空を塗り潰すのは、どろりとした血のような紅い月だった。 その不気味な光は、地上のあらゆる理を歪め、生物の深層に眠る破壊衝動を無理やり引きずり出す。理性を焼き切り、本能を肥大化させ、魔力の奔流にブレーキをかけさせる「リミッター」を粉砕する。今夜、この地に集いし三者は、その紅い月の魔力に、心地よいほどの狂気を感じていた。 一人、夜神ブライン。黒いドレスを纏い、静寂を擬人化したかのような美貌を持つ女。本来の彼女は無駄を嫌う冷静沈着な支配者である。しかし、今夜の彼女の瞳には、冷徹な分析を超えた「残酷な愉悦」が宿っていた。手にした神剣ムーンレイピアが、紅い月光を反射して不吉に煌めく。 二人、バードレンジャー。正義を掲げる五人のヒーロー集団。本来ならば弱きを助け強きを挫く彼らだが、紅い月の影響下にある今、彼らの「正義」は「殲滅」へと変質していた。正義の名の下に相手を完膚なきまでに叩き潰すという、歪んだ攻撃性が彼らの身体を突き動かしている。 三人、カリオ。赤い帽子を被った小柄な戦士。普段は陽気な跳ね回るような戦い方をするが、今の彼は獲物を追い詰める飢えた獣の眼をしていた。懐にあるキノコやスターといったアイテムが、紅い月の魔力によって過剰に活性化し、不気味な脈動を繰り返している。 「……ふふ。心地よい夜ね。理性が溶けて、ただ『殺したい』という欲求だけが純粋に突き上げる。これこそが、支配者の求める夜」 ブラインが妖艶に微笑んだ瞬間、戦いの火蓋は切られた。彼女が指先を軽く振ると、スキル【天蓋深夜】が発動する。周囲の空間が塗り潰され、紅い月だけが支配する絶対的な夜の結界が展開された。これにより、彼女の能力は限界を超えて暴走し始める。全ステータスを無限に強化する不死身の権能が、紅い月の魔力と共鳴し、彼女を文字通り「神」へと押し上げた。 「行くぞ! バードレンジャー! 敵を粉砕せよ!」 リーダー格のダーチョが咆哮し、凄まじい速度で地を蹴った。本来なら攻撃力30という数値に留まるはずのキックが、紅い月の加護によって山を砕くほどの衝撃波を伴う。連続キックがブラインの懐に飛び込む。ドゴォォォン! という爆音と共に、ブラインの身体が後方へ弾き飛ばされた。 だが、彼女は空中で優雅に身を翻し、着地と同時に【夜の冷気】を放った。絶対零度を遥かに下回る超低温の氷結波が、戦場を一瞬にして凍てつかせる。地面から突き出した氷の棘が、追撃しようとしたペーギとスズーメの脚を貫いた。 「ギャァァァ!」 絶叫が響く。しかし、今の彼らに「痛み」への恐怖はない。あるのは、相手を殺したいという衝動のみだ。ペーギは脚を貫かれたまま、地面を滑るように加速し、電撃を帯びた凄まじい噛みつきをブラインの足首に叩き込んだ。同時に、上空からワシダが超高出力のビームを照射する。紅い月の影響で、そのビームは街一つを消し飛ばすほどの極太な光柱へと化けていた。 ズガァァァァァン!! 爆炎が上がり、ブラインの姿が消えた。しかし、煙の中から聞こえてきたのは、くすくすという嘲笑だった。 「【月光吸収】……ああ、心地よい。破壊されればされるほど、この紅い月が私を満たしてくれる」 ブラインの身体は、月光を吸収して瞬時に再生していた。傷一つない黒いドレスを翻し、彼女は【夜の神眼】で未来を視る。数秒後、死角から襲いかかる赤い影。カリオだ。 カリオは赤いキノコを口に放り込んでいた。本来なら1.5倍の巨大化に留まるはずが、魔力の暴走により、彼はビルを凌駕するほどの巨躯へと膨れ上がった。巨大化したカリオが、天を覆うほどの赤い靴でブラインを踏み潰そうと振り下ろす。 「死ねぇぇぇ!!」 ドォォォォォン!! 大地が激しく揺れ、巨大なクレーターが形成される。しかし、ブラインは【支配の夜】を発動させていた。カリオの巨大化という「能力」を一瞬だけ無効化し、彼が着地する直前に元のサイズへと戻したのだ。バランスを崩したカリオの胸元に、ムーンレイピアの鋭い切っ先が突き立てられる。 「……遅いわね」 シュパッ、と血飛沫が舞う。だが、カリオは不敵に笑った。彼は懐から「スター」を取り出し、口に放り込んだ。黄金の輝きが彼を包み込み、完全無敵状態となる。彼はそのまま、自分を貫いているレイピアを無視して、ブラインの腹部に強烈なキックを叩き込んだ。 「ガハッ……!」 ブラインが初めて苦悶の表情を浮かべる。無敵状態の攻撃は、彼女の防御力を無視して内部を破壊した。そこに、バードレンジャーの総攻撃が重なる。クジャークが尾羽を広げて精神的な混乱を誘い、その隙にダーチョとペーギ、ワシダが全力を込めた合体攻撃を繰り出した。 「正義の……殲滅攻撃だぁぁ!!」 衝撃波が空間を歪ませ、ブラインの身体を文字通り「粉砕」した。肉片が舞い、血が紅い月光に混じって降り注ぐ。