「お婆ちゃん、あのお話を聞かせて! スライムさんたちが戦ったっていう、あのお話!」 膝の上に飛び乗ってきた孫の温もりを感じながら、お婆ちゃんはゆっくりと眼鏡を掛け直しました。窓の外では夕焼けが空を茜色に染め、心地よい風が庭の草花を揺らしています。お婆ちゃんは慈しむような微笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開きました。 「おやおや、仕方ないねえ。よしよし、いいよ。昔々……あるところにね、とっても不思議で、とっても可愛い、二匹のスライムさんがいたんだよ」 「ねえお婆ちゃん、スライムさんってどんな感じ?」 「そうねぇ。一匹はね、『超可愛いスライムちゃん』。まだ生まれたばかりの赤ちゃんスライムさんでね、ぷるぷる、ぴょんぴょんと跳ねて歩くのが大好きだったんだよ。でもね、赤ちゃんだからまだ足取りがおぼつかなくてね。元気にぴょん!と跳ねたかと思えば、ズテッ!と綺麗に転んでしまうんだ。そうなるとね、『ぷに〜!』って、可愛らしく泣き出してしまう。見ているだけで、誰もが『よしよし』してあげたくなるような、天真爛漫な子だったんだよ」 「あはは! 転んじゃうの? 可愛いなあ」 「ふふふ。そしてもう一匹が、『審判が大好きなスライムちゃん』。この子もね、同じように赤ちゃんスライムさんで、ゆっくりプルプル動く姿がたまらなくキュートだった。でもね、この子にはちょっと変わった夢があったんだよ。ある日、お友達のスライムさんと『審判ごっこ』をしたことがあってね。それがもう、たまらなく楽しくて、すっかり審判さんに憧れてしまったんだね」 「スライムさんが審判さん? どうやって裁くの?」 「いい質問だねぇ。この子はね、なんと100円ショップで買った小さな笛を大切に持っていたんだよ。ぷるぷるした体で、一生懸命に笛を口に当てて、『ぷに〜!』と鳴らすんだ。本当は人間のお言葉は分からないから、意思疎通は全部『ぷに〜』。でも、周りの観客さんたちはね、『ああ、なんて可愛いんだ!』って、みんなメロメロになって、試合の途中でもなでなでしに行っちゃうくらい愛されていたんだよ」 「それでね、ある日、この二匹がチームを分けて対戦することになったんだよ。チームAには『超可愛いスライムちゃん』、チームBには『審判大好きスライムちゃん』。でもね、この対戦には、とても、とっても心のひどい『審判の助手』のような者が一人、チームA側に付き添っていたんだ」 「ひどい人? どうして?」 「それがね、このお話で一番悲しいところなんだよ。普通の人なら、赤ちゃんスライムちゃんが転んで泣いていれば、すぐに駆け寄って抱きしめてあげるよね。でも、この人は違った。相手が弱ければ弱いほど、困っていればいるほど、それを踏みにじって笑うのが大好きという、恐ろしい人だったんだ」 「えええっ、そんなのひどいよ!」 「そうだよなあ。さて、試合が始まったよ。超可愛いスライムちゃんは、意気揚々とぴょんぴょん跳ねて、相手に近づこうとした。でも、運悪く、またしてもズテッ!と派手に転んでしまったんだ。『ぷに〜!』と、情けない声で泣き出したスライムちゃん。するとね、横にいたその『ひどい人』が、ニヤニヤと笑いながら近づいていったんだ」 ここからのお話は、少しだけ怖くなるよ。耳を塞いでもいいからね。 超可愛いスライムちゃんの目線から見てごらん。視界がぐるりと回り、地面が目の前に迫る。ズテッ。お尻から転んで、ぷるぷるの体が衝撃で揺れた。痛い。恥ずかしい。だから、いつものように『ぷに〜』と泣いて、誰かに助けてほしくて上を向いたんだ。けれど、そこにいたのは優しいお顔をした人ではなく、冷たく、残酷な光を宿した目をした人だった。 「ひゃはは! 転んだな! この情けない姿を見ろよ!」 ひどい人は、大笑いしながら、転んで動けないスライムちゃんの目の前に、尖った石を転がした。スライムちゃんは怖くなって、さらにぷるぷると震えたけれど、逃げることはできなかった。ひどい人は、わざとスライムちゃんの柔らかい体を石で軽く突き、痛がって跳ね上がる様子を見て、さらに激しく笑ったんだ。 一方で、ひどい人の目線では、この状況は最高の「遊び」だった。目の前には、世界で一番可愛い、無垢な生き物がいる。それが、自分のちょっとした悪意で、絶望に染まり、痛みに震えている。そのギャップこそが、彼にとっての快楽だった。彼は持っていた特殊な能力――相手の神経を過敏にさせ、小さな衝撃を絶叫レベルの激痛に変える能力――を、赤ちゃんスライムちゃんに叩き込んだ。 「ほら、どうだ! もっと泣け! もっとぷにぷに鳴け!」 ひどい人は、石を拾い上げると、それを何度も、何度も、スライムちゃんの中心に叩きつけた。グシャッ、という鈍い音が響く。スライムちゃんは、もう『ぷに〜』とさえ泣けなかった。