ログイン

【『頂点』の理を知る為、『終末』を作る者】

「研鑽の末、剣士はあらゆる理を、万物を断てる」、という理論はよく聞く。 師のみならず他の人だって心ではそう思っていると思っている。 ただ、疑問なのは、その強大な力を持ってなお、未だ世界は狂わず残っていることだ。 まず、この論を空論にしないためには、あらゆる理を、万物を断てる頂の剣士を必要とする。 そして、語り継ぐ誰か。更に同じく理や万物を斬り始めた者も必要。 “剣士”という大きな括りを持つ以上、頂に達し、あらゆる理を、万物を断てる者は一人であってはならない。 それができてから幾年経つのかわからないが、それでも出てこない場合、そいつだけ異常であると認識を持てるからだ。 異常を尊すのは良し。だが、それを“剣士”という大きな括りで一緒にするのは違う。 “剣士”という括りな以上、明らかに異常な研鑽を、努力を積めば。 数ある名高い剣士を超えれるのであれば。 きっと、到達する。 その筈なのだ。 なら、その無法な力を持っている者が複数人いるのに、未だ世界は存続し、大きな異常も大事も無く、我が存在がここにいる。という現状はおかしいのではないか? 剣を握る者を善と仮定するのは、ただの願望だ。性善説に基づいた理想に過ぎぬ。 善性である可能性がないわけではない。 ただし、手放しで強者を信用はしない。 だからこそ、我はこの身を使って実証する。 あらゆる理を、万物を断てる剣士になって、その力を実験する。 その剣が本当に世界を揺るがせるのかを。 その剣が本当にあらゆるものを斬り裂けるかを。 悪に堕ちようと善を行こうと、この身滅びぬ限り、あらゆるものを斬り裂こう。 ーーー世界を斬り滅ぼそう。