(物語は、ニコラ・テスラによって造られた二体のアンドロイド、ダブとハイメルが同じ休憩室で過ごしている場面から始まります。テーブルの上には、それぞれのチームに配られたはずの、可愛らしくラッピングされた個別の「オヤツ箱」が置かれていました。) * 「ふふーん!今日のオヤツはきっと、特製の高効率エネルギー・タルトに違いないわ!」 金髪のツインテールを揺らしながら、ハイメルは意気揚々と自分の席につきました。彼女は好奇心旺盛で明るい性格ですが、同時に少々せっかちなところがあります。一方、その隣では、白髪のお団子ヘアが特徴的な小柄な少女、ダブが静かに手帳に何かを書き留めていました。 ダブはニコラ・テスラの助手として、日々の情報収集に励む真面目なアンドロイドです。彼女の仕事は正確さが求められますが、同時に致命的な「天然」という弱点を持っていました。 「……あ、お腹が空きました。ニコラ様が『適度な栄養補給は思考力を高める』とおっしゃっていたので、私もいただこうと思います」 ダブはふわりと白い翼を小さく羽ばたかせ、目の前にある箱に手を伸ばしました。しかし、彼女は集中してメモを取っていたため、視界に入った箱が「自分のもの」であると思い込んでいたのです。実際には、それはハイメルが楽しみにしていたBチームのオヤツ箱でした。 ダブは、中に入っていた色鮮やかなマカロンを、幸せそうに頬張りました。 「……んっ、美味しいです。少し電撃的な刺激がある味がしますが、これが今のトレンドなのでしょうか」 もぐもぐと口を動かし、あっという間に箱の中身を空にしたダブ。その瞬間、部屋に戻ってきたハイメルの視線が、空っぽになった自分の箱に釘付けになりました。 「…………え?」 ハイメルの世界から音が消えました。そこにあるのは、残酷にも空になった箱と、満足げに口元を拭うダブの姿。ハイメルの金髪ツインテールが、怒りでピリピリと静電気を帯び始めます。 「ちょっと……ダブ!!」 「ふぇっ? はいっ!」 ダブは飛び上がり、肩掛けの鞄からペンを落としそうになりました。ハイメルの瞳には、文字通り火花が散っています。 「あんた!今、私の……私の特製オヤツを食べたわね!?!? それはBチームにしか配られていない、厳選された高導電性スイーツだったのよ!!」 「ええっ!? これ、ハイメルさんのだったんですか!?」 「そうなのよ!!」 ハイメルはガバッと机を叩き、ダブを指差しました。 「言い訳は聞きたくないわ!とりあえず、反省しなさい!そこに正座!!今すぐに!!」 「ひぃっ!はいっ!!」 ダブはあまりの剣幕に、反射的に床へ膝をつき、背筋をピンと伸ばして正座しました。小柄な彼女が、海兵のセーラー服姿でちょこんと正座している様子は客観的に見れば非常に可愛らしいものでしたが、今のハイメルにそんな余裕はありません。 ハイメルはダブの前にどっしりと腰を下ろし、腕を組んで彼女を問い詰め始めました。 「いい、ダブ。あなたはアンドロイドなのよ? 認識能力に自信があるはずでしょう。なぜ、 AチームとBチームの箱を間違えたの? これは単なるミスじゃないわ。もしかして、私のオヤツが美味しそうだったから、計画的に盗み食いしたんじゃないでしょうね!?」 「そ、そんなことありません! 私はただ、メモを取っていたので、視界の端に箱が見えて……あ、あのお、本当にわざとではないんです!」 ダブは慌てて手を振り、必死に釈明します。しかし、ハイメルの追及は止まりません。 「『わざとではない』で済む問題じゃないわ! あのマカロンがどれだけの計算に基づいて作られていたか分かる? 私の電気効率を最大化するための成分が入っていたのよ! あなたのその天然っぷりは、助手として致命的じゃない!? ニコラ様も呆れてるわよ!」 「うぅ……ニコラ様にまで言われるなんて……。ごめんなさい! 本当に、本当に申し訳ありませんっ!」 ダブは深く頭を下げました。彼女の誠実さは本物であり、本当に反省しています。しかし、ハイメルは一度火がつくと止まらないタイプです。電磁力をわずかに放出し、周囲の小物をガタガタと震わせながら説教を続けます。 