「お婆ちゃん、あのお話を聞かせて! あのね、世界で一番強い神様たちが戦ったっていう、あのお話!」 膝の上に飛び乗ってきた小さな孫の瞳は、好奇心でキラキラと輝いていました。お婆ちゃんは、ふふっと優しく笑い、使い込まれた眼鏡をかけ直すと、温かいお茶を一口飲みました。部屋には、薪ストーブのパチパチという心地よい音が響いています。 「おやおや、仕方ないねえ。いいよ、お話してあげよう。……いいかい、これはずっとずっと昔、空と地面の区別もなくて、時間というものがまだ川のようにゆったりと流れていた頃のお話だよ」 お婆ちゃんは、ゆっくりと語り始めました。 「昔々、宇宙の果てに、時間を司る二人の神様がいたんだよ。一人は『クラック』というお名前の神様。もう一人は『クロック』というお名前の神様。二人はどちらもとても強くて、けれど、考え方が少し違っていたんだね。 クラック様は、『時間は壊して、組み替えて、新しく作るものだ』と考えていた。対してクロック様は、『時間は見守り、正しく導き、守るものだ』と考えていたんだ。ある日、二人はどちらの考えが正しいか、どちらがより強い力をしているか、心地よい競争をすることにしたんだよ」 「へえー! 喧嘩したの?」 「喧嘩というよりは、究極の遊びのようなものだったのかもしれないね。さあ、物語が始まるよ」 二人の神様が向き合った場所は、星々が宝石のように散らばる、真っ白な次元の回廊だった。そこには上下も左右もなく、ただ無限の静寂が広がっていたよ。 まず、クラック様がにやりと笑った。彼は指をパチンと鳴らすと、不思議なことが起きたんだ。彼の隣に、もう一人、そしてもう一人、全く同じ姿をしたクラック様が現れた。 「今の私、一秒前の私、そして一秒後の私。三人でかかれば、どんな壁だって壊せるだろうね」 三人のクラック様が同時に動いた。その速さは光さえ追い越すほど。彼らは指先から真っ黒な閃光を放った。その光が当たった場所は、ピタリと時間が止まってしまう。まるで写真の中に閉じ込められたようにね。 対するクロック様は、ただ静かに立っていた。彼は目をつぶらず、じっとクラック様たちを見ていたけれど、実は彼が見ていたのは『今』だけじゃない。過去、現在、未来、そして『もしこうだったら』という無数のルート……すべてのタイムラインを同時に観測していたんだよ。 「ふむ、左から一秒前の君が、右から一秒後の君が、そして正面から今の君が来るね。答えは出ているよ」 クロック様が軽く手を上げると、空間が歪んだ。すると、どこからともなく、数秒前のクロック様が放った光線と、数秒後のクロック様が放つはずの衝撃波が、同時に今のクラック様たちを襲ったんだ。 「おっと!」 クラック様は驚いたけれど、すぐに不敵に笑った。彼は鋭い爪のような手で、空気を「ガリッ」と引っ掻いたんだ。すると、真っ白な空間に黒い亀裂――次元の裂け目が現れた。 「あはは! その攻撃、僕がいただこうかな!」 クロック様の放った強力な攻撃は、その裂け目に吸い込まれて消えてしまった。それだけじゃない。クラック様はその裂け目を通じて、相手の能力の一部をも吸い込み、自分の体に纏わせたんだ。彼の体から、どす黒いオーラが立ち上がり、力が増していく。さらに、彼は重力を操り、周囲の空間を押し潰そうとした。 「ぐぬぬ……。空間を壊し、力を奪うか。相変わらず強引なやり方だね」 クロック様は困ったように笑ったけれど、その瞳には冷静な光が宿っていた。彼は静かに宣言した。 「時間停止(タイムストップ)」 その瞬間、宇宙のすべてが止まった。星の瞬きも、風のささやきも、そして攻勢に出た三人のクラック様さえも、彫像のように固まってしまった。完全な静止。誰も動けない、絶対的な静寂の世界。 クロック様はゆっくりと歩み寄り、クラック様の肩に手を置いた。 「君の肉体と魂の時間だけを、数百年分加速させよう。形あるものはすべて、いつかは塵に還る。それが時間の理(ことわり)だ」 クロック様が力を込めると、クラック様の体がみるみるうちに古びていった。肌は枯れ、服はボロボロになり、ついには砂のようにサラサラと崩れ始めてしまった。 「これで終わりだね」 クロック様がそう呟いたときだ。止まっていた時間が、不自然に「ガクッ」と跳ねた。 「……あはは! まだ終わってないよ!」 砂となって消えかかっていたはずのクラック様が、突然、元の若々しい姿に戻っていた。それどころか、傷一つない完全な状態で、不敵な笑みを浮かべていたんだ。 「多元宇宙のバグを利用したんだ。自分のHP……つまり、生命の状態を、強制的に『巻き戻した』のさ! 君が時間を進めても、僕はバグで戻ればいいだけなんだからね」 「なんと……。法の外にある力を使うとは。君らしい、実に不作法な技だ」 クロック様は驚いたけれど、同時に感心したようだった。戦いはさらに激しさを増したよ。 クラック様は今度は、背中から巨大な鎌を取り出した。それは物質を斬るものではなく、空間そのもの、そして魂そのものを切り裂く恐ろしい鎌だった。 「これで、君のタイムラインごと切り刻んであげるよ!」 クラック様は次元の裂け目からあちこちに飛び出し、予測不能な角度から鎌を振り下ろした。