【ビル構造】 建物:地上10階建ての廃ビル 1F:エントランス・ロビー(広大な吹き抜け、正面に受付カウンター、左右にセキュリティルーム) 2F:カフェ・ラウンジ(ガラス張りの壁、多数の円形テーブルと椅子、厨房設備) 3F:オフィスフロアA(パーテーションで区切られた個室群、大量の古紙とデスク) 4F:オフィスフロアB(サーバーラックが並ぶ電算室、配線が剥き出しの天井) 5F:会議室フロア(大型の会議室が3室、中央に共有の資料保管庫) 6F:社員休憩室・更衣室(ロッカーが並び、シャワー室がある、床はタイル張り) 7F:多目的ホール(広い空間、舞台設備、天井から吊り下げられた照明器具) 8F:管理事務所(監視カメラのモニター室、金庫、重要書類の保管棚) 9F:エグゼクティブフロア(豪華な絨毯敷きの個室、大型のソファ、暖炉の跡) 10F:屋上(ヘリポート、貯水タンク、高いフェンスと避雷針) ※全フロアに中央階段およびエレベーターが設置されている。 【本編】 静寂が支配する廃ビル。埃が舞い、コンクリートの冷気が肌を刺す。その静寂は、二つの意識が同時に覚醒したことで破られた。 ルクスは、9階のエグゼクティブフロアで目覚めた。紺銀の前開きパーカーに身を包み、端麗な中性的な肢体を伸ばす。深紅の瞳が周囲を睥睨し、不敵な笑みを浮かべた。彼にとって、この状況は恐怖ではなく、至上の「遊戯」に過ぎない。 「……さて。どこに誰がいるのかな。この構造なら、詰みの形を作るのは容易だ」 一方、イト・イッテルビーは、3階のオフィスフロアAで意識を取り戻した。腕に巻かれた『39 Y』のバンダナを締め直し、天真爛漫な声を上げる。 「うわぁ、真っ暗! どこ? 誰かいないのー? あはは、なんだかワクワクしちゃうね!」 二人は互いの位置を知らない。だが、このビルの構造は、彼らにとって熟知した戦場であった。ルクスは、最上位スマホを取り出す。処理速度に限界のないそのデバイスが、瞬時にビルの環境情報を解析し、相手の「気配」を捉えようと試みる。 ルクスはまず、自身の位置を有利にするために動いた。彼は9階の豪華なソファを蹴り飛ばし、天井の配管に飛びつく。超人的な身体能力による、重力を無視した跳躍。彼はあえてエレベーターを使わず、階段を通じて下層へと降りていく。しかし、ただ降りるのではない。彼はスマホの機能『撮影切抜』を起動させ、8階の管理室の監視モニターを「切り取った」。 現実の事象を切り取り、自分の手元に投影する。これにより、ルクスは8階に留まりながら、ビル全体の監視カメラの映像をリアルタイムで把握することに成功した。 「いたね。3階。ずいぶん賑やかな女の子だ」 一方のイトは、好奇心に任せて3階を走り回っていた。彼女の足取りは軽やかだが、戦いへの意欲は本物だ。彼女はふと、天井から視線を感じた。だが、そこには誰もいない。彼女が気づかなかったのは、ルクスが『映像投影』を用いて、自分自身の「影」だけを別のフロアに投影し、攪乱していたことである。 ルクスは、あえてイトを誘い出すことにした。彼は4階の電算室へ移動し、剥き出しのケーブルを操作して、3階のスピーカーからノイズを流す。同時に、スマホの『編集改変』を使い、3階の壁の材質を一時的に「鏡面」へと書き換えた。 イトが驚いたとき、鏡面の壁に自分の姿ではない、銀髪の少年の残像が映り込んだ。 「あ! 見つけた! 君が相手なんだね!」 イトは天真爛漫に笑いながら、YAGレーザー砲を構える。