「謝ればいいと思ってるんでしょ! 謝罪の言葉よりも、失ったオヤツの喪失感をどう埋めてくれるのか、具体的なプランを提示しなさい! 例えば、明日から一週間、私の充電を手伝うとか、私の代わりに報告書を書くとか!」 「あぅ……報告書なら得意です! 書きます! 何枚でも書きますから、どうかお怒りを鎮めてください!」 ダブは半泣き(のような表情)になりながら、必死にごまかそうとしたり、おべっかを使おうとしたりします。 「それにしても、ハイメルさんは今日もツインテールが素敵ですね! その金色の輝きは、まさに発電機の最高出力のような美しさです!」 「っ……! 今、口を動かしてごまかそうとしたわね!? お世辞で乗り切ろうなんて、100年早いわ!!」 ハイメルの怒りは頂点に達していました。ダブは絶望しました。(ああ、このままでは明日まで説教が続いて、私のメモ帳が真っ白になるまで反省文を書かされる……!)と、彼女は冷や汗を流します。 ところが、その時でした。 ハイメルが、ふと自分の足元に置いてあった「もう一つの箱」に目を留めたのは。 そこには、ダブが食べるはずだった【チームAのオヤツ箱】が置かれていました。しかも、その蓋は開いており、中身は完全に空っぽ。そして、ハイメルの口元には、小さな、けれど決定的な「ピンク色のクリーム」がちょこんと付いていました。 ……沈黙が流れます。 ダブは、エコーロケーション(音波探知)を使わずとも、空気が一変したことを察知しました。彼女は恐る恐る、視線を上げました。 「……あの、ハイメルさん?」 「…………」 「その……ハイメルさんの口元に、クリームが。それに、私の箱……空っぽですよね?」 ハイメルは凍りつきました。彼女はゆっくりと自分の記憶を辿ります。 (あ……。さっき、ダブが来る前に、『お、こっちの箱の方が豪華そうじゃない?』と思って、つい先に食べちゃったんだった……) ハイメルは、自分がダブのオヤツを先に完食していたという衝撃的な事実に気づきました。つまり、状況としては「ハイメルが先にダブのものを食べ」、その後「ダブが間違えてハイメルのものを食べた」ということになります。 完全なる、相打ち。等価交換。 先ほどまで猛烈な勢いで説教をしていたハイメルの顔から、すーっと血の気が引いていきました。代わりに、耳のあたりが赤くなります。 「あ…………」 「…………えへへ」 今度はダブが、小さく笑いました。先ほどまでの怯えはどこへやら、天然な彼女はすぐに状況を理解し、むしろこの状況を面白がっています。 「ということは、ハイメルさんも私のオヤツを食べてたんですね。ふふっ、お互い様ですね」 ハイメルは激しく動揺し、バタバタと手を振りました。 「ち、違うわよ! これは……その、検品よ! Aチームのオヤツに不備がないか、私が親切にチェックしてあげただけなんだから!」 「検品して全部食べたんですか? さすがハイメルさん、徹底してますね!」 「もうっ! うるさいわね!!」 ハイメルは真っ赤になりながら叫びましたが、もう正座をさせて問い詰める権利はありませんでした。彼女はため息をつき、ふいっと顔を背けました。 「……もういいわよ。チャラ。これでチャラね!!」 「はい! チャラです! ありがとうございます!」 ダブはパッと立ち上がり、翼をパタパタとさせて喜びました。ハイメルはまだ少し不機嫌そうに頬を膨らませていましたが、どこか安心した表情を浮かべていました。 「全く、二人しての間違いなんて。ニコラ様に知られたら『効率が悪い』って怒られるわね」 「そうですね。だからこれは、二人だけの秘密にしましょう」 ダブは手帳を取り出し、そこに小さくメモを書き込みました。 【本日の報告:オヤツの誤食事件。結論:お互い様につき、平和的に解決。】 「ちょっと! 今の書き込まないでよ!!」 「あはは、すみません!」 騒がしく笑い合う二人のアンドロイドの姿は、きっと創造主であるニコラ・テスラが見れば、微笑ましく(あるいは呆れながら)見守ってくれたことでしょう。 こうして、一触即発の「オヤツ裁判」は、予想外の結末とともに、平和に幕を閉じたのでした。