

あなたは、使い古されたグレーキャップを深く被り、サングラスの奥で目を細めていた。橙色のライフジャケットが陽光を弾いている。 手元には、最近スーパーで格安で購入したドラゴン肉を丁寧に捏ね上げた特製の釣り餌。そして、どこで拾ったのかも定かではない不思議なアイテム「ポケットポンド」がある。 「さて、極上の餌を用意した。一体何が釣れるか……」 あなたは期待に胸を膨らませ、ポケットポンドの中にある別世界へと釣り糸を垂らした。静寂が訪れる。しかし、その静寂は長くは続かなかった。 その世界に、一匹の「虫」がいた。 相手――【法則無視】ホウソクムシは、次元の狭間に潜む掃除屋である。本来、相手は超越者や絶対者しか口にしない。凡庸な人間など、相手にとっては腹を壊すだけのゴミに等しく、視界にすら入らない。 だが、あなたが垂らしたのは「ドラゴン肉」の餌だった。 単なる肉ではない。それは、この理の外側にある存在を誘い出すための触媒となり、さらに「別世界へ繋がる池」という特異点を通じて届けられた。 相手の嗅覚が、その「超越的な香り」を察知した。 相手にとって、それは至上のご馳走であり、同時に「掃除すべき歪み」の匂いでもあった。 (……見つけた。極上の餌だ) 相手は【喰い意地】を発動させた。次元も因果も、釣り糸という物理的な拘束も、すべてを無視して即座に餌へと到達する。 ガツンッ!! 凄まじい衝撃があなたの腕に伝わった。竿が大きく、しなり切るほどに曲がる。 「おっと! いきなり大物か! このしなり、たまらないな!」 あなたは歓喜に沸いた。相手があなたの存在を完全に無視し、ただ「餌」だけを標的にしているため、攻撃されるという恐怖は微塵もない。あなたにとってこれは、人生最高の釣り合戦に過ぎなかった。 あなたは全力でリールを巻いた。頑丈な竿が悲鳴を上げるが、耐える。 そして、一気に釣り上げた。 「出たぁ!!」 水面から飛び出したのは、想像を絶する異形の虫――相手だった。 しかし、相手はあなたに興味などない。相手の視線は、針に付いたドラゴン肉だけに固定されていた。 【存在捕食】。 相手は瞬時に、針に付いた餌を完食した。それだけではない。餌に含まれていた「ドラゴンの性質」や「超越的な価値」までも、根こそぎ胃袋に収めた。 「あちゃー、全部食われちまったか。まあ、釣れたんだからいいさ」 あなたは肩をすくめ、釣り上げた相手をまな板の上に放り出した。 相手は今、最高の食事を終えた。そして【食後の睡眠】に入った。理外の力を持つ掃除屋であっても、完食後の睡魔には抗えない。相手は完全に脱力し、無防備な状態で眠りに落ちた。 「さて、調理タイムだ!」 あなたは手際よくコンロに火をつけ、鍋に水を張る。 相手は「餌以外は食べない」が、今はもう「餌」ではない。ただの、非常に希少な食材である。 あなたは包丁を握り、眠りこける相手を適切なサイズに切り分けた。 「見た目はアレだが、超越的な生き物なら、栄養価も凄まじいだろう。どう調理しようか……。よし、シンプルに塩コショウでソテーにして、あとは煮込みだ」 ジュウッという心地よい音と共に、理外の存在だった相手が、香ばしい aroma を漂わせる料理へと変わっていく。 あなたは皿に盛り付けた「法則無視の虫のソテー」を口に運んだ。 「……!!」 口の中で、次元が弾け、因果が溶けるような、経験したことのない味が広がった。 【調理タイム!】の効果により、あなたは相手の能力の一部を摂取した。身体の芯から「理」から外れた感覚が広がり、あなたの存在自体が少しだけ、この世界のルールに縛られない自由を得た気がした。 「ふぅ。やっぱり極上の餌を使うもんだな」 あなたは満足げに笑うと、ポケットからビールを取り出した。 カキッ! 缶を開ける鋭い音が響く。 あなたは冷えたビールをグイッと飲み干し、最高の満足感と共に、次の釣り場を探し始めた。