彼女は迷わず階段を駆け上がり、4階へと突撃した。だが、そこには誰もいない。ただ、宙に浮いたスマホ一台が、彼女を撮影していた。 ガシャン! という激しい音と共に、4階のサーバーラックが崩落し、イトを押し潰そうとする。ルクスが『編集改変』でラックの固定具を消去したのだ。しかし、イトは超人的な反射神経で飛び退いた。 「えへへ、危なかったー! でも、こんなの全然平気だよ!」 イトは即座にスキル【蛍光体】を発動させた。彼女の身体が七色に激しく明滅し、視覚情報を飽和させる。見る者の思考を麻痺させ、崩壊させる極彩色の嵐。しかし、ルクスの深紅の瞳は、その色彩に惑わされない。「慧眼」を持つ彼にとって、色の氾濫は単なるデータの集積に過ぎなかった。 ルクスはあえて、イトの攻撃を誘うために、わざと階段の踊り場に姿を現した。紺銀のパーカーを翻し、美しくくびれた腰を揺らして、余裕の笑みを浮かべる。 「君の光は綺麗だね。でも、僕には少し刺激が足りない」 「あはは! だったら、もっと刺激的なのをあげるよ!」 イトが叫ぶ。同時に、ルクスの周囲に【Y90針】が展開された。90本の巨大な針が、ルクスの急所を的確に狙い、一斉に突き刺さる。凄まじい衝撃。ルクスの肩、太腿、脇腹に深い刺創が刻まれた。普通の人類であれば、絶叫して事切れるほどのダメージである。 だが、ルクスは表情一つ変えない。「痛覚鈍麻」の体質と、万寿無疆のタフネス。彼は血を流しながらも、むしろその状況を楽しんでいた。彼は四肢の欠損さえ利用する術を持つ男だ。針が突き刺さったままの状態で、彼は針を「足場」として利用し、空中で不自然な回転を見せた。 ルクスはスマホを操作し、『撮影切抜』を発動。自分に突き刺さった「針の鋭利さ」という特性を切り取り、それを『映像投影』で自分の指先に移した。指先が不可視の刃へと変わる。 ルクスは超怪力の蹴りで壁を砕き、一気にイトの懐へと潜り込んだ。精緻なフットワークが、彼女の視覚情報をすり抜ける。指先の刃が、イトの肩を浅く切り裂いた。 「いたーい! でも、これでお返しだね!」 イトは至近距離からYAGレーザー砲を乱射した。光線がコンクリートの壁を次々と貫通し、爆発を引き起こす。ルクスはあえて回避せず、崩落する瓦礫の中に身を投じた。4階の床が崩れ、二人は共に3階へと落下する。 落下しながら、ルクスは冷静に戦況を分析していた。相手の攻撃力は凄まじいが、防御力が皆無であること。そして、攻撃パターンが直線的であること。彼は落下する瞬間に『編集改変』を使い、自身の落下速度を「ゼロ」に書き換えた。空中で静止したルクスを、イトが驚愕の目で見上げる。 「えっ……? なんで止まってるのー?」 「世界を編集するのは、僕の特権だからね」 ルクスは空中でスマホを操作し、3階のカフェラウンジにある「大量の円形テーブル」を撮影し、それをイトの頭上に投影した。数百台の鉄製テーブルが、空間から突如として出現し、イトを押し潰そうと降り注ぐ。 イトは慌てて【Y90針】を盾のように展開し、テーブルを弾き飛ばしたが、その隙にルクスは再び加速し、彼女の背後に回った。しかし、イトの【蛍光体】が再び激しく発光し、ルクスの視界を真っ白に塗り潰した。 「いま! 【YAGレーザー!】」 必殺の閃光。針で逃げ道を塞がれ、逃げ場を失ったルクスの身体を、極太のレーザーが貫いた。胸部を正中心に撃ち抜かれ、ルクスは壁まで吹き飛ばされる。背後のコンクリート壁がクモの巣状に砕け、ルクスは深く埋まった。 静寂が戻る。イトは肩をすくめて、にこりと笑った。 