薄暗い朝霧に包まれた花畑。色とりどりの花々が奇妙な配列をなし、見た目は美しいが、その不気味さはどこか異様に感じる。野の花としてはありえないほどの密度で咲き乱れ、花びらが潮のように波打っている。 しかし、その花々は常に微かに震えていて、時折、幾つかの花が自らの花粉を周囲に撒き散らす音が響く。それはまるで、誰かに呼びかけるような囁きのようで、耳を傾けると不意に心がざわめくような感覚に襲われる。周囲に漂うのは微細な甘い香り、けれどそれはどこか麻薬的だ。意識が穏やかにゆらぎ、何かに心を奪われそうになる。 あたりには微弱な風が吹き渡り、乾いた乾燥音を引き起こす。その風の中に混じる、時折不明な音が、どこかの木の根元から響いている。音の正体は何なのか、視界には不気味な影が浮かんでは消え、まるで誰かが見ているような気配をもたらす。 長い時が経ったような錯覚が広がり、花々の中で自分が孤独だと知る。未知の存在に見つめられている感覚は消えない。不安に駆られ、安心する隙間さえもその影で埋め尽くされている。空気が微かに震え、冷たい影が自らの足元を覆っていく。 周囲を瞥見し、花に触れようとするが、その美しさをまとった青白い顔が影を落とし、自らを沈めているように感じる。誰もが潜む暗闇のように、目の前の風景がゆっくりと死んでいく。確実に、叫び声が花の中から聞こえてくる。そんな恐ろしい感覚に引き寄せられるが、その魅力には抗えない。 やがて、その心地よさに深く浸り始めた瞬間、胸の奥に巣食う不安が再び顔を出す。明るさの中に秘められた漆黒の影が、一歩踏み出すたびに自分の後ろを追ってきているのだという妙な気配。 心の底にひっそりと潜んでいた懸念を振り払おうとする。だが、いつしか足が重く、動かなくなってしまった。視界が安定してくるにつれて、あの花新開の舞い、空気の音、足元を這う冷たさまでもが違う形に見え始め、いつの間にか心を侵食してゆく。 その瞬間、花畑全体が一斉にざわめき、群れをなす影に押しつぶされていく。咆哮とも呼べる音が風に乗り、心地よい音楽は音も無く変わった。花々が散り、儚いの粉となる。それは花遊びの魔物の仕業か、それとも、果てしなき予感の中に叩き落とされる美しさなのだろうか。 視界が暗転し、心の中で誰かがささやく。「さあ、呼び寄せるがいい。嗤う声を。」その音が遠くから近づく音も立てず、視界の淀みの中で一層濃厚に変わりゆく時に、身体は動かすことなく虚無に飲み込まれていく。何もかもが白いキャンバスに塗り込まれ、失った安心感と不安感すらに留まり、再び、静かな闇が訪れる。 いかにもノスタルジックである。美しかった花畑サロックは、今や魔の領域になり果てた。囁くことすら許されないまま花々は静かにしおれ、見えぬ影が微かに笑うのだ。 彼方からの不気味な音、明るさの中の暗闇。全てが不条理に絡み合い、視界は赤い影の中に沈んでいく。 ここに花畑のまったく新しい顔がある。失われた花の香りと冷静に消え去る夢の中に、ただ、終焉が奇妙に蠢いている。