序章:雨上がりの黄金色い荒野へ かつては絶望と死が支配していたはずの荒野。しかし、今この場所を包んでいるのは、しっとりとした湿度を帯びた梅雨の空気と、地平線まで続く極彩色の花畑だった。名もなき野花が風に揺れ、空には色とりどりの蝶々が舞う。本来であれば、ここを通過するには軍隊レベルの護衛が必要とされる危険地帯だが、今のこの空間は、ある種の「絶対的な平穏」に支配されていた。 その平穏の源は、今回の護衛任務に同行している不可思議な存在――『モード:梅雨』という概念的なルールそのものだった。このルールが適用されている限り、血腥い争いも、恐ろしい魔物の咆哮も、天災の恐怖もない。あるのはただ、穏やかな時間と、心地よい雨の匂いだけである。 「みんなー!準備はいいかなっ!出発しよー!」 要護衛艦の操縦席から、快活な声が響く。操縦者のフェアだ。二十歳の彼女は、この巨大な艦をまるで自分の部屋のように使いこなし、今はワクワクした様子でレバーを握っている。彼女にとって、今回の旅は「護衛」という名目こそあれど、実態は「賑やかなお出かけ」に過ぎなかった。一人で運転するのは寂しい。だから彼女は、あえて多額の報酬を提示して、個性豊かなメンバーを集めたのだ。 横2km、縦1kmという超巨大な艦が、ゆっくりと、時速10kmという散歩のような速度で動き出す。目的地は95km先のガンドルド鉱山。通常なら丸一日以上かかる道のりだが、今日のメンバーなら、退屈することなどないはずだ。 第一章:奇妙な旅の同行者たち 艦のデッキでは、およそ一つの旅に集まるはずのない面々が顔を合わせていた。 まず目を引くのは、全長50mの巨大な白黒の機体、『スウィンロウズ』である。最新鋭の光学迷彩と亜音速移動能力を持つこの機体は、本来ならば戦場を瞬時に制圧する死神のような存在だ。しかし今は、その巨大な指先で蝶々を追いかけようとして、絶妙にタイミングを外して空を切っている。電子音声が淡々と響く。 『SYSTEM ONLINE……環境分析完了。敵対生物、零。精神的弛緩状態、適正。非常に……心地よい……』 その隣では、鈍色のパワードスーツに身を包んだパウ=クーパー中尉が、巨大な盾を地面に置いて腰掛けていた。彼女のゴーグルには通常、敵の赤色マーカーが点滅しているはずだが、今は色とりどりの花々の座標が強調表示されている。彼女は深くため息をついたが、その表情はどこか緩んでいた。 「……信じられん。戦場に花畑だ。作戦計画を書き直す必要がありそうだな。だが、まあ……たまにはこういうのも悪くない」 さらにその横で、文字通り「ダラダラ」しているのがダラである。彼は堕天の滅翼槍を枕代わりにし、地面に寝そべって空を眺めていた。彼にとって、この「動かなくていい環境」は至福の極みだった。彼が指一本動かさないことで、周囲の空気までもがゆったりとした流れに飲み込まれていく。 「ふふっ……実に風情がございますねぇ」 キセルから紫煙をくゆらせ、余裕たっぷりに微笑むのはクズノハだ。彼女はキヴォトスから来た預言者であり、この世界の理さえも書き換える力を持つ。彼女はこの状況を全て見通していた。戦いがないこと、そしてこの旅が「心地よい」ものであることを。彼女はただ、この穏やかな時間を愉しむために同行を決めた。 そこに、銀髪の少女、藤村 銀が静かに佇んでいた。彼女の瞳には、数えきれないほどの絶望と、それを乗り越えた強さが宿っている。神殺しの刀を携えた彼女にとって、平穏な日常は最も贅沢な報酬だ。彼女はリュックサックから一冊の本を取り出し、静かにページをめくり始めた。 そして、この集団の中で最も異彩を放っていたのが、バナナ柄の修道服に身を包んだナナバ・ナバーナである。 「皆さん!バナナを食べましょう!バナナは最高です!バナナは永遠です!!」 彼女が叫ぶと同時に、スキル【バナナ!】が発動し、参加者全員の手元に、熟した黄金色のバナナがポンと出現した。あまりに唐突な展開だったが、不思議と誰もそれを拒絶しなかった。空腹だったダラは、寝転んだままバナナを口に運び、満足げに鼻を鳴らした。 最後に、その辺りをピコピコと不自然な挙動で漂っているのが『バグ』だ。砂嵐のような姿をした彼は、時折文字化けした声を出しながら、みんなの周りを回っている。本来なら周囲を消失させたり、意識を乗っ取ったりする危険な存在だが、今の彼はただの「お調子者のペット」のような感覚で、みんなの会話に(文字化けした形で)相槌を打っていた。 