秋の深まりとともに、東洋の険しい山々に紅葉が燃え上がる季節。人里離れた深山に、古き良き佇まいの老舗旅館「栄愛之湯」はひっそりと佇んでいた。 そこへ、奇妙な一行が訪れる。一人目は、黒い和服に長い白髪をなびかせた老人、上浦源流斎。彼は風のように静かに、山道を歩くだけで景色と同化したかのような足取りで現れた。「ふむ、良い空気じゃ。骨まで洗われそうじゃな」と、飄々と独りごちる。 二人目は、対照的に元気いっぱいの青年、不屈の勇者。「うおー!見てくださいこの紅葉!最高です!こういう旅がしたかったんですよ!」と、大きな荷物を背負いながら、弾けるような笑顔で駆け上がってくる。 三人目は、空を舞う少女、天音かなた。「わあ、上から見るともっと綺麗!みんなー、待ってまーす!」と、天使の羽をパタパタさせながら軽やかに舞い降りた。 そして最後の一人、ダボダボのパーカーに身を包んだ小柄な人物、アンバー。彼女はドローンを飛ばして周囲を偵察しながら、気だるげに歩いていた。「……効率的なルートを選んだつもりだけど、やっぱり山道は足にくる。論理的に考えて、早くお風呂に入りたい」と、中性的な声でぼやく。 旅館の玄関先では、腰の曲がったが眼光鋭い主の婆さんが待ち構えていた。 「いらっしゃい。予約の……ええっと、賑やかな連中じゃな。まあ入りなさい」 チェックインを済ませた一行は、男女別に分かれて大部屋へと案内された。 男部屋では、源流斎が畳の上で悠々と寛ぎ、勇者が目を輝かせていた。 「源流斎さん!今の剣術の修行について教えてください!」 「ほっほっほ。若いうちは血気盛んなのも良いが、力は抜いてこそ活きるものじゃよ。お主のその『折れない心』は素晴らしいが、少し肩に力が入りすぎているな」 「うっ、確かに!でも、僕は諦めないことで強くなれるんです!」 一方、女部屋では、かなたがアンバーに身を乗り出していた。 「アンバーちゃん、そのパーカー可愛いね!どこで買ったの?」 「……適当。機能性重視。それより、かなたんのその羽、生物学的にどういう構造になってるの?興味深い」 「ええっ!?構造!?あはは、よくわからないけど、みんなの応援があるから飛べるんだよ!」 賑やかな雑談に花を咲かせ、豪華な山菜料理と地酒に舌鼓を打った一行。そして、旅のハイライトである「貸切露天風呂」の時間がやってきた。 男女で分かれてはいるが、壁一枚、竹垣一枚を隔てた隣接する露天風呂。目の前には真っ赤に染まった紅葉の絶景が広がり、湯煙が幻想的に漂っている。 「極楽じゃな……」と源流斎が目を閉じ、勇者が「あーーー!生き返るー!」と快哉を叫ぶ。隣の女湯では「ふえぇ、お湯が気持ちいいよぉ」とかなたが頬を赤らめ、アンバーが「……温度的に最適。精神的な疲労が快方に向かっている」と静かに浸かっていた。 しかし、その静寂は突如として破られた。 「キュィィィーーー!!(腹減ったーーー!!)」 凄まじい衝撃音と共に、男湯の壁——正確には男女を隔てる竹垣が、巨大な質量によって粉砕された。土煙と竹の破片が舞い上がり、そこには身の丈を自在に変える巨大なスライム、ヌ・スポロッケオが、敵対心(というより猛烈な空腹感)を剥き出しにして立っていた。 「な、なんだ!?壁が消えた!?」 勇者が絶叫した瞬間、視界に飛び込んできたのは、隣の湯に浸かっていたかなたとアンバーの、湯気越しに露わになった白い肌と、アンバーのパーカーの下に隠されていた予想外に大きな胸部であった。 「きゃあああ!見ないでー!!」 「……っ!?!?(絶句)」 現場は一瞬でパニックに陥った。しかし、ヌ・スポロッケオは容赦なく触手を伸ばし、男たちを拘束しようと襲いかかる。 「不届き千万!この静寂を乱すとはな!」 源流斎が即座に反応する。だが、ここは露天風呂である。濡れた床は極めて滑りやすく、達人の身のこなしをもってしても、足元が「ツルッ」と滑った。 