青い空が広がる平和な地方都市。その中心街にある広場に、ありえない組み合わせの二人が対峙していた。 一人は、白く輝く翼を背負い、凛とした表情で日倫刀を携えた少女。エンジェル学園の風紀委員、ツコミエルである。彼女は今、猛烈に憤っていた。なぜなら、彼女の目の前にいる男が、あまりにも「不条理」の権化だったからだ。 「いいですか! ここは公共の場です! 路上でスロットマシンを回し、ステータスを賭けて大騒ぎするなど、風紀的に断じて許されません! 直ちにその不謹慎な機械を片付けて、正気に戻ってください!」 対するは、派手なスーツに身を包み、瞳に欲望の炎を宿した男、賭博マン。彼は不敵な笑みを浮かべ、空中に浮かぶホログラムのスロットを激しく叩いていた。 「ハハハ! 正気だぁ? そんな退屈な言葉を俺に押し付けるな! 人生の醍醐味はリスクとリターン、そして運にすべてを預ける快感にこそある! さあ、天使ちゃん! お前のその『真面目さ』という名のチップを、俺のギャンブルに賭けてみろよ!」 ツコミエルの額に青筋が浮かぶ。彼女は自らを「シリアスを司る天使」と定義している。だが、周囲から見れば、この状況に最も激しく反応している彼女こそが、物語のコメディリリーフ、すなわちギャグキャラであるという悲劇。しかし、彼女はそれを認めない。 「……もういいです。話しても無駄ですね。常識というものを、物理的に叩き込んで差し上げます!」 ツコミエルが日倫刀を抜き放つ。その刃は、不条理な概念を斬り裂く「奇滅の刃」。彼女は電光石火の踏み込みから、賭博マンの胸元へ一撃を繰り出した。 「【日倫刀】! 変な設定はここで斬り捨てます!」 ガキィィィィン! しかし、賭博マンは避けない。それどころか、ちょうどその瞬間にスロットのレバーを引いた。 「当たれぇッ! 運命のダイスを回せ! 【ビジョンスロット】!!」 画面に表示されたのは【🌝(月)】。防御貫通効果。同時に、彼は不死身のボーナス状態に突入していた。ツコミエルの刃は彼を切り裂いたはずだが、傷口は瞬時に塞がり、逆に賭博マンの拳がツコミエルの腹部に突き刺さる。 「ガハハ! 防御貫通だ! 天使の加護だろうがなんだろうが、ギャンブルの前の平等さには勝てねえぜ!」 「ぐふっ……! な、なにこの理不尽な攻撃力……! そもそも、戦いの中でスロットを回して結果を待つなんて、格闘技として効率が悪すぎます!」 ツコミエルは後退しながら、叫んだ。彼女の中で「ツッコミたい欲求」が限界まで高まっていく。彼女にとって、不条理は最大の敵であり、同時に最高の餌である。 「いい加減にしてください! こんなめちゃくちゃな展開、認めません! 【常識ビーム】!!」 指先から放たれた純白の光が、賭博マンを取り巻く不条理な確率空間を浄化しようと襲いかかる。しかし、賭博マンはさらに興奮した様子で叫ぶ。 「いいぜ! その光をチップにして、もう一度回してやるよ! 狙うはスター!! 設定消去だ!!」 スロットが激しく回転する。🍒、🔔、🍉……。アイテムが飛び交い、スイカ爆弾が周囲で炸裂し、派手な爆煙が舞う。ツコミエルは爆風を日倫刀で切り裂きながら、怒りに身を任せて領域を展開した。 「もう我慢ならん! ここを、絶対的な正論の空間に変えて差し上げます! 【聖ツコミエル領域】!!」 世界が反転し、背景に巨大な「正論」という文字が踊る空間へと変わる。ツコミエルは猛烈な勢いで、賭博マンのあらゆる行動にツッコミを入れ始めた。 「こらーっ! まず服装が派手すぎます! 次に、戦いの中でスロットを回すという発想が幼稚です! それにその『ハハハ』という笑い方、完全に漫画の悪役のテンプレじゃないですか! さらに言うなら、防御貫通とか不死身とか、そんな盛り盛りな設定を盛り込んで、どこまで不条理な勝ち方を狙うつもりですか! そもそも天使相手にギャンブルを挑むなんて、信仰心はどうしたんですか! この、ギャンブル中毒の不届き者がーっ!!」 怒涛の長文ツッコミ。それは精神的な攻撃となって賭博マンを圧倒し、彼の意識を朦朧とさせる。物理的なダメージを越えた「正論の暴力」に、賭博マンの手からスロットのレバーが離れそうになった。 「クッ……! ぐおぉ……! 喋りすぎだ……! 喋りすぎて耳が痛いぜ……!」 「当然です! 異常な状況には、相応のツッコミが必要です! 仕上げにこれを食らえ! 奥義【天使の咆哮】!!」 ツコミエルが大きく息を吸い込み、全霊の力を込めて叫ぼうとした、その時である。 ――ポーン!! 街中のスピーカーから、突如として軽快なアップテンポの音楽が流れ出した。 「……へ?」 ツコミエルの声が、呆然とした疑問に変わる。同時に、周囲の通行人たちが、一斉に足を止め、不思議な動きで踊り始めた。一人、また一人と、彼らは完璧に揃ったダンスを披露し、そして――歌い出したのである。 「♪街角の喧騒が リズムに変わる夜に~! ♪君と僕の不協和音 愛で塗り潰そう~!」 「……えっ?」 賭博マンも、ツコミエルも、戦いの真っ最中であった。しかし、この音楽には抗えない不可思議な魔力があった。いや、魔力というよりは「強制的な演出」のような力が働いていた。