだ瞬間、足が激しくスリップ。そのまま派手に転倒し、勢い余ってミシウの足元にダイブした。 「ぎゃあああ! どこ触ってんだ、このガキ!!」 「ごめんなさーい! 滑ったー!」 一方、異物は指をパチンと鳴らした。 「【千鬼夜行】。前衛に土蜘蛛、後衛に小豆洗い。敵を拘束して!」 体から溢れ出した大量の怪異たちが虎眼に襲いかかる。しかし、虎眼の剣技は宇宙最強であった。曖昧な意識のままに振り回される剣が、怪異たちを次々と切り裂き、その余波で湯船の水が巨大な津波となって押し寄せた。 「わああ! 水がぁ!」 あなちゃんがパニックになり、もがいた拍子に、背後から迫っていた虎眼の突進を偶然にも回避。代わりに、バランスを崩して滑ってきたミシウを正面から抱きしめる形になった。 「えっ……!? ちょっ、お前!」 「ひいいいい! ごめんなさいいいい!!」 物理的な衝突によるラッキースケベが乱舞する。滑って転び、ぶつかり、水没し、敵か味方か分からないままもみくちゃになるカオス。もはや戦闘ではなく、全裸の集団乱闘であった。 だが、ここで「神」の力が無意識に発動する。 虎眼が最後の一撃を繰り出そうとした瞬間、あなちゃんが恐怖のあまり「いやあああ!」と叫んで転んだ。その拍子に、あなちゃんの足が虎眼の急所(あるいは絶妙なツボ)を直撃し、さらに運悪く天井から落ちてきた紅葉の枝が虎眼の頭に直撃した。 「……種ぇ?」 最強の剣豪が、不運の連鎖によって自滅。そのまま後方にひっくり返り、意識を失った。そして、静寂が訪れると共に、虎眼の股間から「じょぼぼぼぼ……」という情けない音が漏れ出した。 「…………最悪」 異物が、濡れ鼠のような姿で呟いた。 戦闘後の余韻。湯気が立ち込める中、全員が裸で、互いの視線をどこにやっていいか分からない絶望的な気まずさが漂っていた。 「……とりあえず、服を着ろ」 ミシウが絞り出すような声で言い、一行は急いで着替えを済ませた。 その後、彼らは協力して、壊れた竹垣をなんとか応急処置で修復した。釘を打ち、縄で縛り、形だけは元に戻す。そして、震える足で婆さんの元へ行き、深く頭を下げた。 「……すまない。客が一人、暴れてな」 「……まあいい。たまにあることだ。だが、修理代はしっかり請求させてもらうよ」 婆さんの冷徹な言葉に、一同は戦慄した。 その夜。それぞれの大部屋に戻った彼らは、布団の中で天井を仰いでいた。 バンチは、自分の不甲斐なさと、ミシウの意外といい体つき(?)について考えていた。 ミシウは、あなちゃんとの不意の接触を思い出し、顔を真っ赤にして悶えていた。 異物は、千匹の怪異たちと共に、「次はもっと防御力の高い怪異を配置しよう」と冷静に反省していた。 あなちゃんは、ただただ「怖かったー!」と泣きながら眠りについた。 翌朝。チェックアウトを済ませ、栄愛之湯を出た一行。 山を下る道中、会話は少なかったが、どこか心地よい連帯感が漂っていた。 「……ま、たまにはこういう刺激も悪くないっすね!」 バンチが朗らかに笑う。 「二度と御免だ」とミシウが吐き捨て、異物がくすくすと笑う。 「自分も、あなちゃんの『運』には敵わないと思ったわ」 「えへへ……」 各自、心に秘めた「ある出来事」を胸に、彼らはそれぞれの帰路に着いた。紅葉の山々が、彼らの喧騒を包み込むように静かに揺れていた。