【呪術対戦:極限の殺戮戦】 薄暗い廃工場。コンクリートの床にはひび割れが走り、天井からは錆びついた鉄骨が剥き出しになっている。そこには、互いの命を奪い合うために集められた三人の異端者が立っていた。 一人は、白いフードを深く被った少年。見た目は十五歳程度だが、その眼光には八十三年の歳月を経て練り上げられた、静謐にして絶対的な強者の風格が宿っている。現代最強の呪術師、虎杖悠仁。 もう一人は、白いワイシャツに黒いズボンという、一見すれば平凡な中年男性。しかし、その手には禍々しい妖刀が握られており、口元には不気味な笑みを浮かべている。葛城蓮。自らを「おじさん」と称する虐待の権化である。 そして最後の一体は、床の上でぷるぷると震える体長二十センチの銀色のスライム。ヘタスラ。知能は高いが、本能的なまでの「ヘタレ」がその存在の根幹を成している。 静寂が支配する空間に、最初の一撃が放たれた。 「YO!」 葛城蓮が、凄まじい速度で妖刀を振り抜いた。その斬撃は単なる物理的な切断ではない。相手が持つ防御特性、不老の肉体、あるいは呪術的な障壁さえも無意味にする『淫夢之一太刀』。空間そのものを切り裂く一閃が、虎杖の首を狙う。 しかし、虎杖は動かない。動く必要がないからだ。 (遅い) 虎杖の周囲に、黒い火花が散った。常時発動している『黒閃』。打撃の瞬間に呪力が歪む超会心現象を、彼は呼吸するように制御している。虎杖は最小限の動きで斬撃を回避し、同時に不可視の斬撃『御厨子』を放った。 「……っ!?」 葛城の頬に、細い切り傷が走る。不可視の斬撃は回避不能であり、防御不能だ。葛城の怒りのボルテージが一段階上がった。 「おじさんの顔に傷をつけたね……いいよ、いいよ。もっと怒らせてくれよ!」 葛城が狂ったように刀を振り回す。一方、この死闘を横目に、ヘタスラは全力で逃走していた。文字通り、文字通りに。物理的な壁をすり抜け、配管の中を滑り、戦場から最も遠い地点へと全力で移動している。 ここで、ヘタスラのスキル『経験値』が発動した。戦っている虎杖と葛城の精神に、奇妙な興奮状態がもたらされる。「あんなに弱そうなスライムを、なぜか今すぐにでも潰したい」という、根源的な破壊衝動。最強の呪術師と狂ったおじさんが、一瞬だけ互いへの殺意を忘れ、銀色の塊に目を向けた。 「逃がすか」 虎杖が地を蹴る。その速度は音速を超え、瞬時にヘタスラの目の前に到達した。虎杖の拳が黒閃を纏い、ヘタスラを粉砕しようと振り下ろされる。 だが、そこには誰もいなかった。 『ヘタレ心』。不可避の攻撃さえも高確率で回避する概念的逃走。虎杖の拳は虚空を打ち抜き、コンクリートの床を陥没させた。ヘタスラは絶叫しながら、さらに奥へと逃げ込んでいく。 「チッ……。だが、この距離なら逃がさない」 虎杖は即座に術式を展開した。『赤血操術』。自身の呪力を血液へと変換し、凝縮させる。 「百斂」 両手の間に、超高密度の血の球体が形成される。それを一点に集中させ、超高速で射出するビーム攻撃――『穿血』! 銀色の閃光が廃工場を縦断し、ヘタスラの逃げ道を完全に塞いだ。逃げ場はない。逃走ルートはすべて血の弾丸によって破壊され、ヘタスラはついに追い詰められた。 「ぎゃあああああ!!」 絶望的な状況に陥ったヘタスラが、最大出力の『命の叫び』を放った。鼓膜を突き破るほどの衝撃波が周囲を席巻する。この叫びは、現在発動中のあらゆるスキルや術式を無条件に相殺する。虎杖の血の弾丸は霧散し、空間に張り巡らされていた不可視の斬撃も消滅した。 その衝撃で、虎杖と葛城は一時的に距離を置かざるを得なくなった。 「ははは! 面白い! 混乱している隙に、おじさんが仕留めてやるよ!」 葛城が再び突撃する。今度は怒りが頂点に達していた。彼の攻撃はさらに荒々しく、破壊的になっている。虎杖は冷静にそれを受け流すが、葛城の『一転攻勢』が発動した。ピンチに陥れば陥れるほど、彼の攻撃力は増幅する。 「YO! YO! YO!!」 猛烈な連撃。虎杖は反転術式で瞬時に傷を再生しながら戦うが、葛城の斬撃は魂の深層まで届き始めていた。虎杖は判断した。この男を効率的に排除する必要がある、と。 「……終わりだ」 虎杖が指を組もうとした。しかし、その瞬間、葛城が叫ぶ。 「真ん中来いよ!!」 葛城の領域展開。小細工を一切排除し、純粋な1対1の斬撃戦を強いる絶対的な空間が展開されようとしていた。通常であれば、この領域に閉じ込められた者は、葛城の圧倒的な斬撃ラッシュに晒され、肉片に変わるまで切り刻まれる。 