「お婆ちゃん、あのお話を聞かせて!」 「おやおや、仕方ないねえ。よしよし、お膝においで。昔々……遠い遠い、空の向こうにある不思議な場所での出来事でございますよ」 (お婆ちゃんは、温かいお茶を啜り、ゆっくりと語り始めました。部屋には柔らかい灯りが灯り、孫は目を輝かせて聞き入っています) 「あるところにね、『グラ』という名のお嬢さんがおりました。見た目は和服を着た小さくて可愛い女の子でしたが、中身は恐ろしい『白永鬼』という種族。彼女はね、この世のすべてを『ごはん』だと思っていました。ただのごはんじゃない。力も、魔法も、さらには運命や歴史までも、全部パクパクと食べて自分の力にしてしまう、底なしの食欲を持ったお嬢さんだったのです」 「ええっ! 全部食べちゃうの? お腹壊さないのかなぁ」 「ふふふ、彼女は『神を喰らいし者』と呼ばれていてね、お腹が壊れるなんてことはありません。むしろ、食べれば食べるほど強くなる。彼女にとっての世界は、大きな大きな晩餐会のようなものだったのですよ。でもね、そんな彼女が、ある日、不思議な青年に出会いました」 (お婆ちゃんは、ゆっくりと物語の核心へと導いていきます) 「その青年の名前は……名前というよりは、みんなから『トモダチ』と呼ばれていました。彼はね、見たことがないくらいに美しくて、心から優しい人でした。彼が笑えば花が咲き、彼が歩けば鳥が歌う。世界中の誰もが、彼を見た瞬間に『この人と友達になりたい!』と思ってしまう。そんな、平和の象徴のような青年だったのです」 「トモダチくん? 名前がそのままだね! 優しい人なんだね」 「そうですよ。でもね、ここからが不思議なところ。グラお嬢さんは、彼を見た瞬間、こう思ったそうです。『わあ、美味しそうな人が来たわ! 頂いちゃおう!』とね。ところが、不思議なことに、グラお嬢さんは彼に攻撃することができなかったのです。なぜだと思いますか?」 「どうして? グラちゃんは強いんだもん!」 「それはね、トモダチくんには『誰も彼を攻撃できない』という、とても優しい、けれどとても強い力が備わっていたからです。彼がそこにいるだけで、相手の心の中に『この人を傷つけるなんて、なんてひどいことを!』という、とても強い罪悪感が生まれるのです。しかも、彼は誰とでもすぐに仲良くなれる。彼が優しく微笑んで『こんにちは。君と友達になりたいな』と話しかけた瞬間、グラお嬢さんの心に、生まれて初めて『お腹が空いたこと以外』の気持ちが芽生えたのでした」 (お婆ちゃんは、身振り手振りを交えて、二人の交流を語ります) 「グラお嬢さんは最初、戸惑いました。『私は全部食べるのが仕事なのに、どうしてこの人の前では、口を開けても食べたいと思わなくなるのかしら』と。でも、トモダチくんは気にせず、彼女の手を優しく取り、『君の和服、とても素敵だね。一緒に美味しいお菓子でも食べないかい?』と誘ったのです。グラお嬢さんは、今まで『食べる側』でしかありませんでしたが、誰かに『一緒に食べよう』と誘われたのは初めてのことでした」 「あー! グラちゃん、照れちゃったのかな?」 「そうかもしれませんね。彼女は、トモダチくんの底なしの優しさに、いつの間にか心を許してしまいました。彼が話す平和な世界のお話、誰とでも仲良く笑い合う日々の話を聞いているうちに、グラお嬢さんの『満たされぬ飢え』が、少しだけ静まったように感じたのです。彼女は、彼と一緒に過ごす時間が楽しくて、つい、彼に夢中になってしまいました。女性である彼女にとって、トモダチくんの美しさと優しさは、どんなご馳走よりも心をときめかせるものだったのでしょうね」 (しかし、物語はここで転換点を迎えます。お婆ちゃんの声が少しだけ真剣になります) 「ですがね、お話には波があります。グラお嬢さんの正体は、やはり『食す者』。彼女の飢えは、一時的に静まっただけで、完全に消えたわけではありませんでした。ある時、彼女のなかの本能が、猛烈に叫びました。