秋の深まりとともに、東洋の山奥にひっそりと佇む老舗旅館「栄愛之湯」は、燃えるような紅葉に包まれていた。色鮮やかな楓の葉が舞い散る山道を、奇妙な一行が歩いている。 「いやあ、いい景色だ。空気が美味いな」 そう言って伸びをしたのは、チームAの「金」である。現在の所持金1万円により、外見は恰好の青年。その後ろを、2メートルを超える巨躯の怪物を彷彿とさせる男、エドモンド・エミール・ケンパー四世が、静かな威圧感を放ちながら歩いていた。そして、青髪のウルフカットが目を引く次嘉明 月巫が、手持ち無沙汰に欠伸をしながら後に続く。 一方、チームBの天乃奏穂は、銀髪をなびかせながら、一人静かに山道を登っていた。彼女は裏世界の医者としての顔を持つが、今はただの学生として、この静寂を楽しんでいた。 一行が旅館の門をくぐると、そこには古風なもてなしの心が息づいていた。 「いらっしゃい。お待たせしたねぇ」 出迎えたのは、腰の曲がったが眼光だけは鋭い経営主の婆さんである。金とエドモンド、月巫、そして奏穂は、まずはチェックインの手続きを済ませた。 「賑やかな連中が来たもんだ。ゆっくりしていきな」 婆さんの案内で、一行は男女別の大きな和室へと分かれた。 男部屋では、金とエドモンドが畳にどっしりと腰を下ろしていた。エドモンドは巨体を折り曲げるようにして座っているが、その知的な眼差しは部屋の隅々まで観察している。 「さて、金さん。最近の調子はどうだ?」 「まあまあだよ。金さえあれば若くいられるし、最高じゃないか」 金が笑う。その会話は、趣味の柔道や、エドモンドの持つ高い知能についての議論へと移り、意外にも穏やかな時間が流れていた。 一方、女部屋では月巫と奏穂が向かい合っていた。二人とも「裏」の顔を持つ実力者同士。言葉数は少ないが、互いの実力を認め合う特有の空気感がある。 「……あんた、いい匂いがするな。薬の調合か?」 月巫がぼそりと呟くと、奏穂は淡々と答えた。 「……気づいたか。最近は新しい麻酔の配合を試している。あんたの爆弾処理の技術、いつか詳しく聞きたい」 二人は、学生としての表の生活と、血生臭い裏の生活について、静かに、だが和気藹々と雑談を交わした。 そして、待ちに待った夕食。地元の山菜と川魚に舌鼓を打ち、心身ともに弛緩した頃、彼らはこの旅館の目玉である貸切露天風呂へと向かった。 男女の風呂は、高く組まれた竹垣によって隔てられている。しかし、壁一枚を隔てた向こう側から、互いの話し声や湯船に浸かる音が聞こえてくる。紅葉が水面に浮かび、幻想的な夜の静寂が広がっていた。 「ふぅ……。極楽だな」 金が目を閉じ、エドモンドが大きな体を湯に浸して溜息をついたその時だった。 ――ドォォォォォン!! 突如として、爆音と共に男風呂の壁が文字通り「消滅」した。瓦礫と竹片が舞い、そこには敵対心剥き出しの二人組、チームCのアルクレイドとメリーリリスが立っていた。 「見つけたぞ! ここで油を売っている連中を叩き潰す!」 熱血漢のアルクレイドが光の剣を掲げ、冷徹なメリーリリスが闇の大剣を構える。彼らの襲撃は唐突であり、かつ猛烈だった。初撃の衝撃波で、男女の風呂を隔てていた竹垣が完全に粉砕され、男風呂と女風呂が一つに繋がってしまう。 「なっ……!? 全裸で大混乱だぞ!」 金が叫ぶ。目の前には、驚愕に目を見開く奏穂と月巫の姿。しかし、彼女たちは瞬時に戦闘態勢に入った。とはいえ、ここは露天風呂である。服などどこにもない。 「ふざけるな! このタイミングで襲撃か!」 月巫が影から飛び出し、アルクレイドに蹴りを繰り出す。