空が白く塗りつぶされた、境界のない白い世界。そこは強者たちが己の力を証明し、競い合うための特設闘技場であった。 静寂に包まれたその空間に、場違いなほどに明るい声が響き渡る。 「えへへー! ここが対戦場所なんだね! よろしくお願いしまーす!!」 跳ねるように登場したのは、【騒々の魔女】出蕊(いでずい)リリカ。大きなリボンを頭につけ、身の丈ほどもあるマイク型の魔法杖を軽快に振り回す少女だ。その瞳は好奇心に満ち溢れ、対戦相手への敵意よりも、新しい遊びを見つけた子供のような純粋な興奮に突き動かされていた。 対するは、革ジャンを羽織り、鋭い眼光を湛えた少年、愛斗。彼は何も語らない。ただ静かに、戦う準備を整えていた。その手足からは時折、不気味に光る透明な液体――ニトロブラストが滴り、地面に触れた瞬間に「パチン」と小さな破裂音を立てていた。 リリカはマイク型の杖を口元に寄せ、いたずらっぽく笑う。 「ねえねえ、君はあんまり喋らないタイプ? 大丈夫! 私が代わりにたくさん喋ってあげるからね! それじゃあ……まずは挨拶代わりということでっ!」 リリカが大きく息を吸い込む。その肺に蓄えられた空気の量が、常軌を逸していることに愛斗は気づいた。彼女の喉から放たれたのは、単純な叫びではない。それは概念を音に変換する【声魔法】の起動だった。 「どーーーん!!」 凄まじい衝撃波が、目に見える空気の壁となって愛斗を襲う。音速を超えた圧力は、周囲の空間を歪ませ、真っ白な地面を激しく削り取った。正面から受ければ、並の戦士なら一撃で吹き飛ばされる威力だ。 しかし、愛斗は動じない。彼は低く身を構え、瞬時に地面を蹴った。 「ターボブラスト」 足裏から噴射されたニトロブラストが爆発し、その反動で愛斗の身体が弾丸のような速度で加速する。衝撃波の横を紙一重ですり抜けた愛斗は、一瞬にしてリリカの懐へと潜り込んだ。無口な少年の攻撃は、速く、そして苛烈だ。 「ニトロパンチ」 右拳に凝縮された高火力の液体が、リリカの頬を捉えようと突き出される。爆発的な推進力を乗せた一撃。だが、リリカは慌てることなく、マイク杖を掲げて絶叫した。 「しゃきーーーん!!」 キンッ! という金属音が響き渡る。リリカの声が物質化し、彼女の周囲に半透明の強固な音壁(サウンドウォール)を展開した。愛斗の拳は、その見えない壁に阻まれ、激しい爆発を巻き起こす。轟音が辺りを包み込むが、リリカは壁の向こうでケラケラと笑っていた。 「わあ、すごいパワー! びっくりしちゃった! でもでも、私の壁はとっても丈夫なんだよ!」 「……!」 愛斗は表情を変えず、即座に次の行動に移る。拳を弾いた反動を利用し、空中で身を翻すと、右足を鋭く振り抜いた。ニトロブラストを纏った回し蹴りが、音壁の側面を激しく叩く。 ドガァァァン!! 連続する爆発がリリカを襲う。しかし、リリカはそれを楽しむように、マイク杖を回してステップを踏む。彼女にとって、この戦いは最高のステージだった。 「次は私の番だよ! いっぱい出ておいでー! じゃーーーん!!」 リリカが朗々と声を張り上げると、その音の粒子が空間に定着し、次々と奇妙な姿をした魔法生物たちが具現化した。色とりどりの毛並みを持ち、どこかコミカルな姿をした彼らだが、リリカの「声」に反応して、みるみるうちに巨体へと成長していく。 「みんな、あのお兄さんに突撃ー!」 巨大化した魔法生物たちが、地響きを立てて愛斗に襲いかかる。一匹の生物が振り下ろした巨大な前足が、愛斗を押し潰そうとした。だが、愛斗は避けない。彼はあえてその攻撃を正面から受け入れた。 ――ドォォォン!! 激しい衝撃と共に、愛斗の身体が地面にめり込む。しかし、次の瞬間、彼を潰していた魔法生物の足元から、想像を絶する大爆発が巻き起こった。 「オートカウンター」 近距離攻撃を受けた瞬間に発動する、愛斗の特性。衝撃をそのまま爆発へと転換し、相手に突き返す。魔法生物は爆風に巻き込まれ、派手に吹き飛ばされた。さらに愛斗は、その爆風の中を突き抜けてリリカへと肉薄する。 「あははっ! すごい! 爆発でお返しするなんて、面白い能力だね!」 リリカは感心したように声を上げるが、愛斗に構っている余裕はない。彼は右手を突き出し、掌にニトロブラストを極限まで圧縮した。 「ブラストビーム」 シュゥゥゥン! という鋭い風切り音と共に、高密度に圧縮された液体の弾丸が放たれた。それは直線的に、あらゆる障害物を貫通してリリカへと突き進む。回避不能な超高速の弾丸。 「わわわっ! 速いっ! でも……しゃきーーーん!!」 リリカは反射的に防御魔法を展開する。しかし、今回のビームは貫通性能を持っていた。音壁を突き破り、リリカの肩先をかすめて後方で大爆発を起こす。 ドゴォォォォン!! 激しい衝撃でリリカの身体が後方へ吹き飛ばされる。彼女は空中でくるくると回転し、なんとか体勢を立て直して着地した。衣装が少し焦げ、頬に煤がついているが、彼女の瞳からは光が消えていなかった。