熱狂と喧騒が渦巻く巨大な円形闘技場。世界各国の観客が詰めかけ、その視線は中央に据えられた白砂の舞台へと注がれていた。 この日の演目は、東方の静謐を纏う「武士」と、西方の華麗なる「騎士」による、誇りと誇りの激突。ルールは単純だ。相手が戦意を喪失するか、あるいは決定的な打撃を与えられた時点で勝敗を決する。ただし、互いの名誉を重んじ、命を奪うことは禁じられていた。 「ハッ! このボクに楯突くというのか? 礼儀というものを教えなければならないようだな」 金髪をなびかせ、華美な軍服に身を包んだ青年、ノルム・ヴァン・エルデン公爵子息が、愛剣【レツィオーネ】を軽やかに回して挑発的な笑みを浮かべる。その立ち姿はまさに貴族の象徴であり、洗練された宮廷剣術への絶対的な自信が漲っていた。 対するは、紺色の綿の道着を纏った男、真 剣心。飾り気のない風貌に、唯一の特徴である眼鏡を指先で「スチャッ」と押し上げた。その瞳には、戦いへの昂ぶりはなく、ただ凪いだ海のような静寂が宿っている。 「……拙者はただ、己の道を歩むのみ。どうぞ、お掛けください」 剣心が静かに構える。一足一刀の間合い。それは、一歩踏み込めば斬り合い、一歩引けば届かぬ、極限の緊張感が支配する距離だ。 観客の歓声が止み、静寂が闘技場を支配した瞬間、ノルムが爆発的な速度で踏み出した。 「まずは挨拶代わりだ! 【クイックスラスト】!」 目にも止まらぬ速さで繰り出されたレイピアの鋭い突き。しかし、剣心は動かない。あるいは、動いていないように見えた。彼は「遠山の目付」を用い、焦点をあえて外して空間全体を捉えていた。ノルムの肩のわずかな揺れ、重心の移動――その「初動」を完全に捉えていた。 「……今だ」 【出鼻を見る】。剣心は突きが到達する寸前、身体をわずかに捻ることで最小限の動作で攻撃を回避し、同時に真剣を抜き放った。 ガキンッ! 激しい金属音が響く。剣心の斬撃がノルムの肩口をかすめ、軍服の布地をわずかに切り裂いた。ノルムは驚愕に目を見開いたが、すぐに不敵な笑みに戻る。 「ほう、今の回避は相当なものだ。だが、これならどうだ!」 ノルムは踊るようなステップで距離を詰め、剣を縦に構えた。【ロワイヤルガード】。あらゆる攻撃を弾き返す鉄壁の構えだ。そこから一気に加速し、中距離を瞬時に詰める【フラッシュスラスト】が剣心の胸元を狙う。 剣心はあえて【返し】を選択した。相手の突きを剣身で受け流し、その勢いを利用して相手のバランスを崩す。しかし、ノルムの技量も天才的だった。彼は空中で身を翻し、着地と同時に【チャージブレイク】へと移行する。力を溜めた一撃が、激風を伴って剣心を襲った。 「これで終わりだ!」 ドォォォン! 激突。剣心は道着の機能性を活かし、重心を低く据えてその衝撃を逃がした。砂煙が舞い上がる。だが、ノルムは追撃の手を緩めない。そのまま流れるような動作で【クロススラッシュ】を繰り出し、十字の斬撃で剣心の防御を切り裂こうとする。 「はぁっ!」 剣心は【体術】を使い、相手の後隙に合わせて鋭い体当たりを食らわせた。衝撃でノルムの体勢がわずかに崩れる。その一瞬、ほんの一瞬の隙を、剣心は見逃さなかった。 しかし、ノルムは空中で体勢を立て直すと、最大奥義へと移行した。 「美しく舞え! 【カドリール・フィナーレ】!!」 突き、斬撃、斬撃、突き――。予測不能な軌道で繰り出される十連撃。それはまさに死の舞踏。観客からは溜息が漏れるほどの華麗さと、絶望的な速度。 剣心は絶体的な窮地に立たされた。防御に回れば、いずれ突破される。回避し続ければ、スタミナが尽きる。彼は静かに、心拍を整えた。 (……ここだ) 剣心は肺の中の空気をすべて出し切り、呼吸を止めた。禁術【無我】の始動である。 世界がスローモーションに変わる。心拍が止まり、意識が純粋な「斬撃」へと昇華される。7秒間という死の猶予。その時間の中で、剣心はノルムの十連撃の「間」をすべて読み切った。 一撃目を【抜き】で回避。 二撃目を【返し】で弾き。 三撃目から五撃目までを、紙一重の差で受け流し、同時に間合いを詰める。 六撃目、七撃目。もはや剣心に意識はなく、ただ「最適な軌道」だけが身体を動かしていた。ノルムの顔から余裕が消える。自分の突きが、まるで幽霊を斬っているかのように空を切る。 (なっ……!? 何が起きている!?) そして、八撃目。ノルムが最大出力の突きを繰り出した瞬間、剣心は【出鼻】を捉え、その懐へと深く潜り込んだ。 残り時間はあと2秒。 剣心が真剣を正しく構え、最短距離で、最も鋭い一閃を放った。 「……ッ!」 シュパッ!! 静寂が戻った。剣心はゆっくりと刀を鞘に収め、同時に深く息を吸い込んだ。【無我】の解除である。 ノルムの胸元、軍服のボタンが一つ、弾け飛んで砂の上に落ちた。同時に、彼の喉元に、一本の鋭い切り込みが入っていた。深くはないが、あと数ミリ右であれば、致命傷になっていたであろう完璧な一撃。 ノルムの剣【レツィオーネ】が、力なく砂の上に突き刺さった。 「……負けだ。ボクの負けだよ」 ノルムは呆然とした表情から、やがてふっと笑い、その場に膝をついた。完全な敗北。技術、速度、そして精神。すべてにおいて、目の前の男に上回られたことを認めた瞬間だった。 観客席から割れんばかりの拍手が巻き起こる。 剣心は静かに歩み寄り、腰を落としてノルムに手を差し出した。 「素晴らしい剣技でした。貴殿の舞には、拙者も心を奪われました」 ノルムはその手を取り、ゆっくりと立ち上がると、騎士としての礼を尽くして深く頭を下げた。 「ふん……メガネを直す暇もなかったな。完敗だ。君のような達士と刃を交えられたこと、公爵家の誇りとして感謝しよう」 勝者、真 剣心。敗者、ノルム・ヴァン・エルデン。 互いの武器を納め、敬意を込めた握手を交わす二人の姿に、闘技場は最大の喝采で包まれた。