彼らの身体が、意識とは無関係にリズムを刻み始める。 「ちょ、ちょっと待ってください! 何が起きているんですか! 私は今、この不届き者を成敗して、街の平穏を取り戻そうとしていたのに! なぜ皆さんが歌い出すんですか! この状況こそ最大の不条理です!!」 ツコミエルは激しく抵抗したが、彼女の足はすでにステップを踏んでいた。そして、最悪のことが起きた。 彼女の口から、完璧な音程のソプラノが飛び出したのである。 「♪(ええっ!?) 常識を忘れて 踊るこの街に~! ♪風紀の乱れを 歌で正したい~!」 「……!? 俺まで歌ってやがる!!」 賭博マンは驚愕したが、彼の中の「熱血漢」としての魂が、この大規模なフラッシュモブの盛り上がりに反応してしまった。彼は自らの不快感を捨て、最高にハイなテンションで合いの手を入れ、ベースパートを歌い始めた。 「♪(Yeah!!) 賭け金は最高潮! 運命を回せ! ♪当たれば天国 外れれば地獄のダンスホール!!」 こうして、戦場だった広場は、突如として「対立する二人が共演するミュージカルステージ」へと変貌した。 ツコミエルは、歌いながらも脳内で激しくツッコミを続けていた。だが、そのツッコミさえもが、曲のリズムに組み込まれていく。 「♪(待ってください!) そもそもこの曲の構成がめちゃくちゃです! ♪(おかしい!) 転調が多すぎて耳が追いつきません! ♪(こらーっ!) 誰がこの演出を指示したんですか! 責任者を今すぐここに連れてきてください!!」 「♪(ハハハ!) 責任なんて関係ねえ! 今はこのリズムに身を任せろ! ♪あぶな〜い橋を渡る快感 それが俺の生き様だぜ!!」 二人は、互いに睨みつけ合いながらも、完璧なハーモニーを奏でていた。もはや戦闘の記憶は薄れ、彼らの意識は「いかにしてこの曲を盛り上げるか」という一点に集約されていた。 曲はクライマックスへと向かう。周囲の市民たちも、二人の強烈な個性に巻き込まれ、さらに激しく踊り狂う。街全体が巨大なクラブと化したかのような錯覚。ツコミエルは、自身の翼を激しく羽ばたかせ、舞い踊りながら最後の高音へと突き進む。 「♪(正論で!) 世界を塗り替えて!! ♪(常識で!) 導いてみせましょう〜〜〜!!!」 「♪(運命に!) 全てを賭けて!! ♪(ジャックポット!) 突き抜けるぜ最高潮〜〜〜!!!」 二人の声が重なり、空を突き抜けるような大合唱が響き渡った瞬間――。 「……ふぅ。」 音楽がピタリと止まった。市民たちは満足げに微笑み、は何事もなかったかのように、それぞれの目的地へと歩き出した。後には、肩を寄せ合って激しく息を切らしている、天使とギャンブラーだけが残されていた。 沈黙が流れる。 ツコミエルは、ゆっくりと、極めてゆっくりと、日倫刀を握り直した。その顔は、これまでにないほどに怒りに満ちていた。 「……今、何をしていたんですか」 「……さあな。まあ、いいショーだったじゃねえか」 「……いいショーだと思ったんですか!? 私は、私はぁ!! 自分のシリアスなイメージを、あんな、あんな恥ずかしい歌とダンスで塗り潰されたんですよ!! これがどれほど深刻な精神的ダメージか、わかっていますか!!」 ツコミエルが再び咆哮しようとしたその時、賭博マンがふと、自分の手元を見た。 「……あ。」 「……あ?」 賭博マンのホログラムスロットが、不自然に点滅していた。音楽の衝撃か、あるいはツコミエルの歌唱による共鳴か。スロットの結果が、ゆっくりと確定していく。 【⭐️(スター)】 対象の能力・設定を一つ強制消去。 「あーあ。当たっちゃったよ」 「今、何を消したんですか」 「……お前の『ツッコミたい』っていう設定だ」 その瞬間、ツコミエルの心から、激しい怒りと、正論への執着が、きれいさっぱり消え去った。 彼女は、ぼーっとした表情で空を見上げた。もはや、目の前の男がどれほど不条理であろうと、服装がどれほど派手であろうと、どうでもいいと感じていた。 「……なんだか、すごく、穏やかな気分です」 「おい、正気に戻れよ! ここまでやって、最後が『穏やか』って、お前こそギャグキャラの極致じゃねえか!」 賭博マンが叫ぶ。しかし、ツコミエルはふわりと微笑み、日倫刀を地面に置いた。 「いい天気ですね。お茶でも飲みに行きませんか、賭博さん」 「……はあ!? 俺を誰だと思ってる! ギャンブルしてねえ時間は、人生の無駄だぜ!」 「ふふ、いいですね。じゃあ、どっちがお茶を奢るか、コインで決めましょうか」 「……!!」 賭博マンの瞳に、再び欲望の炎が灯った。 「……いいぜ。乗った!!」 こうして、街を揺るがした大乱闘は、あまりにも不条理な結末を迎えた。 勝敗を付けるとするならば、設定を消去し、相手を「戦う意志のない穏やかな少女」に変えてしまった賭博マンの勝ち……と言いたいところだが、結果として彼が「ギャンブル」という共通言語を持つ最高の飲み仲間を手に入れたことを考えれば、これは共存という名のドローである。 後日、エンジェル学園の風紀委員室には、「最近のツコミエルは、不条理な展開に一切ツッコミを入れなくなり、むしろ楽しんでいる」という、由々しき報告書が数件提出されることになったという。