第一章:黄金と硝煙と堕落と白昼夢――前日譚から当日の黄昏まで それは、共通の知人である「彼」からの、あまりに突拍子もない、そして断りづらい依頼だった。 「一日だけでいい。歴史ある老舗の宿屋を経営してほしい」 集められたのは、あまりに噛み合わない四人の異才たち。 一人、クンバトフソ。地球上の富をほぼ独占していると言っても過言ではない投資家。もはや金が通貨ではなく、彼にとっての世界を操作する「コード」に近い男だ。 一人、ヨウカ。幼い外見に反し、軍事の全てを体現した生きる兵器。背後に浮かぶ不可解な光の輪は、彼女がこの世の理から外れた存在であることを示していた。 一人、アマエル。元高位天使にして現・堕落の権化。芋ジャージに身を包み、常に眠たげな表情で「面倒くさい」を全身から放っている女。 そして一人、ハナウタ。公園に住まい、錬金術と遊びに人生を捧げたエキセントリックな女。常に鼻歌を歌い、現実と夢の境界を曖昧にする。 宿屋の名は『古鏡館(こきょうかん)』。山深い森にひっそりと佇む、長い歴史を誇る老舗だ。しかし、知人は釘を刺した。「そこは少々、曰く付きだ。何が起きても、翌朝まで全員で生き延びてくれ」 渡されたのは、古びた呪い避けの札と、身代わりの藁人形が一つずつ。 クンバトフソはそれを鼻で笑い、金の力で解決しようとした。しかし、彼が所有する最新鋭の人工衛星が、宿に近づくにつれて謎のノイズで塗り潰された時、彼は初めて「金で買えない不快感」を覚えたはずだ。 当日。朝の空気は冷たく、宿の建物は黒ずんだ木材が湿った土の匂いを漂わせていた。 「……ここ、空気が悪っすね」 ヨウカがUAR-10のボルトを確認しながら、どもり気味に呟く。彼女の直感が、この空間が「生者のための場所ではない」と警告していた。 「ふへぇ……もう寝ていいかなぁ……」 アマエルは到着して早々、縁側に大の字になって転がっていた。彼女の周囲にはどろどろとしたネガティブオーラが漂い、せっかくの清掃作業のやる気を全て削ぎ落としていく。 「ぱっぱらぴーや〜♪ ほら見て見て! 廊下の隅に面白い色のカビが生えてるよぉ!」 ハナウタは誰も気に留めない場所で鼻歌を歌いながら、錬金術の触媒を撒き散らしている。クンバトフソは、そんな混沌とした状況に溜息をつき、札束を一枚、不浄を払うためだけに廊下に捨てた。 客は来なかった。代わりに、家鳴りが激しくなり、襖の向こうから「誰かがこちらを覗いている」気配だけが増えていった。 夕刻。陽が沈むにつれ、宿の空気は物理的な重みを持ち始めた。廊下の突き当たりにある鏡の中、自分たちの姿ではない「何か」が笑っていたことに気づいたのは、ヨウカだった。 「……逃げ、ない方がいい。出口、消えてる」 彼女の言葉通り、来た道は深い霧と、見たこともない黒い壁に遮られていた。 私たちは、この呪われた宿に閉じ込められた。ただの一夜を生き延びるために。