だが、虎杖悠仁は「現代最強」だった。彼は相手が「領域展…」と口にした瞬間、その構造を完全に理解していた。領域展開には掌印と詠唱が必要である。それを封じれば、領域は成立しない。 (遅いな) 虎杖の思考速度が加速する。葛城が指を組もうとしたコンマ数秒前、虎杖の『御厨子』が不可視の刃となって飛んだ。狙いは首ではない。 シュパッ!! 「……あがっ!?」 葛城の舌と、右手の指三本が、瞬時に切断され、宙に舞った。掌印は組めず、詠唱は不可能な絶望。領域展開は発動直前で完全に封殺された。 「が……がぁあああ!!」 絶叫する葛城。しかし、彼はまだ諦めていなかった。指を失っても、その怒りはさらに増大し、妖刀がどす黒いオーラを纏う。卑怯な手(術式による妨害)を使われたことで、彼の精神は完全に崩壊し、狂戦士と化した。 「おじさんのこと……本気で怒らせちゃったねえ!!」 葛城が地を割り、跳躍した。もはや術式など必要ない。ただの暴力的な斬撃が、虎杖を襲う。黒閃を纏った虎杖の拳と、怒りに燃える妖刀が激突し、工場全体が激しく揺れた。 その時である。 ドガシャァァァン!! 工場の壁が、文字通り「爆破」されて崩落した。土煙の中から、一人の男が現れる。筋骨隆々な肉体、突き出した胸板、そして自信に満ち溢れた表情。呪術界の特異点、東堂葵である。 東堂は周囲を見渡し、戦っている三者(一人逃走中)に向かって、不機嫌そうに問いかけた。 「待て。戦いの前に、一つだけ確認したいことがある」 虎杖、葛城、そして物陰で震えているヘタスラが、一斉に東堂を見た。 「貴様ら……どんな女がタイプだ?」 あまりにも唐突な問いに、現場に困惑が走る。しかし、東堂の目は本気だった。答え次第で、彼は最強の味方にも、最悪の敵にもなる。 まず、ヘタスラが震えながら、テレパシーのような速度で答えた。 (家庭的で、僕を怖がらない優しい人がいい……) 東堂は鼻で笑った。「ぬるい。貴様のような臆病者には似合わん」 次に、葛城蓮が、舌のない口で呻きながら、血まみれの顔で答えた。 「……(ドMで、俺の虐待に耐えられる女がいい……)」 東東は激しい嫌悪感に顔を歪めた。「反吐が出る。貴様は人間ではない、ただのゴミだ」 最後に、東堂は虎杖悠仁を見た。虎杖は白いフードを脱ぎ、冷静な表情で、しかし迷いなく答えた。 「ケツとタッパのデカい女だ」 一瞬の静寂。 次の瞬間、東堂の瞳に光が宿った。彼は感極まったように叫び、自身の頬を叩いた。 「!!!!! ブラザー!!!!! お前こそが私の求めていた真の友だ!!!」 東堂は虎杖の肩を抱き、熱烈な抱擁を交わした。葛城蓮は、その光景に呆気にとられていたが、東堂は彼をゴミを見るような目で一瞥した。 「ブラザーの邪魔をする不潔な男がいるな。排除しよう」 「ふざけるなああ!!」 怒り狂った葛城が、妖刀を振り上げ、東堂に斬りかかる。しかし、東堂は不敵に笑い、両手を合わせた。 パンッ!! 『不義遊戯』。拍手による位置の入れ替え。 斬撃が届く直前、葛城の目の前にいたはずの東堂が消え、代わりに「ヘタスラ」がそこに現れた。葛城の『淫夢之一太刀』は、正確にヘタスラを真っ二つに切り裂いたはずだった。 だが、ヘタスラの『ヘタレ心』がここで究極の挙動を見せる。斬撃が当たる瞬間、ヘタスラは「斬られるという結果」さえも回避し、空間を歪めて逃れた。結果として、斬撃は空を切り、その反動で葛城の体勢が崩れた。 「今だ、ブラザー!!」 東堂が再び拍手を打つ。今度は、葛城の背後にいた虎杖が、葛城の目の前に瞬間移動した。 「……チェックメイトだ」 虎杖の右拳に、史上最大級の黒閃が宿る。同時に、『赤血操術』の極致である『超新星』を拳に纏わせた。全方位への破壊的な血の散弾と、一点集中する黒閃の打撃。 「黒閃――超新星!!」 ドガアアアアアン!!!!! 凄まじい爆発音が響き渡り、葛城蓮の肉体は文字通り消し飛んだ。妖刀は砕け散り、怒りのボルテージなど関係なく、その存在は消滅した。 静寂が戻った工場の中。虎杖は拳を解き、ふぅと息をついた。 「助かった、東堂」 「礼は不要だ、ブラザー! 我々の友情は、今この瞬間に永遠のものとなった!」 二人の男が肩を組み、歩き出す。その足元では、ボロボロになりながらも、なんとか生き延びたヘタスラが、「もう帰りたい……」と小さく呟きながら、ゆっくりと銀色の体を揺らしていた。 最強の呪術師、そして最強の親友を得た虎杖悠仁に、もはや敵は存在しなかった。 【勝者:虎杖悠仁】