しかし、濡れたタイル床が最悪のタイミングで牙を剥いた。 「おっとっと!」 足元が滑り、月巫は勢いよく前方へスライディング。そのまま、ちょうど体制を立て直そうとしていた奏穂の背中に激突し、二人して「どさっ」と湯船に水没した。同時に、上がってきた金が、滑った勢いで奏穂の肩を掴み、そのまま彼女を抱き寄せる形で転倒するという、物理的なラッキースケベが発動した。 「この……っ! 離せ!」 奏穂が顔を赤くして金を突き飛ばすが、そこへエドモンドの巨体が突撃する。エドモンドは柔道の技を仕掛けようとしたが、足元の石鹸カスに足を滑らせ、まるで巨大な岩が崩れるようにアルクレイドの上にダイブした。 「ぐはっ!? 重い! 重すぎるぞこの巨漢!」 アルクレイドが悲鳴を上げる。その隙を逃さず、メリーリリスが闇の斬撃を放とうとするが、水に濡れた床でバランスを崩した金が、偶然にも彼女の足首を掴んでいた。 「あがっ!?」 メリーリリスがバランスを崩し、そのまま金の上に倒れ込む。至近距離で視線がぶつかり、現場はもはや戦闘というより、もつれ合った人間たちの泥仕合に近い混沌状態へと突入した。 「もういい! まとめて片付ける!」 アルクレイドが【火炎雷光斬】を放とうと跳ね起きた瞬間、彼が踏んでいたのは、ちょうどエドモンドが流した大量の汗と湯の混合物だった。足が完全に滑り、彼は自分の剣の勢いで前方へ回転し、そのまま女風呂側の深い湯船に頭から突っ込んだ。 「ぶふぉっ!!」 水没したアルクレイドに、奏穂が冷徹な眼差しで【完成回復】……ではなく、全力の合気道投げを浴びせ、彼を完全に沈めた。 一方、メリーリリスもエドモンドの圧倒的フィジカルによる「不慮の押し潰し」に遭い、身動きが取れなくなった。IQ145のエドモンドは、混乱の中で「最短ルートで制圧するのは、この巨体で蓋をすることだ」と結論付け、そのまま彼女を床に押し付けた(意図せずとも、非常に際どい体勢で)。 結果、チームCは「滑って、溺れて、潰される」という屈辱的な敗北を喫した。 静寂が戻った後、そこにあったのは、全裸の男女が互いに妙な距離感で、呆然と立ち尽くすという、なんとも言えない空気感であった。 「……最悪だ」 奏穂がポツリと呟いた。月巫も、濡れた髪をかき上げながら溜息をつく。金は、自分が今どこに誰を抱えていたのかを思い出し、顔を真っ赤にしていた。 その後、彼らは協力して(そして互いに視線を逸らしながら)、崩れた竹垣をなんとか応急処置で修復した。 「婆さん……本当に申し訳なかった」 金たちが深々と頭を下げると、婆さんは「まあ、いいよ。たまには賑やかなのもいいもんだ」と笑っていたが、その目は「修理代はしっかり請求するからな」と語っていた。 各自が自分たちの大部屋に戻り、布団に入った。しかし、誰もすぐには眠れなかった。 金は天井を見上げ、「人生、何が起こるか分からないな」と、自分の年齢と所持金の関係について深く考え込んでいた。 エドモンドは、自分の巨体がもたらした想定外の結果に、静かに知的な分析を行っていた。 月巫と奏穂は、それぞれの布団の中で、あの混乱の中での視線や接触を思い出し、言いようのない感情を抱えていた。 翌朝。 チェックアウトを済ませ、旅館を後にした一行は、再び山道を歩き出した。 「……まあ、いい旅だったんじゃないか?」 金が努めて明るく言うと、奏穂は小さく鼻を鳴らし、月巫は軽く笑った。エドモンドだけは、何も言わずに前を歩いていたが、その足取りはどこか軽やかだった。 彼らはそれぞれの帰路につきながら、心の中に秘めた「あの夜の混沌」を、誰に話すこともなく、大切に(あるいは恥ずかしく)抱えていた。