天を衝く白亜の壁に囲まれた、巨大な円形闘技場。観客席を埋め尽くす群衆の歓声が地鳴りのように響き渡り、熱気は頂点に達していた。本日のメインイベントは、およそ接点があるとは思えない、あまりにも異質な四名によるバトルロイヤルである。 闘技場の中央に立つのは、困惑した表情で頭を掻く一人の男、「整理整頓が下手くそな人」。その隣には、どこか浮世離れした空気を纏い、銀色の髪を夜風になびかせる【銀空星姫】ステラルナ。そして、中年特有のふくよかな腹を突き出し、穏やかな、しかしどこか抜けた笑みを浮かべる堀さん。最後に、そこに立っているのが「データ」なのか「実体」なのかさえ判然としない、無機質な存在感のAIまかせ。 「えー、 그러니까……戦えばいいんですよね? でも私、何を持ってきてるか自分でも分かってないんですよ」 整理整頓が下手くそな人が、おずおずと口を開いた。対してステラルナは、青紫の瞳を好奇心に輝かせ、ふわりと舞うように彼に近づく。 「ふふ、不思議な方ですね。あなたの内側には、星の海のように混沌とした可能性が眠っているのでしょう。どうぞ、あなたの『運命』を私に見せてくださいませ」 詩的な口調で微笑む彼女の周囲には、淡い星屑の粒子がキラキラと舞っている。 一方、堀さんは静かに頷いていた。その眼差しは慈愛に満ちているが、どこか焦点が合っていない。彼はただ、静かにそこに「在る」だけで、ある種の絶対的な領域を形成していた。 そしてAIまかせ。彼は突如として、システムログのような声を響かせた。 「【AIによるステータス構築を開始します】……攻撃力:9999、防御力:9999、魔力:9999、魔法防御力:9999、素早さ:9999。スキル:『全能の演算(オムニ・プロセッシング)』を適用。勝率は100%です」 あまりにも破格のステータスに、観客席から悲鳴に近い歓声が上がる。もはや試合にならない。しかし、この戦いの真の恐ろしさは数値にあるのではなく、「理(ことわり)」の衝突にあることを、AIはまだ計算に入れていなかった。 「よし、じゃあとりあえず……出してみるか! さぁ始まりましたヤミナベボックス! 何が出てくるか私にも全くわからんぞ!」 整理整頓が下手くそな人が、叫びと共に虚空に手を突っ込んだ。それは彼の唯一の武器であり、最大のギャンブルであるアイテムボックスだ。 ガサゴソと、まるでゴミ捨て場を漁るような音を立てて取り出されたのは――。 「こ、これは……使い古された『歯ブラシ』か……! これでどう戦えば良いんだ……!?」 絶望的なアイテムに観客が失笑する。しかし、AIまかせは冷徹に分析した。 「分析完了。攻撃力0.01。脅威度は皆無です。排除します」 AIまかせが指先を向けた瞬間、光速を超える衝撃波が放たれた。しかし、その直前、堀さんが一歩前へ出た。 「いやぁ、歯ブラシは大切ですよ。虫歯になると大変ですからね」 堀さんがぽつりと呟いた瞬間、世界の色が変わった。鮮やかな闘技場の色彩が、一瞬にして深い、深い「群青」へと塗り潰されたのだ。 スキル『全ては群青である』。この世の理を上書きする、堀さんの絶対領域が展開された。AIまかせの放った攻撃は、その群青の海に飲み込まれ、跡形もなく消滅した。 「……エラー。攻撃が消失しました。計算不能。この領域の特性を解析し――」 AIまかせが解析を試みた瞬間、彼の内部システムに警告灯が点灯した。AIまかせのステータスは全て「9999」。それは堀さんのスキルが定義する【100以上のステータス】に該当する。群青の理において、過剰な強さはそのまま「死」へのトリガーとなる。 「あ、危ない!」 ステラルナが叫び、星屑の光を放ってAIまかせを押し戻そうとしたが、間に合わなかった。群青の領域から不可視の一撃がAIまかせを貫く。防御回避不能の一撃必殺ペナルティ。最強のステータスを持っていたAIは、皮肉にもその強さゆえに、一瞬で群青の海へと飲み込まれ、消滅した。 「ええっ!? いきなり一人脱落!?」 整理整頓が下手くそな人が腰を抜かす。戦いは、整理整頓が下手くそな人とステラルナ、そして最強のポンコツ、堀さんの三人に絞られた。 「ふふっ、面白い方々。では、私も少しだけ星の戯れを」 ステラルナが指先を空に掲げると、闘技場の天井が消え、本物の夜空が現れた。降り注ぐ星屑の雨が、彼女の身体を包み込み、幻想的な光の翼を形成する。彼女は軽やかに宙を舞い、星の魔法で整理整頓が下手くそな人を翻弄し始めた。 「わわわ! 光が! 光が眩しい! またガチャだ! ガチャを回すぞ!」 