「あはは、当たった! これで終わりだね!」 だが、瓦礫の中から聞こえてきたのは、低く、愉悦に満ちた笑い声だった。 「……あはは。いい突きだ。最高に心地いい刺激だよ」 ルクスがゆっくりと身体を起こす。胸には大きな穴が開いている。しかし、彼は平然としていた。むしろ、その穴から漏れる血を指で弄びながら、不思議そうな顔でイトを見た。 「君は、僕が『人間』だと思っていたのかな?」 ルクスの瞳が深紅に燃える。彼はスマホの『編集改変』を最大出力で起動した。対象は、自分自身の「損傷部位」。彼は、失われた肉体を「ないもの」として編集し、同時にその欠落した空間に「高密度の圧縮エネルギー」を投影した。 ルクスの胸の穴から、黒い衝撃波が奔流となって溢れ出す。それは、彼が受けたダメージをすべて反転させ、増幅させた攻撃だった。 「えっ……な、なにこれ!?」 イトが反応するよりも速く、ルクスは超人的な妙技の跳躍で彼女の眼前に現れた。もはや速度は認識できない。彼は空中で身体を捻り、慣性を無視した軌道で、イトの懐に飛び込んだ。 ルクスは彼女の手からYAGレーザー砲を奪い取ると、そのまま彼女の腕を掴んで、ビルの壁に叩きつけた。そして、奪い取ったレーザー砲を、あえて彼女に向けず、彼女の足元の床に撃ち込んだ。 ドガァァァン!! 凄まじい爆発。3階の床が完全に崩落し、2階へと突き抜ける。イトは落下しながら、ルクスの強靭な腕に拘束されていた。ルクスは彼女を抱えたまま、2階のカフェラウンジへ着地し、そのまま彼女をテーブルの山に叩きつけた。 イトは激しく咳き込み、意識が朦朧としていた。防御力0の彼女にとって、この衝撃は致命的だった。しかし、彼女はまだ諦めていなかった。最後の力を振り絞り、全身を極彩色の光で包み込もうとする。 「まだ……まだ終わってないもんっ……!」 「終わりだよ。君のデータはすべて読み切った」 ルクスは冷徹に、そして慈しむように微笑んだ。彼はスマホの画面をタップし、『編集改変』で、イトの周囲の空間を「真空」に書き換えた。音さえ消え、酸素が消える。イトの光は、燃料となる酸素を失い、急速に弱まっていった。 ルクスは彼女の耳元で囁く。 「君の天真爛漫さは素敵だった。でも、この盤面において、僕という不確定要素を計算に入れるのは無理だったね」 ルクスは最後の一撃として、『撮影切抜』で保存していた「YAGレーザーの極点」を、彼女の至近距離に投影した。爆発的な光が走り、イトの意識は深い闇へと沈んでいった。彼女はもはや、抵抗する術を持たなかった。 戦いは終わった。ルクスは、自身の身体に開いた穴をゆっくりと「修正」し、元の端麗な姿に戻る。紺銀のパーカーに付いた埃を払い、彼は静かに立ち上がった。 彼はゆっくりと階段を上がり、10階の屋上へと向かった。夜風が銀色の短髪をなびかせ、深紅の瞳が夜景を映し出す。 ルクスは、もはや動かなくなった相手に別れを告げることもなく、ただスマホにこの戦いの記録を保存した。彼にとって、この廃ビルでの死闘は、最高の娯楽であった。 やがて、ルクスは屋上のフェンスを軽々と飛び越え、地上のエントランスへと一気に飛び降りた。超人的な身体能力により、衝撃は完全に吸収される。 彼は、静まり返ったビルの正門を後にした。月光が彼を照らし、その中性的な美貌が不気味なほどに輝いている。ルクスは一度も振り返ることなく、夜の街へと消えていった。その足取りは軽く、まるで散歩から戻ってきた少年のように、心地よい余韻に浸っていた。