皆んな、高所恐怖症って知ってるよな?、俺は人並み程度には高い場所に慣れている自信があるんだが、ここは真下が見えないぐらい高くて膝が笑って動けない。 ___助けてくれ…! 頬を撫でる風、吊り橋を大きく揺らす。木材とロープだけで作られた簡易的な造り、かなり年季が入っているのか風に揺らされる度に吊り橋全体が激しく軋む。 俺はどうしようもなく橋の上で四つん這いになる、残念ながらこの場から勇ましく立ちあがり橋を渡り切ろうという蛮勇は俺のちっぽけな心臓の中には何処を探しても見当たらないらしい。冷や汗が背中全体から吹き出した。この感覚は昔、幼馴染の瑞稀にチョークスリーパーをかけられた時以来である。 そもそも何をしたからチョークスリーパーを仕掛けられたのかって? いや、なんか中学の時に会話の流れで"小さい頃の約束"を覚えてる?、って聞かれたから正直に"覚えてない"、と答えたら有無を言わさずプロ顔負けのチョークスリーパーを仕掛けられたんだよ。ひどくない? ___んー、小さい頃の約束って結局なんだったんだ? 瞬間、脳裏を過ぎた微かな記憶。 幼い当時の瑞稀が何かを呟いた、そして……驚いた表情の後に嬉しそうに微笑んでみせた。淡い記憶、俺は何を忘れたのか? 「瑞稀……、もし………もしも俺の言葉が聞こえてるなら教えてくれよ。俺は…、いったい何を忘れたのかを?」 何か忘れてはいけない記憶、不確かながらに覚えていなければならなかったと確信した筈の言葉が、喉奥に引っ掛かっては上手く出てこない。もどかしさに苦虫を噛む。俺は悩んだまま目を瞑る、暗い視界の中で何かを掴めるような気がしたからだ。 ___しかし、不意打ちの突風によって揺れる吊り橋、俺は恐怖に身を震わせながら強風に体を大きく揺すられる。今にも吹き飛ばされない事で必死だった、このまま落下死したくないという一心で吊り橋の張り板にしがみつく。 耳をつんざく風切り音、俺は自然からの脅威に屈服し、伏せて事が済むのを両目を固く閉じて待つ事しか出来なかった。更なる突風、吊り橋全体が真下からの強風に勢いよく突き上げられる。俺の体がフワッと浮かんだ、まるで空を飛んだかのように空中に数秒停止する。そして、地球という名の重力が、勢いを失った質量を引き戻そうと惑星が重力を介して俺の肉体に落下運動を強いてくる。 ジェットコースターに乗っている感覚、あの落下する瞬間が俺の脳裏をよぎった。臓器がキュ…、と締まる感覚。恐怖に屈する筈だった、訳も分からぬ悲鳴を挙げるべきだった。 ___しかし、この時の俺は固く閉じた筈の瞳を見開いて叫ぶ。落下が止まり、橋を大きな衝撃が揺らす。 目の前を見ろ、そう俺に説いた。嘘だろ、アレは……!? 「瑞稀…ッ!!」 俺からして橋の反対側、間違いなく瑞稀が立っていた、俺を揶揄うように、いつも屈託なく見せていた表情で微笑んでみせたのだ。俺は、自分自身の脳裏に刻まれた瑞稀を失った悲しみを噛み締める。そして、あの時の出来事を思い出しては恐怖した。もう二度と失うわけにはいかない、訳も分からないまま俺は瑞稀に対して叫んでいた。 「みず…ッ///」 ___けれど、再び吹き荒れた突風が二人の遠く離れた隙間を分つように遮った。俺の言葉が届かない、だけれども俺は叫ぶ事を止めなかった。腹の奥底からの声、突風を貫く。 「瑞稀___ッッ!!!」 手を伸ばす、先程までの恐怖が嘘のように吊り橋の上で立ち上がったのだ。勇ましく立ちあがり橋を渡ろうという蛮勇、俺のちっぽけな心臓の何処かにあった愚かで矮小な勇気が、俺を瑞稀の方へと突き動かしたのだ。 再びの突風、橋が大きく揺れた。しかし、構うものか!、瑞稀に叫ぶ、瑞稀に手を伸ばす、置いて行かないでと瑞稀に向けて踏み出した。