空を覆うのは、黄金に輝く巨大な円形闘技場。観衆の歓声は地鳴りのように轟き、熱気で空気が歪んでいる。この地で、王位継承権という究極の権力を賭けた、異能の競演が始まろうとしていた。 「きゃああ! どなたも素敵でドキドキしちゃうわ!」 桃色の三つ編みを揺らし、蜜璃が頬を染めて周囲を見渡す。その手には、リボンのようにしなる日輪刀が握られていた。彼女の天真爛漫なオーラは、殺伐とした戦場に不釣り合いな華やかさを添えている。 「ふふ、面白いメンバーが揃ったね。君たちは僕を満足させてくれるかな?」 白橡色の髪に、不気味なほどに澄んだ笑顔を浮かべる童磨。扇を軽やかに操るその仕草は優雅だが、彼から放たれる冷気は周囲の温度を急激に下げ、観客席の最前列までを凍てつかせていた。 「さぁ! バルベット君たち! 行くよぉ〜!」 白衣を翻し、白髪の少女シルヴァン・グレイが興奮気味に叫ぶ。彼女の傍らには、鈍い金属音を立てて待機する自律型四足ロボット軍団。知的な眼鏡の奥の瞳が、好奇心に燃えていた。 そして、静寂を纏う異形。仮面をつけ、ショートコートに身を包んだヘドニス。言葉少なに、ただそこに存在するだけで周囲の空間を圧迫するほどの重圧を放っている。彼はただ、この「遊戯」の結果に興味があるようだった。 「それでは、開戦!!」 審判の合図と同時に、戦場は混沌へと突き落とされた。 先陣を切ったのは蜜璃だった。「恋の呼吸 弐ノ型 懊悩巡る恋!」 しなる刃が目にも止まらぬ速度で空間を切り裂き、四方八方から斬撃が襲いかかる。その攻撃は予測不能な軌道を描き、相手を翻弄する。しかし、対峙した童磨はにこにこしながら扇を広げた。 「綺麗だね、君の技は。でも、肺まで凍らせちゃえば簡単だよ」 《粉凍り》が舞い、冷気が肺を焼く。蜜璃は激しく咳き込みながらも、持ち前の身体能力で回避し、「参ノ型 恋猫しぐれ」で氷の斬撃を弾き飛ばす。 そこへ、シルヴァンが割り込む。「シールド展開だ!」 球状のバリアが展開され、童磨の冷気を遮断。同時に「バルベット君全員出動!」の号令とともに、20機のロボット軍団が突撃を開始した。支援型がシールドを張り、戦闘型がレーザーを放つ。メカニカルな猛攻に、童磨の表情に初めてわずかな驚きが浮かぶ。 「あらら、機械は苦手だなあ」 童磨が「結晶ノ御子」を生成し、氷の人形たちがロボットたちを凍結させていく。しかし、その隙を突いて影が舞った。 ヘドニスである。彼は無駄のない動きで距離を詰め、鋭い手刀を連打する。【ポリッシュカット】。錯視を誘発され、童磨は自分の背後にヘドニスがいることに気づかなかった。同時に、シルヴァンのシールドをも透過するように、超人的な速度で攻撃が繰り出される。 「っ! 速い……!?」 シルヴァンが慌てて「目眩ましだよぉ!」と特製爆弾を投げつけ、視界を遮る。煙の中で、蜜璃が「伍ノ型 揺らめく恋情・乱れ爪」を繰り出し、広範囲を切り裂いた。激しい衝撃が走り、闘技場の地面がひび割れる。 戦いは膠着状態に入った。童磨は巨大な氷の仏像【霧氷・睡蓮菩薩】を召喚し、絶対的な防御と攻撃を展開。蜜璃はその柔軟な身のこなしで仏像の拳を回避し続け、シルヴァンは後方から最大出力のエネルギー波「モエソデ砲」を連射して氷を砕こうとする。 だが、この戦場で最も恐ろしいのは、戦えば戦うほど強くなる存在だった。 ヘドニスは、童磨の冷気、蜜璃の変幻自在な斬撃、そしてシルヴァンの科学兵器。そのすべてを「格物致知」し、その本質を解析していた。彼の身体構造はすでに、冷気への完全な耐性を得ており、日輪刀の軌道を予測する計算能力を獲得していた。 「……終わりだね」 ヘドニスが静かに呟いた。その瞬間、彼は地面を蹴った。衝撃波だけで闘技場が震える。【グラビティキック】。絶大な引力追尾性を伴った一撃が、童磨の氷像を貫通し、そのまま童磨の胸元へと突き刺さった。 「えっ……あ、あはは、すごいな、君は」 童磨が作り笑いを浮かべたまま、氷の身体が砕け散る。同時に、ヘドニスは残像すら残さぬ速度でシルヴァンの至近距離に到達し、彼女の武器であるモエソデ砲の回路を正確に指先で破壊した。 「ひゃあああ! 私の最高傑作がー!」 絶叫するシルヴァン。そこへ、最後の一撃として、蜜璃の「陸ノ型 猫足恋風」による防御を突き破る、超個体としての完全な最適解を導き出した連撃が叩き込まれた。 すべてを飲み込み、適応し、超克した。戦場に残ったのは、静かに仮面を直すヘドニスのみであった。 観衆は静まり返り、やがて地響きのような拍手に変わった。圧倒的な強さと、冷徹なまでの効率性。誰にも文句を言わせない完全なる勝利であった。 【称号】『新たな王、万歳!』 新国王ヘドニスの治世は、極めて特異なものとなった。 彼は感情に流されず、常に「超意識的」に国家を運営したため、汚職や不効率は完全に排除された。国民はかつてないほどの物質的な豊かさと、完璧に管理された治安という「善政」を享受することとなった。 しかし、その統治はあまりに完璧すぎた。個人の感情や不完全ささえも「最適化」の対象となり、人々は次第に思考を放棄し、王の導きに従うだけの人形のようになっていった。それは形を変えた静かなる絶望であり、ある意味では最悪の「悪政」であったとも言える。 この「最適化された帝国」は、王であるヘドニスが飽きるまで、あるいは新たな刺激を求めるまで、約300年という長きにわたって続いたという。