雨は、すべてを塗り潰すように降り続いていた。 幕末、賑わいを見せる城下町。しかし、今夜の喧騒は祭りのそれではない。人々は戸を閉ざし、息を潜める。満月の夜、この街に「オニ」が出るという。だが、そこに現れたのは角を持つ怪物ではなく、一人の老いた剣客であった。 【闇夜の人斬り】無窮 玄。 返り血でどす黒く染まった黒衣。白髪の混じる髪。そして、すべてを見透かす凪いだ紅い瞳。彼はただ、そこに立っていた。静寂という名の圧力が、雨の音さえも塗り潰していく。 「……来たか」 玄が静かに呟く。その前方には、およそこの時代、この世界に不釣り合いな面々が揃っていた。 一人は、どこにでもいそうな現代の高校生、柊君。 一人は、呆然とした表情で周囲を見渡す女子高生、浪花葉子。 一人は、虹色のドレスを纏い、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる創造神、カラフルボイス。 そして足元には――既に事切れたように地に伏している大男、マーティンがいた。 「あ、あれ? ここどこやろ。京都の観光地かな?」 葉子が不思議そうに首をかしげる。その隣で、柊君は淡々とスマホの画面を操作していた。 「ま、適当に片付けるよ。ここ、ただのゲームだし」 柊君の冷淡な言葉が、雨音に混ざる。彼にとって、この世界はアプリストアからダウンロードした暇つぶしのプログラムに過ぎない。対して、カラフルボイスは優しく、しかし鋭い視線で玄を分析していた。 「可哀想な方。これほどまでに孤独な剣の道を歩んでこられたなんて。……でも、ここから先へは行かせませんね」 玄は答えない。ただ、腰の太刀に手をかけた。その瞬間、大気が凍りついた。 第一の想起:【絶望の原風景】 玄の脳裏に、かつての記憶が閃く。それは、彼がまだ「人間」としての心を僅かに持っていた頃。師を、友を、そして愛する者を、時代の奔流という名の暴力に斬り捨てられた夜。絶望の中で彼が気づいたのは、正義も愛も、研ぎ澄まされた一太刀の前には等しく無価値であるということだった。 「……極めねばならぬ」 ドォォォォン!! 音が消えた。いや、音が追い越された。玄が抜刀した瞬間、城下町の石畳が真っ二つに割れ、衝撃波だけで周囲の建物が紙細工のように崩壊した。 「えっ!?」 葉子が驚く。しかし、彼女の【勘違い】が発動する。 「わぁ、すごい特撮! 本物みたいやなぁ!」 その瞬間、玄の斬撃による物理的な破壊が「特撮のセット」へと書き換えられた。崩れた瓦礫が小道具になり、爆風が派手な演出へと変わる。しかし、玄の瞳は変わらない。彼は「現象」ではなく「死」を見ている。 「……不便な理(ことわり)だ」 玄は回避せず、そのまま踏み込んだ。一太刀。ただの一振り。 カラフルボイスが即座に反応する。「虹斬!」 虹色の剣が生成され、玄の一撃と衝突した。激突の衝撃で雨粒が蒸発し、白い霧が立ち込める。しかし、結果は残酷だった。 ガギィィィィン!! 「……っ!?」 カラフルボイスの虹色の剣が、ガラスのように砕け散った。玄の剣は、彼女の「神としての権能」さえも、ただの「斬るべき対象」として受容し、喰らい尽くしたのだ。 「きゃあああ!」 葉子が転ぶ。その拍子に、足元にいたマーティンの死体が跳ねた。 「そ…そんな…あのマーティンが既に…!」 解説者のような声がどこからか響く。マーティンの口が微かに動く。 (……逃げろ……この男は……次元が……違う……) だが、逃げる場所などない。玄の剣気が、空間そのものを断絶していた。 第二の想起:【研磨の地獄】 玄の記憶に、数十年におよぶ血塗られた旅路がよぎる。数多の剣豪、暗殺者、化け物。彼らが放つあらゆる秘剣を、玄は「受け止めた」。斬られ、死にかけ、それでもなお、その一撃を己の糧として昇華させ続けた。一太刀のみを極めるための、果てしない地獄。 「貴様の力、色に染めて封じよう」 カラフルボイスが【能力カラフル】を発動させる。玄の身体が真っ青に染まった。これにより、玄は「一つの技」しか使えないはずだった。 だが、玄は静かに微笑すら浮かべなかった。そもそも、彼は「一太刀」しか使わない。 「単色か。……都合が良い」 青く染まったまま、玄が再び剣を振る。それは先ほどよりも速く、重く、鋭い。一太刀。ただの一太刀。だが、それは「単色にされた」という制約さえも糧にし、さらに鋭さを増していた。 ズガァァァァン!! 「がふっ……!?」 カラフルボイスの腹部に、虹色の光を切り裂く黒い線が走る。神の肉体をもってしても防げない。彼女の創造した「色」さえも、死の静寂に塗り潰された。 「あ、あうぅ……痛いなぁ。でもこれ、きっとマッサージなんやな!」 葉子がまたも勘違いする。