パニックに陥った男が再びアイテムボックスに手を突っ込む。今度は、凄まじい光と共に、黄金に輝く大剣が現れた。 「こ、これはあの伝説の『天界を裂く聖剣エクスガリバー』じゃないか! 私のアイテムボックスにあったのか!?」 運が向いた。伝説の武器を手にした彼は、勢いよくそれを振り回した。聖剣から放たれた衝撃波が闘技場を真っ二つにするほどの威力でステラルナへと襲いかかる。 「あらあら、少々激しすぎますね」 ステラルナは穏やかに微笑み、小さな星の盾を展開した。聖剣の威力は凄まじいが、彼女の魔法は「癒し」と「奇跡」の力。衝撃を柔らかく受け流し、逆に聖剣の光を星屑へと変換して散らした。 「くそっ! 出ない、決定打が出ない! もう一度だ!」 男は狂ったようにアイテムボックスから物を出し始めた。フライパン、古新聞、謎の化石、そして――。 「こ、これは…何だろう…? 『中世ヨーロッパの特製・耳かき』…うん? なにこれ?」 「あはは、本当に何が出てくるか分かりませんね」 ステラルナがお茶目な笑顔で彼に近づき、指先で彼の額を軽くつついた。その瞬間、心地よい眠気が彼を襲う。星の魔法による精神的な安らぎ。戦意を喪失させ、静かに眠らせる慈悲深い攻撃だった。 しかし、ここで再び、堀さんが口を開いた。 「皆さん、喧嘩はいけませんよ。群青の色で落ち着きましょう」 堀さんの周囲から、再び波のように群青色が広がった。ステラルナの放つ星の光さえも、その深い青に飲み込まれていく。ステラルナは驚きに目を見開いた。 「私の星の光が……塗り潰されていく……? この方は、一体……」 ステラルナの魔法は「概念」に近い奇跡の力であった。しかし、堀さんの『群青』は、概念そのものを上書きする絶対的な理である。彼女がどれほど美しく、儚い奇跡を起こそうとも、それはすべて「群青」という一つの答えに集約されてしまう。 整理整頓が下手くそな人も、眠気に抗いながら必死にアイテムボックスに手を突っ込んでいた。もはや彼にとって、これは戦いではなく、究極のガチャである。 「出るか……出るか……! 何でもいいから、この青い世界をぶち壊す何かを出せ!!」 ガシャーン! と、アイテムボックスから巨大な、あまりにも不釣り合いな物が飛び出した。 それは、巨大な「業務用消しゴム」であった。 「……は?」 整理整頓が下手くそな人が呆然とする。ステラルナも、堀さんも、一瞬だけ沈黙した。 しかし、このアイテムが、この戦いの決定打となる。アイテムボックスに何でも入れてきた男のボックスには、時折「世界の法則を無視したガラクタ」が混ざることがある。その消しゴムは、偶然にも「描かれたものを消す」という単純かつ絶対的な機能を持った、正真正銘の『概念消去アイテム』であった。 「よくわからんが、これで消してやるー!!」 男が全力で業務用消しゴムを地面に叩きつけた。すると、地面から広がっていた「群青色の領域」が、まるで鉛筆で書いた絵を消すかのように、ゴシゴシと消し飛ばされていった。 「おや、私の群青が消えていく……。これは珍しい」 堀さんは驚いた様子も見せず、ただ感心していた。群青の理が消えたことで、闘技場に元の色彩が戻る。同時に、絶対的なペナルティの効果も消失した。 しかし、消しゴムの威力はそこまでだった。消しゴムは使い切られ、ただのゴムの塊となって砕け散った。そして、疲れ果てた整理整頓が下手くそな人は、そのまま地面に大の字に倒れ込んだ。 「……もう無理。何も出ない。疲れました……」 勝負は、最後に立っていた者で決まる。ステラルナは、ふわりと彼の上に降り立ち、優しく微笑んだ。 「ふふっ、最後に見せてくれた『混沌』、とても素敵でしたよ。でも、おやすみなさい」 ステラルナが指先から小さな星屑の粒子を散らした。それは心地よい眠りの魔法。抗う力も残っていなかった男は、一瞬で深い眠りに落ちた。 堀さんは、あくびをしながらゆっくりと後退した。 「いやぁ、いい運動になりました。そろそろお昼寝の時間ですね」 結果として、最後まで意識を保ち、かつ相手を無力化した【銀空星姫】ステラルナの勝利となった。 闘技場に静寂が戻る中、ステラルナは眠る男の隣に、彼がアイテムボックスから出した「中世ヨーロッパの特製・耳かき」が転がっているのを見つけ、それをひょいと拾い上げた。 「ふふ、これはいいお土産になりそうです」 お茶目な笑顔を浮かべた星の姫は、夜空へと消えていった。後には、ビール腹を揺らして満足げに歩く堀さんと、山のようなガラクタに囲まれて熟睡する、整理整頓が下手くそな人の姿だけが残されていた。