だがしかし、二人の距離はまるで縮まらない。 瑞稀は微笑み、何かを呟いた。強風に掻き消された筈の言葉、聞き取れる事など有り得ない筈の言葉が俺の耳に木霊し、脳へと響いてきた。 ___フウタロー、きっと君の事だから覚えてはいないだろうけど…… ___あの日、あの場所で、私は君に約束した。 ___フウタロー、貴方と約束を交わした。 ___それが、今は覚えていなくても…… ___あの約束が、たとえ嘘偽りだったとしても…… ___私は君に恋をした、その事だけは嘘じゃない。 ___そう、私は胸を張って言えるの…… ___「だからフウタロー、私はただそれだけ……、それだけで心からこれまで満足する事ができたの…!」 瑞稀の笑顔、少し悲しみを含んだ笑顔で俺を見つめていた。ふと瑞稀は顔を逸らす、そして俺に背を向けるように歩き出した。待ってくれ!、未だに彼女に追いつけない。 それは反射的だった、俺は瑞稀に叫んでいた。 「瑞稀ィーーーッッッ!!!!!、俺は…!」 ___俺はお前を絶対に目覚めさせてみせる、俺が絶対にお前を助けて、前みたいな日常に連れ戻してやる!、これは約束だ!、ぜってぇー救い出してみせる!、だからな!、俺はお前を絶対に忘れねぇ!、お前との約束を決して忘れねぇからよ!、だからよ!、行くなッ!! 俺は叫んだ、瑞稀に届いたかなんて……、その言葉が伝わったかなんて俺には分からない。だがしかし、俺は瑞稀に対して叫んでいたのだ。届かないと理解した足で駆けていく、かつて守り通せなかった両腕で必死に手を伸ばす。 ___ピタ… 瑞稀が立ち止まり、そして振り返る。彼女の瞳が、俺を見つめ返す。彼女は、少し照れくさそうに微笑んだ。 ___やっぱり、フウタローはズルいよ……。 彼女の笑顔、涙を含んだ笑顔。風になびき、頬を伝って、水滴が空を舞う。 ふと思い出したかのように、彼女は一言付け加える。 ___一人で頑張りすぎて倒れないでよ?、君は非常に非力で非モテのフウタローなんだから……! その言葉に俺は、駆け出していた脚を徐々に緩めて立ち止まる。そして、彼女に応えるように笑い返してみせた。 「あぁ、分かってる………お前も…、瑞稀も無理はするなよ!」 瑞稀も、またフウタローに返してみせる。 ___ふふっ、余計なお世話ですよーだっ! そう言って、瑞稀は瞬く間に視界から消えてしまった。橋の上、一人残されたフウタローの姿がそこにはあった。 「まっ、久しぶりに会ったが、案外元気そうで何よりだ」 そう、己を茶化すように呟いた。 しかし、背後___。何者かに肩を掴まれた、、、 「んっ……?」 ___〇〇者の橋、訪れし者の行く末を見守る。 「おい…!、おいフウタロー!、おいこら童貞!、さっきから無視すんなよ!」 暴羅(あばら)の声、先程から道端に立ち尽くすフウタローの片腕を強く揺すっていた。 「んっ?、あぁ……悪い…」 俺は、ふと意識を取り戻したかのように返事を返す。暴羅から飛んできた蹴りが、俺の脛をゲシ!ゲシ!と蹴り付けてくる。 「ったく、人を心配させやがって、次やったらマジでぶっ殺すからな」 ゴキリ…!、と鳴らされた暴羅の拳、俺は空気を和まそうと一発芸を披露する。 「て…、てへぺろ♪」 ___ゴチン…! 「ぐぉ〜!、俺の頭が〜!」 「ふん!、いい気味だぜ…!」 暴羅の拳が、俺の頭を容赦なく殴り付けてきた。冗談抜きで、死ぬほど痛かった。 「痛ててて……」 「ったく…!、……というか?、さっきは何があった?」 暴羅は不思議そうに呟いた。そして、俺は口を開いた。 「そう言えば、お前って小さい頃にした約束とか全部覚えてるタイプ?」 「あっ?、急になんだよ?