喫茶店Dallas――虹色ペンと市場の女神 昼下がりの喫茶店「Dallas」。窓から差し込む日差しの下、ライムちゃんはカウンターで漫画を読みながら、片手でスマホのソシャゲを遊んでいた。緑色のツインテールが、ゲームの効果音に合わせてぴょこぴょこ揺れている。 「限定ガチャ、あと一回だけ……! この虹色ペンで当たりを描けば、きっと出るにゃー!」 「お姉ちゃん、それはガチャの確率に対する不正介入では?」 金髪の巻き髪をふわりと揺らして、レモンちゃんがトレイを持って登場した。中学校帰りのアルバイト中だ。トレイにはクリームソーダが二つと、グミの小皿が載っている。 「大丈夫! 今日は描くんじゃなくて、ペン先を見つめて運気を高めるだけにゃん!」 「その理屈、運営さんに聞かせたら困った顔で規約を読み上げると思うわよ」 そのとき、ドアベルが軽やかに鳴った。 「いらっしゃいませ。喫茶店Dallasへようこそ!」 虹色の継ぎ接ぎ服に青空模様のマント。虹のカチューシャをつけ、道具袋を携えた女性が入ってきた。彼女は店内を見回すと、片方の人差し指で天を、もう片方で地を指した。 「私は天弓千亦。市場を司る女神よ。ここには、店の繁栄につながる素晴らしい品が並んでいると聞いてね」 「女神さまが市場調査に来たにゃん! うちのグミと漫画とソシャゲ布教力、どれを見てもらおうかな」 「まずはメニューを見せてちょうだい。市場の基本は、売り手と買い手が気持ちよく取引することだから」 マスターDは、頭の魚を少し傾けてメニューを差し出した。丸い眼鏡の奥の目は、のほほんとしていながら鋭い。 「本日のおすすめは、特製プリンとブレンドコーヒーですにゃ。魚はメニューに含まれませんので、どうぞご安心を」 「頭の魚を見てから言うの、説得力が独特ね」レモンちゃんが即座にツッコむ。 奥の席では、ごついおっさんがコーヒーをすすっていた。黒革のジャケットに、立派なあごひげ。かつて王宮に仕えた剣士とは思えないほど、いまはのんびり新聞を読んでいる。 「女神に猫店主、魔法少女に虹色ペンの店員か……今日も平和だな。いや、平和の基準が少しずつ変わってきた気もするが」 千亦はメニューを受け取り、ふむふむとうなずいた。 「では、ブレンドコーヒーと特製プリン。それから、このグミを一袋。市場の新しい流れを知るには、甘味の動向も大事よ」 「かしこまりました! プリンはマスターD特製、グミはライムちゃんが厳選した“もちもち度の高いもの”です!」 「もちもち度は大事にゃん。噛んだとき、心に小さな拍手が起こるから!」 「その表現、商品説明に使えるかもしれないわね」千亦は感心した。 マスターDがカウンターへ戻り、コーヒーを淹れ始める。ライムちゃんは虹色のペンを取り出し、メモ帳に小さな花を描いた。すると、紙の上から花がぽんっと実体化する。 「お待たせする間に、お席を飾るお花をどうぞにゃー!」 「おお、描いたものが本当に出てくるのね。市場に出せば人気商品になりそう」 「えへへ、でもお花は今日はお客さんへのサービスにゃん!」 「素敵ね。価値は値段だけで決まるものではないわ。誰かを喜ばせることも、立派な市場の力よ」 レモンちゃんは花を見て、少し考え込んだ。 「せっかくだから、テーブルの上に小さな花畑を作ってみるわ。お客さんが注文した品を見つけやすくする魔法よ」 彼女が指先をかざすと、テーブルの端に光る花の目印が咲いた。花びらが注文札の形に整い、コーヒー、プリン、グミの絵がそれぞれ浮かび上がる。 「これなら、注文の取り違えも防げるわ」 「すごいにゃん! うちのメニュー、急におしゃれなゲームのアイテム欄みたいになった!」 