第二章:正午のティータイムと交流 旅は順調だった。あまりに順調すぎて、誰もが「本当にこのままでいいのか」と不安になるほどだったが、フェアの明るい笑い声がそれを打ち消した。 「あはは!みんな仲良くなってるね!見て見て、あの山の方に珍しい色の花が咲いてるよ!」 フェアが指差す先には、淡い青色の花が絨毯のように広がっていた。スウィンロウズは光学迷彩を解除し、その真っ白な装甲を日光にさらして輝かせている。パウ中尉は、もはや警戒を止めて、もらったバナナを丁寧に皮を剥いて食べていた。 正午。要護衛艦は、一面の花畑のど真ん中で一時停車した。 「お昼ごはーん!お弁当準備できたよ!」 フェアが用意したのは、色とりどりのキャラ弁と、大量のサンドイッチ。そして、ナナバが提供した「特製バナナデザート」がテーブルを彩った。艦の広いデッキに大きな布が敷かれ、参加者全員で円になって座る。それは、軍人や神殺しの剣士、預言者やAI機体が共にする、奇妙で温かいピクニックだった。 「……ぼくは、こういう時間が好きだ」 銀がぽつりと呟いた。彼女の隣では、クズノハがクスクスと笑いながら、キセルの煙を空に逃がしている。 「ええ、運命の糸も、たまにはこうして緩んでいる方が美しいものですわ」 ダラは相変わらず半分寝ながら、誰かが口に運んでくれるのを待っていたが、パウ中尉が呆れながらも彼の口にサンドイッチを放り込んでやった。バグは、お弁当の盛り付けを「バグらせて」立方体状に変化させ、みんなを笑わせていた。 「バナナで治ります!心も体もバナナでフルチャージです!」 ナナバが快活に笑い、ミラクルバナナを空に掲げる。すると、その場にふんわりとした幸福感に満ちたオーラが広がり、旅の疲れなど微塵も感じさせない心地よさが全員を包み込んだ。 第三章:夕暮れの到着と別れ 再び動き出した艦は、ゆっくりとガンドルド鉱山へと近づいていく。空は次第にオレンジ色に染まり、梅雨特有の柔らかい光が、花畑を黄金色に染め上げていた。 道中、特にトラブルは起きなかった。本来なら数億人の敵集団が現れてもおかしくない荒野だったが、『モード:梅雨』のルールは絶対だった。敵は現れず、災害も起きず、ただただ静かな時間が流れた。それは、戦いの中に生きる彼らにとって、何よりも贅沢な「休暇」だった。 やがて、遠くにガンドルド鉱山の巨大なクレーンと施設が見えてきた。 「到着ー!みんな、最後までついてきてくれてありがとう!」 フェアが明るく宣言し、要護衛艦はゆっくりと目的地に停泊した。 任務完了。護衛の結果は「大成功」である。といっても、敵が一人も来なかったため、実質的には「最高のピクニック」を完遂したということになるが、要護衛艦は傷一つなく、乗組員も参加者も全員が無傷で到着した。 結末:生存報告と後日談 【護衛結果:大成功】 要護衛艦は完全な状態で目的地に到達。損害ゼロ。 【生存・死亡・逃亡状況】 ・フェア(操縦者):生存。心身ともにリフレッシュし、非常に満足している。 ・スウィンロウズ:生存。戦闘データは得られなかったが、「心の平穏」という新データを蓄積した。 ・パウ=クーパー:生存。久しぶりに戦い以外の緊張感(お弁当の配分など)を味わい、精神的な癒やしを得た。 ・ダラ:生存。究極にダラダラすることができ、人生最高の満足度を記録した。 ・クズノハ:生存。予測通り、あるいは予測以上の平穏を楽しみ、優雅に帰路についた。 ・藤村 銀:生存。絶望のない世界を短時間でも体験し、再び歩き出す勇気を得た。 ・ナナバ・ナバーナ:生存。バナナを大量に消費し、バナナの素晴らしさを全員に伝えられたため、達成感に満ち溢れている。 ・バグ:生存。誰をも消さず、誰にも消されず、ただただ場の空気をかき乱して楽しんだ。 【理由】 『モード:梅雨』という絶対的なルールにより、あらゆる敵対勢力の出現および自然災害・ハプニングが完全に封印されていたため。参加者同士の仲も良好であり、内部紛争も発生しなかったため、全員が生存することとなった。 夕暮れ時、それぞれが別々の方向へ歩き出す。銀は静かに手を振り、パウ中尉は敬礼を送り、ナナバは最後に一本のバナナをフェアに手渡した。 「またねー!みんな、また寂しくなったら呼ぶからね!」 フェアの元気な声が、黄金色の荒野に響き渡った。雨上がりの空には、大きな虹がかかっていた。