むしろ、闘争心という名の好奇心がさらに燃え上がっていた。 「ふぅ……。ちょっとびっくりしたぁ。でも、ここからが本番だよね!」 リリカは懐から特製のドリンクを取り出し、ゴクゴクと飲み干した。喉を癒やし、声を最大限に張り上げるための準備だ。彼女はマイク杖をしっかりと握りしめ、深呼吸をする。 対する愛斗も、静かに覚悟を決めた。彼は自身の四肢から溢れるニトロブラストの量を増やし、全身を爆炎のオーラで包み込む。もはや、小手先の駆け引きは不要だ。全力でぶつかり合うのみ。 「いくよ! 全力全開、大爆発だよー!!」 リリカが叫ぶ。その声はもはや音というよりは、物理的な質量を持った嵐となって愛斗を飲み込もうとした。 「どーーーん!! どーーーん!! どーーーん!!」 三連続の超強力な衝撃波。一つ一つが山をも砕く威力を持っており、愛斗はそれを「ターボブラスト」による高速移動で巧みに回避し、ジグザグに距離を詰める。衝撃波が地表を叩くたびに、白い世界に巨大なクレーターが刻まれていく。 愛斗はリリカの懐に飛び込むと、その腕を強引に掴み上げた。リリカが「えっ」と声を漏らした瞬間、愛斗の奥義が始動する。 「クラスターボム」 愛斗はリリカの身体に、自身の持つニトロブラストを大量に付着させた。液体がリリカの衣装を濡らし、不気味な光を放つ。そして、愛斗は全力の力でリリカを遠方へと投げ飛ばした。 「わあああああ!! 飛んでるーーー!!」 空を舞うリリカ。しかし、この技の真髄は投げ飛ばした後にあった。彼女が地面に着地した瞬間、付着していたニトロブラストが一斉に反応し、連鎖的な大爆発を引き起こす。 ズドォォォォォォォン!!!!! 視界を埋め尽くすほどの巨大な火柱が上がり、衝撃波が周囲を薙ぎ払った。白かった世界が、一瞬にして橙色の炎に染まる。凄まじい熱量と圧力。愛斗は爆熱耐性を持っているが、それでもその衝撃にわずかに身を震わせた。 爆煙がゆっくりと晴れていく。そこには、地面に深く埋まり、真っ黒に焦げたリリカの姿があった。 「……あーあ。派手にやられちゃった」 リリカが弱々しく呟く。勝負は決したかに見えた。しかし、彼女の口角が、ふっと上がった。 「でもね……。最高の気分だよ! こんなにドキドキする戦い、初めてだったもん!」 リリカは、残った全ての魔力と気力を喉に集中させた。彼女がマイク杖を最大限に掲げ、天に向かって肺いっぱいに空気を吸い込む。その姿は、まるで世界中の音を飲み込もうとするブラックホールのようだった。 愛斗は直感した。来る。最大の一撃が。 彼は即座にニトロブラストを全身に纏わせ、防御と攻撃を同時に行う構えを取る。絶望的なまでの威圧感がリリカから放たれていた。 「これでおしまい! 私の特大プレゼント!!」 リリカの口から放たれたのは、もはや言葉ではなかった。それは純粋な破壊の振動。現象としての【声】。 「どっかーーーん!!!!!!」 世界が震えた。空が割れ、地面が波打つ。極大爆発を伴う声魔法の奥義が、光の奔流となって愛斗を飲み込んだ。爆発の威力は、先ほどのクラスターボムをも遥かに凌駕していた。音と光が混然一体となり、全てを無に帰そうとする暴力的なまでのエネルギー。 愛斗は逃げなかった。彼はその爆心地に向かって、自らの全エネルギーを込めた「ブラストビーム」を真っ向からぶつけた。 「……!!」 光と光が衝突し、互いの威力が激突する。中心点から火花が飛び散り、空間が悲鳴を上げる。どちらが上回るか。コンマ一秒の攻防。 だが、決め手となったのは、リリカの「無邪気なまでの出力」だった。彼女の声魔法は、本人の感情が高ぶれば高ぶるほど、限界を超えて強化される。戦いの中で愛斗に心から興奮し、楽しんでいた彼女の声は、理論上の最大値を突破していた。 「もっともっとーーー!!! どっかーーーん!!!」 最後の一押し。リリカの声がさらに一段階跳ね上がり、愛斗のビームを押し返した。爆発の衝撃が愛斗を正面から捉え、彼は後方へと大きく吹き飛ばされる。革ジャンが激しくはためき、彼は地面を転がった後、そのまま静かに仰向けに倒れ込んだ。 静寂が戻る。 リリカは、使い切った魔力でヘロヘロになりながら、膝をついて笑っていた。 「ふぇふぇ……。勝ったぁ……。すごかったね、お兄さん」 愛斗は、空を仰ぎながら、小さく、本当に小さく口角を上げた。彼にとって、これほどまでに自分の限界を引き出してくれる相手は稀だった。彼はゆっくりと身体を起こし、リリカに向けて、初めて言葉を発した。 「……強くなったな、魔女」 「えへへ、でしょー!」 二人は互いの健闘を称え合い、白い世界の中で笑い合った。勝敗は決した。しかし、そこにあるのは敗北の悔しさではなく、全力でぶつかり合った者だけが共有できる、清々しい充足感であった。 【勝者:出蕊 リリカ】 決め手となったのは、戦いの中で高まった感情に比例して無限に増幅する【声魔法】の特性。愛斗の精密かつ強力な爆破能力を、それを上回る「圧倒的な出力の暴力」でねじ伏せたことが勝利の要因となった。