喫茶店Dallas・本日も平和営業中 「いらっしゃいませー! 喫茶店Dallasへようこそ、にゃー!」 ライムちゃんが、緑色のツインテールを揺らしながら入口で元気よくお出迎えした。メイド服のポケットには、虹色のペンが差してある。カウンターの向こうでは、頭に魚を載せた三毛猫のマスターDが、丸眼鏡をくいっと直していた。 「おや。いらっしゃいませ……と言いたいところですが、入口の外から車の音がしていますね」 「店内まで聞こえるくらいのエンジン音って、なかなかの存在感にゃん!」 次の瞬間、喫茶店の扉が開いた。 ……いや、正確には、扉の前にぴたりと停車した四輪駆動車の窓が、すうっと下がった。 運転席の女性が、ハンドルを握ったまま名乗る。 「工藤世凛です。注文をしたいのですが、車から降りるつもりはありません」 「はい! お車のままで大丈夫ですよー!」とライムちゃん。 「ここは店内なのに、車内のままで注文するんですか?」レモンちゃんが、カウンターから顔を出した。金髪の巻き髪がふわりと揺れる。 「もちろん。お客さまが安心して過ごせる方法がいちばんです。駐車位置も邪魔にならない場所ですし、窓越しにご注文を伺いましょう」 マスターDはのんびりと頷いた。魚も、頭の上で平穏そうに揺れている。 「さすがマスター、商売の判断が柔軟だな」と、黒革のジャケットを着たごついおっさんが、いつもの席でコーヒーをすすった。「昔、王宮に仕えていた頃は、こんな接客方法は想像もしなかったが……時代は変わるもんだ」 「それじゃあ、工藤さん。お飲み物と食べ物はどうしますか?」 ライムちゃんは虹色のペンを取り出しかけたが、注文を聞く前に実体化させるのは早いと考え、いったんペンをしまった。 「ホットコーヒーを一杯。チーズケーキもお願いします。車内で食べやすいよう、持ち帰り用の容器に入れてください」 「かしこまりました! コーヒーはふた付きカップ、ケーキは崩れにくい容器ですね。安全第一にゃん!」 「車のことを分かっている店員さんですね」と工藤。 「車のことはまだ勉強中だけど、漫画のテイクアウト回ならいっぱい読んでるにゃー!」 「その知識、どこまで役に立つのよ……」レモンちゃんが即座にツッコむ。「まあ、容器選びはばっちりみたいだからいいけど!」 工藤は車内から、きちんと整備された車のダッシュボードを見せた。 「愛車は私が毎日点検しています。タイヤの状態も、エンジン音も、ブレーキの反応も完璧です」 「すごい! わたしもスマホのソシャゲのデイリーミッションなら毎日欠かさないにゃん!」 「車の点検とゲームのログインを同列に並べないの!」 レモンちゃんがフラワーハリセンを取り出すと、ライムちゃんの頭にぽこんと軽いツッコミが入った。痛くない。いつもの姉妹のテンポである。 「ところで工藤さん、車の中で普段どんなふうに過ごしているんですか?」とマスターDが尋ねた。 「生活のほとんどを車内で済ませています。食事も休憩も、車内がいちばん落ち着きます。車から出る必要がないなら、出ません」 「筋が通っているな」とごついおっさんが頷く。「俺も現役を退いてからは、馴染みの椅子から立つのが惜しくてな。だが、さすがに寝泊まりまではしない」 「車内は快適に整えています。必要な道具もきちんと揃えていますから」 「それなら、お店の中に入らずに楽しめる方法を考えればいいですね」とレモンちゃん。「窓口で商品をお渡しして、車を動かすときは安全確認。これでみんな安心です」 「いい考えにゃん! じゃあ、待っている間にグミでも食べる?」 ライムちゃんがポケットからグミの袋を出した。 「お客さまへのサービスとして、店のおすすめグミを添えるのはどうでしょう」とマスターD。「今日の小さなおまけです」 「にゃー! マスター、太っ腹!」 「猫の体格の話ではないぞ」とごついおっさんが呟いた。 「そこは今、誰も体格の話をしてないでしょ!」レモンちゃんのツッコミが飛ぶ。 工藤の車内に、注文の品が運ばれた。ライムちゃんはトレーを両手で支え、窓の位置に合わせて慎重に差し出す。レモンちゃんが横から、ふたの閉まり具合を確認した。 「コーヒーのふた、固定よし。ケーキの容器、傾けても大丈夫……いや、わざと傾けないでね?」 「了解です。車内で安定させます」 「お待たせしました! ホットコーヒーとチーズケーキ、それからおまけのグミです!」 「ありがとうございます。丁寧な接客ですね」 「褒められたにゃん! 今日のわたし、接客経験値が上がったかも!」 「経験値を上げるなら、まず注文票を正確に書くことね。ほら、内容と金額も確認して」 レモンちゃんが伝票を指差す。ライムちゃんは虹色のペンを取り出し、伝票にきらきらした文字を書いた。実体化の魔法を使わなくても、文字は普通に書けるのだ。 「お会計は、コーヒー四百円、チーズケーキ五百円、合計九百円です。グミは本日のおまけなので無料です」 工藤は車内からカードで支払いを済ませた。 「支払い確認しました。ごちそうさまでした」 「ありがとうございました! またお待ちしてます、にゃー!」 「次回は車の整備の話も聞かせてください」とマスターD。 「おすすめの車内グッズがあれば、ぜひ教えてください」と工藤。 「わたしは車内で読めるギャグ漫画をおすすめするにゃん!」 「そこは整備の話を聞きなさいよ!」 「いや、漫画も大事だぞ」とごついおっさんが笑う。「平和な日に読むギャグ漫画は、なかなかいいものだ」 工藤はコーヒーを車内でひと口飲み、満足げに頷いた。 「この店は落ち着きますね。また車で来ます」 「お待ちしています。車のままでも、いつでもどうぞ」 工藤の車は、周囲をよく確認してからゆっくりと駐車位置を離れていった。店内にエンジン音が遠ざかると、Dallasにはまた穏やかな空気が戻る。 「今日も平和でよかったにゃー」 「最初から最後まで注文と雑談だけよ。平和で当然!」とレモンちゃん。 「その通り。喫茶店は、みんなで楽しく過ごす場所ですからね」とマスターD。 ごついおっさんはコーヒーカップを置き、満足そうに呟いた。 「車好きの客に、猫の店主に、魔法少女の店員に、虹色のペンを持った姉。……この店の日常は、なかなか飽きないな」 ライムちゃんはスマホを取り出し、ソシャゲのログインボーナスを受け取った。 「よーし、休憩時間に漫画とグミとゲーム! 最高の三点セットにゃん! ✧(≖ ◡ ≖✿)✧」 「仕事の片付けが終わってからね!」 「はーい!」 ご利用内容 - ご注文内容 - ホットコーヒー(ふた付きカップ):400円 - チーズケーキ(持ち帰り用容器):500円 - おまけのグミ:0円 - 支払金額(税込):900円