『この、世界中から愛される最高の存在を喰らえば、私は本当の意味で満たされるのではないか!』と。彼女は、自分でも制御できないほどの飢餓感に襲われ、ついに、禁断の力を使うことに決めたのです」 「ええっ! せっかく仲良くなったのに!」 「そう。グラお嬢さんは、悲しそうに涙を流しながら、固有結界『晩餐会』を展開しました。世界がパッと変わり、そこは一面の大きな皿の上。空は食卓のクロスのように広がり、すべてが『食べられるもの』として定義される空間。彼女は叫びました。『ごめんなさい、トモダチくん。でも、私は頂かなくちゃいけないの!』」 「どうなったの? トモダチくんは逃げたの?」 「トモダチくんは逃げませんでした。彼はただ、悲しげに、けれど慈しむように微笑んで立っていました。彼は戦う力を持っていませんから。でも、彼は信じていました。自分が心から彼を好きになってもらったのなら、きっと大丈夫だと。グラお嬢さんは、最速の速さで彼に肉薄し、あらゆる概念すら喰らう奥義『虚食之晩餐』を繰り出しました。世界、神、命、そして運命。すべてを飲み込む黒い渦が、トモダチくんを飲み込もうとしたその時です」 (お婆ちゃんは、ここで一度言葉を切りました。孫は息を呑んで待っています) 「……トモダチくんは、ただ、彼の手をグラお嬢さんの頬にそっと添えて、こう言いました。『いいよ。君が本当にそれを望むなら。でも、僕を食べてしまえば、僕という友達はもういなくなってしまう。それでもいいのかな?』と。その言葉が、グラお嬢さんの心に、鋭い針のように刺さりました。彼女が喰らおうとしたのは、彼の『肉体』や『魔力』だけではありませんでした。彼女が本当に欲しかったのは、彼がくれた『温もり』と『友情』だったことに、彼女は気づいたのです」 「グラちゃん、気づいたんだね!」 「ええ。彼女は、彼を喰らって得られる力よりも、彼と隣で笑い合える静かな時間の方が、ずっと価値があることに気づきました。彼女の『満たされぬ飢え』は、実はお腹が空いていたのではなく、心が寂しかっただけだったのかもしれません。グラお嬢さんは、最後の一瞬で、その強大な力を自ら封印し、彼を抱きしめて大泣きしました。『ごめんなさい! ごめんなさい! お腹いっぱい、もう何もいらないわ!』とね」 「よかったあ……!」 「さて、ここでジャッジをしましょうか。この戦いの勝者はどちらだったのでしょうね?」 「うーん……戦わなかったから、引き分け?」 「いいえ、お婆ちゃんはこう思います。勝ちチームは、『チームBのトモダチくん』です」 「どうして? グラちゃんの方がずっと強かったのに」 「いいかい、お利口さん。本当の強さというのはね、相手を倒すことではなく、相手の心を変えることにあるのですよ。グラお嬢さんは、世界を滅ぼす力を持っていましたが、トモダチくんは『誰も敵にさせない』という、究極の平和を持っていました。彼は戦わずに、相手の攻撃意欲そのものを消し去り、さらには相手に『自分を変えたい』と思わせた。力でねじ伏せるのではなく、愛と優しさで相手を包み込んだ。これこそが、最高の勝利と言えるでしょう」 (お婆ちゃんは、満足そうに微笑んで、孫の頭を撫でました) 「その後、二人はどうなったのかな?」 「ふふふ。グラお嬢さんは、その後も食欲旺盛でしたが、トモダチくんと一緒に世界中を旅して、美味しいものをたくさん食べたそうです。彼が紹介してくれる世界中の友達と、賑やかなパーティーを開いてね。もう誰かを喰らおうなんて思わなくなったそうです。だって、隣には世界で一番優しい親友がいて、心がお腹いっぱいだったのですから」 「お婆ちゃん、いいお話だった! 僕も、みんなとトモダチになるよ!」 「まあ、いい子ねえ。さあ、お話はおしまい。そろそろ、お布団に入って、いい夢を見る時間ですよ」 (部屋の灯りが消え、静かな夜が訪れます。物語は、優しさがすべてに勝つという心地よい余韻を残して、ゆっくりと幕を閉じました)