ただ、全身で激痛を感じ、肉塊のように潰されていく。ひどい人は、その潰れた肉塊をさらに足で踏みつけ、ねじり潰しながら、至福の表情で笑い続けていたんだ。もはやそれは対戦ではなく、一方的な拷問だった。超可愛いスライムちゃんは、最後に一度だけ、空を見上げて、助けを求めるように震え……そのまま、静かに息を引き取ってしまったんだよ」 「うわあああん! お婆ちゃん! スライムちゃんが死んじゃった! ひどすぎるよ!!」 孫は声を上げて泣き出した。お婆ちゃんは、優しく孫を抱きしめ、背中をトントンと叩きながら、静かに語り続けた。 「よしよし、泣かないで。でもね、ここからがこのお話の本当のところなんだ。審判大好きスライムちゃんは、ずっとその様子をプルプルしながら見ていたんだよ。彼はまだ赤ちゃんだったから、最初は何が起きているのか分かっていなかった。でもね、彼の中にある『審判としての魂』が、激しく反応したんだ」 「審判さんが怒ったの?」 「そうだよ。審判大好きスライムちゃんは、100円ショップの笛を、ありったけの力で口に当てた。ぷるぷるの体を精一杯に膨らませて――」 『プピィィィィィーーーーーッ!!!』 「それは、とても小さくて、けれど世界で一番厳格な笛の音だった。審判大好きスライムちゃんは、ぷるぷると怒りで震えながら、ひどい人の前に飛び出した。そして、短い手足(のような部分)を激しく振り回し、『ぷに! ぷにぷにーっ!』と叫んだんだ」 「どういう意味だったのかな?」 「観客のみんなはね、『ああ、なんて可愛いんだ!』って拍手をしていたけれど、審判としての彼が発したのは、絶対的な『ルール』だったんだよ。彼は、ひどい人が使った『理不尽な能力』を瞬時に見抜き、審判の権限でそれを完全に禁止にした。それだけじゃない。彼は、あまりにひどい行為をしたその人を、迷わず指差したんだ」 『プピィィーッ!!(レッドカードだ!!)』 「審判大好きスライムちゃんは、どこから取り出したのか、真っ赤な小さなカードをひょいっと掲げたんだよ。それは、赤ちゃんスライムさんがなりふり構わず、正義のために出したレッドカードだった」 「やったー! レッドカードだ!」 「そう。審判の権限は絶対だった。レッドカードを突きつけられた瞬間、ひどい人は、それまで自分がスライムちゃんに与えた以上の、凄まじいペナルティを課せられたんだ。理不尽な力で他人を傷つけた者は、同じ理不尽さで、この世界から『反則退場』となる。ひどい人は、叫ぶ暇もなく、真っ黒な穴に吸い込まれて、二度と戻ってこないところへ消えていったんだよ」 「それで、勝ったのはどっちなの?」 「……勝ったのはね、チームBの『審判大好きスライムちゃん』だよ。けれど、彼は勝っても全然嬉しくなかった。彼は、静かに、そしてゆっくりと、肉塊になってしまった超可愛いスライムちゃんのそばに寄っていったんだ」 「どうしたの?」 「彼はね、審判の特別な力――『試合の巻き戻し』という、彼が勘違いで身につけていた、とんでもなく強すぎる権限――を使ったんだよ。彼は、ルールをよく分かっていない赤ちゃんだったから、『死んじゃうのは反則だ!』と判断したんだね」 『ぷに……ぷにゅぅぅぅ!!』 「彼が笛を大きく鳴らすと、世界がキラキラと光り始めて、時間がぐるぐると巻き戻っていった。そして、超可愛いスライムちゃんが、ズテッ!と転ぶ直前のところまで戻ったんだよ」 「わあ! 良かった! 生きてた!」 「そうだよ。戻ってきた超可愛いスライムちゃんは、今度は転ばなかった。なぜなら、審判大好きスライムちゃんが、プルプルしながら、彼の手(?)をぎゅっと握って、支えてあげていたからね。二匹は手を取り合って、仲良くゴールまで歩いていったんだよ」 「よかったねえ。審判さん、かっこいい!」 「ふふふ。結局ね、この試合の結果は、『審判さんがルールを間違えて、二人とも優勝にしちゃった』っていう、お茶目な結末で終わったんだよ。観客のみんなは、『まあ! なんて可愛い結末なんだ!』って大喜びして、二人をなでなでしに駆け寄ったんだって」 お婆ちゃんは、物語を終えて、孫の頭を優しく撫でました。 「いいかい、〇〇。どんなに小さくて弱くても、正しい心を持って、誰かを助けたいと思う気持ちは、世界で一番強い力になるんだよ。そしてね、ひどいことをする人は、いつか必ず、自分自身の出したレッドカードで、退場することになるものなんだよ」 「うん! 僕も、審判さんみたいに、みんなを助ける優しい人になるよ!」 「いい子だねえ。さあ、もう夜ごはんの時間だよ。今日はあなたの好きなハンバーグだよ」 「わーい! 行こう、お婆ちゃん!」 二人は手をつないで、温かい明かりが灯る家の中へと戻っていきました。夜空には、まるで二匹のスライムさんが笑っているかのような、丸くて白い月が優しく輝いていました。