ロンリールーム 白黒の世界が広がっていた。空は灰色の雲に覆われ、地面は乾いた土と枯れた草で埋め尽くされている。風が低く唸り、遠くから見知らぬ童謡が微かに響いてくる。子供の声のような、しかしどこか歪んだメロディーだ。蛙の鳴声がそれに重なり、鴉の不気味な啼き声が断続的に割り込んでくる。ネマとグルーは、そんな異様な空間に突然迷い込んでいた。 ネマは煌びやかなドレスを翻し、ブロンドの縦ロールヘアを優雅に揺らしながら周囲を見回した。高級な宝石が首元で輝き、金のアクセサリーがわずかな光を反射している。彼女のスレンダーな体躯は、この荒涼とした世界にまるで浮いた存在だった。「まあ、なんて下品な場所ですの! こんな田舎道、父上の会社が買収して即刻取り壊して差し上げますわ!」と、癇癪を抑えつつ吐き捨てる。彼女の手にはレインボーカードが握られ、無限に近い富を約束するその一枚が、彼女の自信の源だった。 隣に立つグルーは、絹のような長い緑の髪を風に任せ、青い瞳で周囲を冷ややかに観察していた。今日の彼の髪は緑色だが、明日には青く変化するかもしれない──そんな不確定な存在を、彼自身が否定するかのように。「科学を信じない。全てを否定する。この世界など、帰納法の幻想に過ぎん」と呟く。彼の能力は、相手の「架空」を嗅ぎ分け、物理法則を崩し、強さを弱さに変えるもの。存在そのものを揺るがす力だ。だが今は、そんな力を使う場面でもない。ただ、静かにこの異常な空間を分析しようと試みていた。 二人は無人の田舎道を歩き始める。童謡の音が徐々に大きくなり、蛙と鴉の声が頭の中で反響する。ネマは苛立ちを隠さず、「こんなところで時間を無駄にするなんて、許せませんわ。勝者の称号が欲しいのに……お金で解決して差し上げますわ!」と、レインボーカードを振りかざす。だが、ここに買収できる相手などいない。グルーは鼻で笑う。「お金? それは弱さだ。存在の幻想に過ぎん。」 道は不規則に続き、最初の分岐点が現れる。【マンホール】だ。蓋が半開きで、中から泣き声が聞こえてくる。幼い子供の嗚咽のような、しかし不気味に歪んだ音。ネマが顔をしかめる。「何ですの、この汚らしい穴! 無視しますわ!」グルーは首を傾げ、「泣き声? 物理法則が紛れているな。だが、進む必要はない」と否定する。二人は引き返す選択をし、慎重にその場を離れた。精神の片隅で、童謡が少しずつ重くのしかかり始める。 次に現れたのは【交差点】。引き返す契機に、突如十字路が広がる。遠くから高速で車が往来し、エンジンの轟音が響く。白黒の世界に、黒い影のような車両が猛スピードで駆け抜ける。ネマはドレスの裾を握りしめ、「こんな危険な場所、父上のボディガードを呼べば……!」と叫ぶが、カードはここでは無力だ。グルーは冷静に、「車の運動は帰納法の上に成り立たぬ。強さなど、弱さに変換される」と呟き、二人は路肩に身を寄せ、車が通り過ぎるのを待つ。だが、音が頭に響き、精神がわずかに揺らぐ。 さらに進むと【草原と椅子】。広大な白黒の草原に、ぽつんと椅子が置かれている。ネマは疲れた様子で、「少し休みますわ。こんな場所でも、お嬢様たる私は優雅に……」と腰を下ろしかける。だがグルーが制止する。「座るな。それは罠だ。物理法則が違う。花など咲かぬ。」ネマは渋々立ち上がり、二人はその場を去る。鴉の啼き声が激しくなり、童謡が耳元で囁くように変わる。 【小道】が続き、長い畦道を歩く。ネマのハイヒールが土に沈み、苛立ちが爆発しそうになる。「努力より効率、根性より投資ですわ! こんな道、買収して舗装しますわ!」突然、彼女は足を滑らせ、転びそうになる。マンホールが道端に潜んでいたのだ。グルーが素早く腕を掴み、引き戻す。「存在が揺らぐ。帰納法を崩すな。」二人は再び回避した。 繰り返される道の試練。童謡と鳴声が精神を蝕み、ネマの傲慢さが少しずつ崩れ始める。「どうして……お金が効かないんですの……?」グルーは否定を続ける。「全て架空だ。信じるな。」 やがて、最後の選択が訪れる。【標識とトンネル】。三角の標識に、人の半身が不気味に描かれている。奥に黒いトンネルが口を開けている。ネマは息を荒げ、「ここで引き返せば、勝者の称号は……でも、入れば脱出できるかも……」と迷う。グルーは静かに言う。「入るな。存在が溶ける。帰納法がそれを無にする。」 ネマの癇癪が爆発する。「あなたなんか、買収して黙らせますわ! 勝ちたいんですの!」彼女は単独でトンネルへ踏み込む。瞬間、全身が一瞬で溶け始める。ドレスが崩れ、宝石が散らばり、彼女の存在が白黒の世界に飲み込まれる。悲鳴が童謡に混じり、消える。 グルーは引き返す。否定の力で精神を保ち、ロンリールームの出口を探す。白黒の世界が薄れ、現実へ。 - 脱出者: グルー - 脱落者: ネマ