空は鉛色に塗り潰され、地平線まで続く凍てつく大地が、いまや二つの絶大な意思の衝突を待つ祭壇へと変わっていた。 一方に立つのは、【氷原の巨神】ジグルド・ヨトン。その姿はもはや生物という概念を超越し、山脈が意志を持って歩き出したかのような錯覚を抱かせる。白銀の毛皮は吹雪を纏い、天を突く巨大な牙は古の時代の記憶を刻んでいた。彼の両腕には、鈍い銀光を放つ重破砕兵装『フルングニル』が装着されており、その質量だけで周囲の空間を圧迫している。ジグルドは寡黙であった。ただ、静かに、しかし絶対的な確信を持って、前方の獲物を凝視していた。 対するは、【若さ溢れる魔槍使い】レイナード。巨神の足元に比べれば、あまりに小さく、あまりに儚い存在に映る。しかし、彼が纏う空気は、鋭利な刃のように研ぎ澄まされていた。至高の肉体から溢れ出す魔力が、黄金のオーラとなって彼の全身を包み込み、握られた魔槍が共鳴して高周波の唸りを上げる。自信に満ち溢れた笑みを浮かべ、レイナードは槍を構えた。彼にとって、目の前の巨躯は絶望ではなく、己の槍が最高であると証明するための、最高の標的に過ぎなかった。 戦いのルールは簡潔であった。回避はない。防御もない。互いが人生のすべて、魂のすべてを乗せた唯一の一撃を放ち、その衝突のみで勝敗を決する。 まず、ジグルドが動いた。 その第一歩が大地に刻まれた瞬間、地殻が悲鳴を上げ、半径数キロメートルの地表が波打った。彼は「前へ進むこと」に特化した怪物である。古代巨獣の本能が、前進を拒むすべての理を否定し、突き動かす。巨獣の肺が深く、深く空気を吸い込み、胸腔が膨れ上がった。それは嵐を飲み込むほどの肺活量であり、その呼吸一つで周囲の気圧が変動し、猛烈な衝撃波がレイナードを襲う。 ジグルドは加速する。数万トンを超える質量が、慣性蓄積の法則に従い、加速のたびに破壊力を増していく。フルングニルが作動し、重破砕兵装の内部で凄まじいエネルギーが圧縮され始めた。一歩、また一歩と踏みしめるたびに、足元の氷原が粉砕され、地底からマグマが噴き出すほどの圧力が発生する。もはやそれは歩行ではなく、地上のすべてを押し潰し、突破するための「天災の行進」であった。 「俺は止まらん。」 低く、地響きのような声が響く。ジグルドは両腕を後方へ引き、蓄積したすべての慣性と衝撃を一点に集中させた。白銀の巨躯が、弾丸となって突き進む。空気が圧縮され、彼の前方に真空の壁が形成され、周囲の物質はすべて圧壊して消えていく。それは戦略兵器としての全力、世界を押し潰す絶大なる一撃であった。 対して、レイナードは微動だにせず、その瞬間を待っていた。 「俺の槍の威力は世界最高さ」 彼は魔力を爆発的に増幅させた。至高の肉体が極限まで緊張し、筋肉の一本一本、血管の一本一本までが槍の一撃を放つための回路へと最適化される。武極閃光流槍術の極致。彼は自身の全存在を、槍の先端という「点」に集約させた。魔力が槍身を駆け巡り、白光の奔流となって空間を焼き切る。もはや槍の形を成していないほどの高密度なエネルギーが、彼の腕に凝縮されていた。 レイナードは、地を蹴った。その踏み込みはあまりに鋭く、彼がいた場所の地面が円形に陥没し、衝撃波が同心円状に広がった。彼は光となった。速度の概念を超越し、直線的に、ただ一点へと突き進む。 必殺、神威槍突。 それは神の権能を模した、究極の貫通力。盾も、鎧も、そして世界を構成するあらゆる壁も、この一突きで貫き通す。レイナードの全身が槍と一体化し、黄金の閃光となって、白銀の巨神へと肉薄する。 そして、運命の衝突が訪れた。 正面からぶつかり合う、究極の「質量」と究極の「貫通」。 ジグルドのフルングニルが放つ、すべてを圧壊させる衝撃の壁。レイナードの魔槍が放つ、すべてを貫く至高の光線。 二つの力が激突した瞬間、世界から音が消えた。刹那の静寂の後、想像を絶する爆発が巻き起こった。衝撃波は空の雲を完全に吹き飛ばし、円形の巨大なクレーターを地表に穿った。白銀の衝撃と黄金の閃光が渦を巻き、互いのエネルギーが激しく反発し合い、火花となって天へと昇っていく。 ジグルドの巨躯が、その凄まじい圧力に耐えかねてわずかに震える。彼の不沈の肉体が、魔槍の鋭い衝撃を正面から受け止めていた。一方のレイナードは、槍の先端から伝わる絶望的な質量に、全身の骨が軋む音を鳴らしていた。しかし、彼は妥協しなかった。根性と誇りを込めて、さらに深く、さらに強く、槍を突き立てる。 だが、ジグルドの「前進」は止まらなかった。古代巨獣の本能が、貫通されることさえも力でねじ伏せ、前へと押し出す。慣性蓄積の極致が、レイナードの一点突破の力を、広範囲の圧壊力へと変換して跳ね返した。 ドォォォォォン!! 最後の一撃が決定打となった。フルングニルの衝撃圧壊が、レイナードの魔槍の光を塗り潰し、その膂力が、至高の肉体を正面から弾き飛ばした。レイナードの体は、弾丸のように後方へ吹き飛び、数キロ先の岩山をいくつも貫通して、ようやく止まった。 静寂が戻った戦場に、巨神の荒い呼吸だけが響いていた。 ジグルド・ヨトンの右腕の兵装は激しく破損し、白銀の毛皮は一部が焼き切れていた。しかし、彼は依然として立っていた。その眼差しは冷静であり、ただ、倒れた相手へと静かに視線を向けた。 一方のレイナードは、岩山の瓦礫に深く埋もれていた。槍は手から離れ、全身に激しい衝撃が走り、意識は深い闇へと沈んでいた。しかし、その顔には満足げな、わずかな笑みが浮かんでいた。自らの最高の一撃が、あの巨神に届いたことを確信していたからだ。 巨神は歩き出した。倒れた若き槍使いを回収するため。彼は再び、前へと進む。 勝者:【氷原の巨神】ジグルド・ヨトン