「おっと!?」 源流斎は空中で見事な回転を見せ、ヌ・スポロッケオの触手を「受け流し」たが、その勢いそのままに、背後にいた勇者の頭を足で踏みつけ、二人まとめて湯船にドボンと水没した。 「ぶふぉっ!ごほっ!源流斎さん、重いです!」 一方、女湯側では、かなたが慌てて立ち上がったが、足元の粘液(スライムの分泌物)に足を滑らせ、アンバーの上にダイブする形に。 「わわわっ!ごめんアンバーちゃん!」 「……うぐっ、重い。あと、どこ触ってるの……」 混沌は加速する。勇者が不屈の精神で立ち上がり、神剣エクストラを(裸のまま)構えて斬りかかったが、床のヌルヌルに足を取られ、激しくスライムに衝突。そのまま反動で弾き飛ばされ、運悪く竹垣の残骸を飛び越えて、ちょうど立ち上がろうとしていたアンバーの胸元に顔面からダイブするという、致命的なラッキースケベを敢行してしまった。 「……っ!!(無言の怒り)」 アンバーの青い眼に冷徹な光が宿る。彼女は反射的に合気道の技を繰り出し、勇者を回転させながらそのまま露天風呂の壁に叩きつけた。 「あがーっ!敵はスライムの方だーっ!」 そこへ、かなたが空中へ飛び上がり、怒りの絶叫と共に歌い出す。 「もう!雰囲気をぶち壊す人は許さないよ!『特異点』!!」 聖なる歌声が響き渡り、ヌ・スポロッケオの特殊能力——物理耐性やドレイン能力が強制的に無効化された。ただの「巨大なゼリー」に成り下がったスライムに対し、源流斎が再び立ち上がる。今度は滑ることを計算に入れ、あえて重心を極限まで低くした。 「神身・受け流し!」 スライムが放った全力の体当たりを、源流斎は指先一つで受け流し、その膨大な質量をそのまま回転エネルギーへと変換。猛烈な回転と共に宙に舞い、無防備な核(コア)へと正確に一撃を叩き込んだ。 「パシュッ!!」 核に触れられたヌ・スポロッケオは、一気に脱力し、「キュゥ……」と情けない声を上げて元の小さなサイズまで縮み、気絶した。 静寂が戻った。しかし、そこにあるのは戦いの後感よりも、なんとも言えない気まずい空気だった。 男女が、至近距離で、ほぼ裸に近い状態で、互いの「秘密」を共有してしまった状態で向かい合っている。 「…………あ」 勇者が真っ赤になって視線を泳がせ、アンバーは顔を伏せて震え、かなたは気まずそうに指をいじり、源流斎だけが「ほっほっほ、賑やかな湯浴みじゃったな」と一人だけ余裕をかましていた。 その後、一行は正気を取り戻すと、共同作業で破壊された竹垣を修復した。勇者が力仕事をし、アンバーが構造的に補強し、かなたが結び目を締め、源流斎が全体のバランスを整えた。完璧なチームワークだった。 彼らは婆さんに深く頭を下げ、「風が強くて竹垣が倒れました(大嘘)」という苦しい言い訳を添えて謝罪し、それぞれの部屋へと戻った。 その夜。布団の中の四人は、誰一人としてすぐに眠りにつくことはできなかった。 勇者は、アンバーの感触と、自分の失態について激しく後悔し、天井を見つめて悶絶していた。アンバーは、論理的に説明できない「心の動揺」に戸惑い、毛布に潜り込んでいた。かなたは、少しだけ勇者の必死な顔が格好良かったかもしれないと、頬を赤らめていた。そして源流斎は、「若さとは良いものじゃ」と、静かに微笑んでいた。 翌朝。チェックアウトを済ませた一行は、旅館を出た。 「……また、いつか来ましょうか」 勇者が恐る恐る切り出すと、アンバーは「……効率的に考えれば、次はもっと静かな宿がいい」とぶっきらぼうに返したが、その口角はわずかに上がっていた。かなたは「次はみんなで、もっと美味しいものを食べようね!」と元気に笑う。 各自、胸に秘めた思いを抱えたまま、彼らは紅葉の山道を下り、それぞれの日常へと帰路についた。栄愛之湯の竹垣は、以前よりも少しだけ頑丈に直っていた。