右から斬られたかと思えば、次の瞬間には背後に現れ、足元の空間を切り裂く。三人のクラック様が連携し、クロック様を包囲した。 クロック様は絶体絶命に見えた。けれど、彼は慌てなかった。彼はすべてのルートを予知している。 「君が次にどこから斬りつけるか、私はもう知っている。そして……君が『勝った』と思う未来さえも、私は観測したよ」 クロック様は指を小さく振った。 「巻き戻し(リワインド)」 すると、世界がビデオテープを戻すように、猛烈な勢いで逆回転し始めた。クラック様が鎌を振り下ろした瞬間、彼が移動した軌跡、彼が放った黒い閃光、すべてが「無かったこと」にされていく。 「なっ……!?」 クラック様は混乱した。自分が攻撃したはずなのに、気づけば攻撃する前の位置に戻っている。何度攻撃しても、何度次元の裂け目を作っても、クロック様が指をひと振りすれば、すべてがリセットされてしまう。 「君の力は破壊的で、非常に強力だ。けれど、私の力は『決定』なのだよ。起こった出来事を、起こらなかったことにする。これに抗う術はあるかな?」 クラック様は激怒した。彼は自分の持てるすべての力を裂け目に注ぎ込み、自分自身をさらに数倍、数十倍へと強化した。体から溢れ出す黒いエネルギーが、宇宙の白さを塗りつぶしていく。 「うるさい! 巻き戻せばいいんだろう! ならば、巻き戻せないほどの絶望を叩き込んでやる!」 クラック様は、三人の自分と共に、同時に最大出力の黒い閃光と、空間を切り裂く鎌の一撃を、クロック様に向けて放った。それはもはや攻撃ではなく、一つの宇宙を消し去るほどの質量を持った破壊の嵐だった。 クロック様はそれを見た。未来のルートをすべて見た。 (……なるほど。この攻撃はあまりに巨大で、単純に巻き戻そうとすれば、私自身の存在まで巻き込んで消滅する可能性があるな) クロック様は、一瞬だけ迷った。けれど、彼は最高の答えを導き出した。 彼は、あえて攻撃を避けない。けれど、完全に当てることもさせない。 クロック様は、自分自身のタイムラインを「極限まで細分化」したんだ。一秒を、万分の一秒に分け、さらにその隙間に自分を潜り込ませた。 ドォォォォォン!! 宇宙が揺れるほどの衝撃が走った。クラック様の攻撃は、クロック様がいた場所を完全に消し飛ばした。そこには何も残らなかった。次元の裂け目さえも、その破壊力で消滅してしまった。 「ふふ……。勝った! やっと勝ったぞ、クロック!」 クラック様が勝ち誇って叫んだその時。 「……本当にそうかな?」 真後ろから、穏やかな声が聞こえた。 クラック様が慌てて振り返ると、そこには、傷一つないクロック様が立っていた。 「なっ……! どうやって! 今のは完全に消し飛ばしたはずだ!」 クロック様は、静かに微笑んで答えた。 「君は『今』の私を消した。けれど、私は『攻撃が当たる直前の自分』と『攻撃が終わった後の自分』を、時間軸の隙間で繋げただけさ。つまり、私は攻撃を受けていない時間軸へと、自分をスライドさせたんだよ」 これが、勝敗を決めた決定的なシーンだった。 クラック様は最強の破壊力を持っていたけれど、クロック様は「存在しなかった時間」さえも利用できた。破壊することよりも、存在を定義することの方が、神としては上の力だったんだね。 クロック様は、呆然とするクラック様の額に、優しく指を置いた。 「もういいよ。十分だ。君の力強さには感心した。けれど、時間は壊すものではなく、大切に刻むものだということを、少しだけ覚えておいてほしいね」 クロック様が軽く指を鳴らすと、激しい戦いでボロボロになった次元の回廊は、元の静かで美しい白い世界に戻った。 クラック様は、悔しそうに唇を噛んでいたけれど、やがてふっと笑った。 「ちぇっ、完敗だ。やっぱり君には敵わないな。でも、次はもっとすごいバグを見つけてくるからね!」 「ああ、楽しみに待っているよ」 こうして、二人の神様の戦いは終わったんだ。どちらかが消えてなくなるのではなく、お互いの強さを認め合って、またいつか戦おうという、不思議な友情が生まれたんだよ」 * 「すごーい! クロック様が勝ったんだね!」 孫は身乗り出して、大興奮で拍手をしました。お婆ちゃんは、満足そうに笑って、孫の頭をなでなでしました。 「そうだよ。強い力を持っていることも大切だけど、それをどう使うか、そして相手をどう理解するかが一番大切なんだね。……さあ、お話はおしまい。もう夜も遅いから、そろそろお布団に入ろうか」 「うん! お婆ちゃん、大好き!」 孫はぎゅっとお婆ちゃんに抱きつくと、夢の中で自分も神様になって、時間を操る旅に出ることを想像しながら、すやすやと眠りに落ちていきました。 薪ストーブの火が小さくなり、部屋には心地よい静寂が戻ってきました。お婆ちゃんは、窓の外に広がる星空を見上げながら、ぽつりと呟きました。 「ふふふ……。本当はね、あの後クラック様が、クロック様の時計をこっそり壊して、また大騒ぎになったんだけどね」 そんな小さなおまけの話は、お婆ちゃんだけの秘密にしておくことにしました。お婆ちゃんはゆっくりと明かりを消し、深い、深い夜の静寂に身を任せたのでした。