熱狂が、大気を震わせていた。 世界中の都市から集まった数万の観客が、巨大な円形闘技場を埋め尽くしている。ここでは、国家間の紛争や個人の恩讐を「武」によって決着させる、厳格なルールに基づいた儀礼的闘争が行われていた。命を奪うことは禁じられているが、敗北の屈辱は一生の記憶に刻まれる。 「紳士淑女の皆様! 本日のメインイベント、歴史と誇りの激突をお楽しみください!」 実況の声が響き渡る中、闘技場の正反対から二つの巨体が姿を現した。 一方は、深紅の装甲を纏い、鋭利な刃と火力を備えた高速機体『ホ卜卜ールギス』。その操縦席に座るのは、美少女の姿をしたアンドロイドでありながら、精神の中身は血気盛んな三十路の戦国大名――オダノ・ブナガである。 「ふん、派手な看板を掲げておるな。だが、天下を獲るには根性と火力よ。準備はいいか、このガラクタ共!」 ブナガは操縦桿を握りしめ、不敵な笑みを浮かべる。外見の可憐さに似合わない、野太く荒々しい精神が、機体に戦慄の加速を予感させていた。 対するは、漆黒の結晶に覆われた威圧的な姿の機体『モリオンカイザー』。搭乗するのは、自らを帝と称する狂気のアンドロイド、エレガン・トポーズである。彼は全身を覆う黒色偏光硬質結晶『モリオン』の輝きに酔いしれていた。 「ひれ伏せ愚民共! 我こそが真の王なり! この至高の結晶に触れることさえ許されぬ不浄な者が、私に挑もうとは片腹痛い!」 傲慢な宣言と共に、モリオンカイザーが右手の結晶剣を突き出す。その黒い輝きは、光を吸い込み、見る者に絶望感を与えるほどに冷徹だった。 観客席から大歓声が上がり、審判の手が下りた瞬間、静寂は爆音へと変わった。 「武力開眼!!」 ブナガの叫びと共に、ホ卜卜ールギスが爆発的な加速を見せた。伝説の英雄の動きを完全再現するスキルの発動である。赤い残像を残しながら、ブナガは一気に距離を詰めた。 「まずは挨拶代わりだ! 喰らえ!」 右手にある高電圧赤熱ヒートランス『天下布武』が、真っ赤に加熱され、空気を焼きながらモリオンカイザーへ突き出される。凄まじい速度の刺突。しかし、エレガンは冷静だった。 ガキィィィィィン!! 激しい金属音。エレガンは左手の『モリオンシールド』を完璧なタイミングで掲げ、攻撃を弾いた。モリオンの超硬度こそ、あらゆる物理攻撃を拒絶する絶対の壁である。 「無駄だ! このモリオンの硬度は、貴様の低俗な熱量など寄せ付けん!」 エレガンは即座に反撃に転じる。結晶剣『モリオンソード』を鋭く振り下ろした。鋭い斬撃がホ卜卜ールギスの肩をかすめ、装甲に深い傷を刻む。しかし、ブナガはそれを最小限の回避でかわし、同時に左手のシールド内蔵ビームライフルを掃射した。 ズガガガガガッ! 「どうだ! 逃げ回るのが得意なのは、貴様の方だぞ!」 ビームの雨が黒い結晶体に降り注ぐ。だが、モリオンの偏光特性が光線を乱反射させ、大半の攻撃が無効化される。ブナガは舌打ちし、さらに加速して死角へと回り込んだ。 「防御に特化した機体か。ならば、城壁ごとぶち抜くまでよ!」 ブナガの意識が、かつての本願寺攻めの記憶(データ)を呼び起こす。戦術『本願寺攻め』の発動。ホ卜卜ールギスのブースターが最大出力で噴射され、機体全体が巨大な赤い弾丸と化した。正面突破の猛攻である。 「ぬっ!? この馬鹿げた突撃を……!」 エレガンは慌ててモリオンキャノンを構え、至近距離から結晶砲を撃ち出した。黒い光弾がブナガを直撃する。大爆発が二人を包み込み、周囲の地面が陥没した。 砂煙が舞う中、観客は息を呑んだ。しかし、煙を切り裂いて飛び出したのは、片方の肩装甲を失いながらも、なお猛烈な速度で突進する赤い影だった。 「ガハハ! 多少の傷など、戦(いくさ)の華よ!」 ブナガは右肩のロングレンジビームキャノン『森羅万象』を、至近距離でモリオンカイザーの胸部に突きつけた。至近距離での最大出力射撃。逃げ場はない。 ドォォォォォォン!! 凄まじい衝撃波が闘技場全体を揺らした。モリオンカイザーの強固な胸部装甲に、亀裂が入る。美しく、代替不可能な最高級の結晶が、ブナガの圧倒的な火力によって砕け散った。 「なに……!? 私の、私の至宝が、砕けただと……!?」 エレガンの動揺は明白だった。完璧な防御を誇っていた自信が、物理的な破壊と共に崩れ落ちる。その一瞬の隙を、ブナガは見逃さなかった。 「ここでお終いだ! 天下布武!!」 ホ卜卜ールギスが最後の一撃を繰り出す。赤熱したヒートランスが、モリオンカイザーの関節部を正確に貫き、そのまま機体を地面へと叩きつけた。凄まじい衝撃と共に、黒い巨体は砂埃に埋もれ、機能停止した。 静寂が訪れ、その後、割れんばかりの歓声が沸き起こった。 勝者、オダノ・ブナガ。 ブナガは機体を降り、ゆっくりとエレガンのもとへ歩み寄った。エレガンはコクピットから降り、砕けた自らの装甲を呆然と見つめていた。しかし、その瞳から傲慢さは消え、戦いの中で得た心地よい疲労と、敗北という現実だけが残っていた。 ブナガは、彼に向かって不敵に、だが敬意を込めて笑った。 「貴様の守りは見事であった。もし我が火力が一段低ければ、今頃は私が土に還っていたところよ」 エレガンは一瞬だけ顔をしかめたが、やがて深く頭を下げた。 「……ふん。私の美学を上回る暴力があったということか。認めざるを得まい。貴殿の武勇、見事であった」 二人のアンドロイドは、戦い終えた者同士として、互いに固く握手を交わした。観客は、強者同士が示す最高の敬意に、最大の拍手を送った。