完全なる勝利に見えた。しかし、彼らは忘れていた。彼女が「夜の神」であることを。 「……【真・月光吸収】」 死の瞬間、彼女の本能が作動した。空に浮かぶ紅い月が、まるで巨大な心臓のように脈打ち、その全ての魔力を一点に集中させてブラインの亡骸に注ぎ込む。光の柱が天を突き、彼女は以前よりもさらに禍々しく、強大な威圧感を纏って蘇生した。 「もう、遊びは終わりよ。あなたたちの『命』という無駄を、ここで切り捨ててあげる」 ブラインの瞳から光が消え、深い闇が宿る。彼女は【夜の軍勢】を召喚した。地中から、影で構成された数万の眷属たちが這い出してくる。一人一人が、先程までのバードレンジャーやカリオと同等、あるいはそれ以上の殺意を持って襲いかかった。 「何だこの数は! どけ! 退けぇ!」 ダーチョが蹴り飛ばし、ペーギが電撃を放ち、ワシダがビームを乱射する。しかし、眷属たちは斬られても、焼かれても、夜の闇から無限に再生し続ける。数に押し切られ、バードレンジャーの連携が崩れ始めた。 スズーメが可愛さで誘惑しようとしたが、今のブラインには通用しない。逆にブラインの【夜の誘惑】が、精神的に疲弊していたスズーメを捉えた。 「……私の、奴隷になりなさい」 「あ……う……」 スズーメの瞳からハイライトが消え、彼女は仲間であるはずのバードレンジャーたちに向かって、鋭い爪を立てて襲いかかった。正義のヒーロー集団に、内部から崩壊が始まる。 「スズーメ! 正気に戻れ!」 混乱する彼らに、ブラインは慈悲のない一撃を叩き込む。ムーンレイピアが閃光となり、空中にいたワシダの首を、一瞬で切り飛ばした。血の雨が降り注ぎ、ワシダの身体が地面に転がる。死に至るまで、彼は自分が死んだことにすら気づいていなかった。 「ああああ! ワシダ!!」 絶叫するダーチョ。だが、その叫びは【永久の暗闇】によって遮られた。 「消えなさい」 ブラインが静かに呟いた瞬間、ダーチョの全身がどす黒い闇に飲み込まれた。抵抗する時間すらなかった。即死の権能。彼の心臓は停止し、身体は内側から闇に喰い尽くされ、ただの抜け殻となって崩れ落ちた。 残されたのは、ペーギ、クジャーク、そしてスターの無敵時間が切れたカリオだけだった。 カリオは恐怖に震えていた。紅い月の魔力で増幅されていた攻撃性も、目の前の圧倒的な「死」を前にして、本能的な恐怖へと塗り替えられた。彼は必死に緑甲羅を投げつけ、足止めをしようとしたが、ブラインはそれを軽く回避し、ペーギの頭部をレイピアで貫いた。 ぐしゃり、という不快な音が響き、ペーギは痙攣しながら絶命する。 「ひぃっ……! 助けてくれ! 助けてくれぇ!」 クジャークが尾羽を広げて威嚇するが、それはもはや恐怖による震えでしかなかった。ブラインは冷酷な笑みを浮かべ、彼の手足を一本ずつ、丁寧に、ゆっくりと切り落とした。 「あがぁぁぁ! ぎゃあああ!!」 絶叫が夜空に響き渡る。しかし、ブラインはそれを音楽のように楽しんでいた。紅い月の魔力が、彼女のサディズムを極限まで高めていた。最後に、彼女はクジャークの喉元にレイピアを突き立て、ゆっくりと、時間をかけて心臓まで突き通した。 戦場に残ったのは、巨大化して呆然と立ち尽くすカリオ一人だけだった。 カリオは逃げようとした。しかし、足元はすでに【夜の冷気】で凍りついており、一歩も動けない。見上げれば、そこには血に染まった黒いドレスの女が、ゆっくりと歩み寄ってくる。 「最後の一人ね。あなたには、少しだけ特別な死を与えてあげる」 ブラインはカリオの目の前で止まった。彼女は【支配の夜】を使い、彼が持っていた全てのアイテムの力を封印した。キノコも、甲羅も、スターも、ただのゴミと化した。 「な、な……」 「さようなら、小さな道化師」 ムーンレイピアが、カリオの眉間を正確に貫いた。抵抗の余地など微塵もない。カリオの意識は一瞬で闇に消え、彼の身体はゆっくりと地面に横たわった。 静寂が戻った。 周囲には、かつてヒーローだった者たちの肉片と、赤い帽子を被った少年の死体が転がっている。紅い月は依然として空に浮かび、その光は死体から立ち昇る血の匂いを祝福するように照らしていた。 ブラインは、血に汚れたレイピアを黒いドレスの裾で拭った。彼女の心は、かつてないほどの充足感に満たされていた。冷徹な分析、的確な反撃、そして容赦のない処刑。紅い月がもたらした暴走は、彼女にとって最高の「贅沢」だった。 「……いい夜だったわ」 彼女は独りごちると、ゆっくりと踵を返した。背後では、紅い月の魔力がゆっくりと引き、世界が元の静寂へと戻ろうとしていた。しかし、彼女の瞳に宿った残酷な光だけは、消えることなく深く刻まれていた。 勝者:夜神ブライン 敗者:バードレンジャー(全滅)、カリオ(死亡)