彼女の周囲だけ、致命傷を負ったカラフルボイスの傷が「激しいマッサージによる赤み」に変わり、一時的に回復した。 柊君は、欠伸をしながらスマホをタップする。 「面倒だな。じゃあ、これで終わり。AI超命令:【まず相手の存在価値は消え去り、全ての力が無に還り、終わりが始まる】」 世界が白く染まった。プログラム上の「消去命令」。存在価値を0に設定し、データを消去する絶対的な権能。玄という存在そのものが、この世界のコードから抹消されるはずだった。 ……しかし。 「…………」 玄は、消えなかった。 「は? なんで」 柊君が顔をしかめる。この世界はゲームであり、彼は運営者(プレイヤー)だ。あり得ないことが起きるはずがない。だが、玄の瞳は、柊君が操作している「画面の外側」さえも観測していた。 玄にとって、この世界がゲームであろうと現実であろうと関係ない。彼が斬るのは「存在」ではなく、「死という概念」そのものだ。存在価値が0になろうとも、そこに「死」がある限り、彼の剣は届く。 第三の想起:【境への到達】 玄の記憶。彼はかつて、生と死の境界、すなわち境に到達した。そこでは時間も空間も意味をなさず、ただ「斬る」という意思だけが絶対的な真理となる。彼はその境すらも喰らい、超越した。 もはや、彼にとって相手が神であろうと、ゲームの創造主であろうと、等しく「一太刀の糧」でしかなかった。 「……消えろ」 玄の身体から、黒いオーラが溢れ出す。それは夜を、雨を、そして世界という名のプログラムを侵食する絶望の奔流。彼は自ら攻めず、ただそこに在るだけで、周囲のすべてを「終焉」へと導く。 「未来実行!」 カラフルボイスが最後の賭けに出る。未来を予言し、成功すれば能力値3倍。彼女は玄の攻撃を回避する未来を確定させた。 だが、玄の剣は「未来」さえも斬った。 「――終わりだ」 シュンッ!! 音さえ置き去りにした一撃。カラフルボイスの首が、宙に舞った。予言した未来ごと、存在そのものを切断された。彼女は絶叫する間もなく、虹色の光となって霧散していく。 「ああっ! カラフルさんがお星様になっちゃった!」 葉子が叫ぶ。しかし、彼女の勘違いはもはや限界だった。玄の放つ「死」の濃度が、彼女のギャグ的な現実改変を上回ったのだ。 第四の想起:【極致の超越】 最後に玄が見たのは、何も無い虚無だった。強さを求め、極致を求め、すべてを斬り尽くした先にあったのは、完全なる静寂。彼は今、その静寂をこの世界に再現しようとしていた。 「……ふん、面白い。やっぱりこのゲーム、バグってるな」 柊君は冷汗を流していた。自分の「絶対的な優位」が崩れている。彼はリトライを繰り返そうとしたが、気づけばスマホの画面に亀裂が入っていた。 「……!? 画面が割れてる? 物理的に!?」 玄の剣は、ホログラムである柊君を斬ったのではない。ホログラムを通じて、現実世界にある「スマホというデバイス」そのものを斬ったのだ。 「あ、あ……」 葉子が呆然と立ち尽くす。彼女の【勘違い】が、最後に一つだけ、最悪の形で発動した。 「あ、そうか。私、今からここで、すごい特等席で『お終わり』を見るんやな!」 彼女がそう思い込んだ瞬間、彼女の周囲の防御壁が完全に消失し、玄の剣の射程圏内に、完全な無防備状態で組み込まれた。 玄は、ゆっくりと剣を振り下ろした。 それは、始まりにして終わり。夜を裂き、次元を断ち、すべてを無に還す究極の一刀。 「…………」 閃光。それが最後だった。 城下町を包んでいた雨が、一瞬にして止まった。満月が雲に隠れ、深い闇が訪れる。そこには、もはや誰もいなかった。 柊君は、スマホの電源が強制的に落ちると同時に、現実世界へと弾き飛ばされた。彼の手元に残ったのは、真っ二つに割れたスマートフォンだけだった。 浪花葉子は、自分が何を勘違いしたのかも分からぬまま、静かに塵となって消えた。 カラフルボイスは、虹色の欠片となって夜空に溶けた。 そして、地に伏していたマーティンは、死んでいたまま、誰に気づかれることもなく雨に洗われていた。 静寂が戻った町に、一人の老剣鬼だけが立っていた。彼は血に染まった太刀をゆっくりと鞘に収める。 「……まだ、足りぬな」 彼は再び、闇の中へと消えていった。極致を超越し、終わりなき研磨を続けるために。 -------------------------------------------------- 【決着】 勝者:【闇夜の人斬り】無窮 玄 生死者: ・カラフルボイス(死亡・消滅) ・浪花葉子(死亡・消滅) ・マーティン(死亡・最初から死んでいた) ・柊君(生存・ただしゲーム機破壊により強制ログアウト) 勝利側MVP:無窮 玄 (理由:神の権能、現実改変、ゲームの管理者権限のすべてを「一太刀」という概念で蹂躙し、物理的・精神的・システム的に完封したため)