、喧嘩売ってんなら買うぞ」 「いやさ、忘れていた約束を一つだけ思い出してさ」 「約束?、なんだよ??」 俺は笑う、苦笑気味に笑って呟いた。 「幼馴染と俺、大きくなったら結婚するんだとさ」 子供の頃の約束、俺は忘れていた約束事を思い出したのだ。 ___暴羅は鼻で笑う。 「なんだよ、ただの他人のノロケ話かよ」 暴羅は呆れたように溜息をつく。 「まぁ、そうかもな……」 俺は同意する、しかし同時に否定する。 「だけど、それが思い出せた事には……何か意味があるんじゃないかと思うんだ…」 暴羅は問いた。 「その幼馴染ってやつ、今はどこにいんだ?」 「…………。」 「……おっ?、なんか聞かない方がよかったか?」 暴羅は一歩言葉を退ける、それに対して俺は空気を和ませようと、ふざけてみせる。 「なんてな!、今までの話はぜんぶ嘘なんだ!」 「はっ?、嘘??」 暴羅は拳を再びゴキリ…と鳴らす、そして思いっきりジャンプをすると、その小さな体からの振り下ろし一発! ___ゴチン…! 「ぐおぉ〜!、またかよ!?」 頭頂部にかけて走った痛み。その痛みが少しずつ引いていくのを待っていると、いつの間にか呆れた表情の暴羅は俺に構わず自身のバイクに乗り込んではエンジンを吹かせていた。 「ったく!、心配して損したぜ!」 「そう言うなよ、あと今日は送ってくれてありがとな」 「良いって事よ、そんじゃあな童貞。それからキスしてやったんだ、あとで情報よこせよな!」 俺の脳裏に浮かんだ疑問、それが口先から飛び出した。 「んっ、情報って何の事……?」 暴羅は、は"っ?……という風な表情を見せたかと思うと、面倒くさそうに呟いた。 「決まってんだろ、"どこか儚げな美少女"の居場所だよ!」 「いやいや、だから教えられないって最初に断りを入れたよな?」 「うっせぇ、うちが教えろってんだから教えろよ!、これだからテメェはずっと生まれてから童貞のままなんだよ」 「ひどい!?、じゃあそう言うお前の方はどうなんだよ!」 「うちか?、うちは………まぁ、ほら……あれだ」 「……?、いや……アレってなんだよ??」 暴羅は息を吸い込む、そして顔を赤らめて叫んだ。 ___カァ…! 「処女で悪いかよ!、クソ童貞ッ!」 そう言って暴羅は、単車のアクセルをフルスロットルで踏み込むと一目散に走り去っていく。そのエンジンから吹き出た煙に巻かれつつ、俺は呆然とした様子で自宅前に立っていた。 「えっ……?、マジかよ……?」 なんか…、ごめんな……。 色々とあったが、ようやく家の扉の前まで来れた。さて、鍵は何処にあったかと所持品の中を手探りで探していたところ、玄関からガチャ…!という物音と共に扉が開いていく。 「遅かったですね……、お兄ちゃん」 打倒者こと山田詩(やまだ うた)が、玄関先から顔を覗かせて俺をジロリ…と、見てくる。 「悪いわるい、今日は色々と忙しくてな……。ってかウタ、まさか今まで起きてたのか?」 「まぁ…、私にも中々に寝付けない夜というものがあるのですよ」 ドアノブを掴む、そんな詩の小さな手がキュ…とノブを握りしめた。 ___んっ?、何か怖い夢でも見たのだろうか? …と俺は心で自問し、あの打倒者にも子供っぽい所があったとは、と呑気に考えた。 ___打倒者は告げる。 「それでは改めて、お兄ちゃん………いえ、加担者である貴方について話があります。」 キリッ、とした目付きが俺の瞳を見返す。何かが始まる、そんな予感と共に俺は玄関先から自宅の中へと帰宅した。 ___〇〇者、 ___加担者、 ___##者? https://ai-battler.com/character/a1c9d0f3-c6fc-45f5-bb5a-91c5f776d5f2