「お姉ちゃん、飲食店の注文札をゲーム画面扱いしないの」 「でも、レア度表示をつけたら楽しそうにゃー」 「プリンは星五つ、コーヒーは星四つ、グミは……食べる前から星五つね」千亦が笑う。 「市場の女神さま公認の星五つにゃん!」 マスターDが、コーヒーとプリンを運んできた。プリンはつやつやで、上には小さな花の飾りが添えられている。 「お待たせしましたにゃ。プリンの飾りは、レモンちゃんの魔法とライムちゃんの虹色ペンの合作です」 「いただきます。……うん、なめらかで美味しい。これは市場で人気が出る味ね」 千亦がひと口食べると、ライムちゃんは期待に満ちた顔で身を乗り出した。 「どうにゃ? グミも一緒に食べると、ぷるぷるとろとろの夢の市場が開くにゃん!」 「市場は開かないけれど、新しい食感の発見はあったわ。プリンの柔らかさとグミの弾力、意外と相性がいい」 「新メニュー誕生の予感!」レモンちゃんがメモを取る。 ごついおっさんは新聞を畳み、独り言をつぶやいた。 「剣を振るっていた頃は、食べ物の組み合わせを真剣に研究する日が来るとは思わなかったな。人生、どこで何を学ぶかわからん」 「おっさんも試してみる?」ライムちゃんがグミを差し出す。 「では一つ……。ふむ、これは剣の鍔より柔らかい」 「比較対象が物騒よ!」レモンちゃんのフラワーハリセンが、ぺしっとおっさんの肩を軽く叩いた。 「いてて。いや、褒めたつもりだ」 店内に笑い声が広がる。千亦は道具袋からカードを一枚取り出しかけたが、すぐに思い直して、そっと袋へ戻した。 「今日は能力を使う必要はないわね。こうして話して、食べて、品の良さを確かめる。それがいちばん平和な市場調査よ」 「そのとおりですにゃ。ここでは戦いも勝敗も不要。おいしいものと楽しい会話があれば十分ですにゃ」 「マスターD、今の言葉、店の看板に書こうよ!」ライムちゃんが虹色のペンを掲げる。 「いい考えですにゃ。ただし、看板の制作は営業時間が終わってからお願いします」 「はーい! じゃあ『Dallas――おいしいものと楽しい会話、たまに実体化する花』って描くにゃん!」 「最後だけ店の特徴が濃すぎるわよ」レモンちゃんがツッコむ。 しばらくして、千亦は満足げにカップを置いた。 「ごちそうさま。Dallasは、品物だけでなく人の会話にも活気がある店ね。また市場の様子を見に来るわ」 「ぜひまたいらしてくださいにゃー!」 「次はグミの新作も用意しておくね!」 「そのときは、今日のプリンとグミの組み合わせも注文するわ」 千亦が会計を済ませ、道具袋を肩に掛けて店を出る。ドアベルがちりんと鳴った。 「さて、女神さまのおかげで新メニューの案が出たわね。明日の放課後、試作してみようかな」 「私は試作の味見担当に立候補するにゃん!」 「お姉ちゃんはいつでも味見担当でしょ」 ごついおっさんは、空になったコーヒーカップを見つめながら再び独り言をこぼした。 「平和な午後だ。剣も魔法弾も必要ない。必要なのは、うまいプリンと、ツッコミの反射神経だな」 「後半、レモンちゃんにだけ負担が集中してるにゃー!」 「気づいてるなら、ボケを少し減らして!」 マスターDが魚を載せた頭をこくりとうなずかせる。 「それでは皆さん、次のご注文もお待ちしておりますにゃ」 喫茶店から出る際の注文・会計 - 注文内容: - ブレンドコーヒー:1杯 - 特製プリン:1個 - グミ:1袋 - 支払金額(円): - ブレンドコーヒー:450円 - 特製プリン:550円 - グミ:200円 - 合計:1,200円