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 思ったより父とは早く再会できた、私達がザックの馬車に戻る頃には一足先に後ろから追いついていた。やはり相変わらず父上はお強いですね。  そんな父上の娘として私は鼻が高いです。  「悪いな、近道しようと思って壁を突き破って行ったら地下迷宮の怪物と遭遇して時間がかかってしまった」  なっ!?、まさか怪物まで討伐されていたとは……ッ!  「どうしたフィラ、今日は随分と元気じゃないか?、父に会えて嬉しいのか」  父からの問い、はい!、そうですとも父上!  「嬉しいです!、でも急に失踪した件については恨んでいます!、一生恨みます!、だから一生そばに居てください!」  「ハハハッ、もう子供って歳じゃないだろお前?、そうワガママを言われてもなぁ〜」  「いえ!、私はまだまだお子様です!」  父との久しぶりの会話、とても楽しく話が弾んだ。その様子をマリアは嬉しそうに見守っていた。  「よかった、もうハロは一人じゃないんだね……」  誰かに向けて言っているわけではない、そんな独り言を口にしたのだ。その口元を見てみると、どこか綻んでいるように見えたのである。  「ねぇ、マリア…?」  「ふぇっ……!、何かしら…!?」  フィラが耳元で質問を投げかけてきた。  「父上と貴女って本当はどんな関係なの?、ただの宿敵同士じゃないんでしょ……」  嫉妬かしら?、それとも父親の不貞を疑っているのかな?  「あら、既婚男性に手を出すのはサキュバスかお馬鹿さんだけよ」  「なんだ〜、良かったぁ」  でも、ここは少し揶揄っておこうかしら。  「だけど、私と初めて出会った時のハロは未婚だったけどね♪」  ___ピシリ…!  「えっ……、マリア?、嘘よね!、まさか私の実母だったりしないわよね!?」  「ふん♪、ふん♪、ふ〜ん♪」  「マリア…!?、行かないで!」  そこに偶然にも父上が登場!  「どうしたフィラ?、顔色が悪いぞ??」  「父上、問いただしたい事が山ほどあります…!」  「そ、そうか……??」  これは荒れる予感がするぞ〜!  揺れる場所の中、フィラは不機嫌そうな顔をしていた。  「マリアの嘘つき!」  「あら、私は嘘なんてついてないわよ?」  「ふんっ!」  すっかりご機嫌斜めである。  「おいおい勇者の旦那、おたくの娘さんはどうしたんだ?」  ザックがあまりの重たい場の雰囲気に耐えられず勇者ことハロルド・リベイルに話しかけた。  「あぁ、実はな…………」  「ほうほう、それで……痛ッ!」  ザックは背後から頭部を思いっきり干し肉で叩かれてしまった、その叩いた張本人は話題のフィラ本人である。  「よ、よおフィラ!」  「ザック、父上と二人だけで話したいのだけれど良いかしら?」  「りょーかい、俺は積荷の在庫でも見てこよう」  出発前に食料等は買い揃えてきた、今回でまた人数が増えたからである。現在はザックの住居がある帝国に向けて馬車は走っている。リベイル家の分家も帝国にいる為、ついでの配送というやつである。  「父上、私は父上なき部隊をまとめるため次代団長として"勇者"を継承する形となりました。しかし、追放されて以後に思った事は、その称号は私には不相応であったのでは?……という一抹の不安です。」  「フィラ……それは…」  "ですが、父上___!"  ハロルドは己の瞳を見据えた自身の娘の一言に微笑んでいた。  「私は紛れもない貴方の娘、フィラ・リベイルです。そして、私の勇者の称号は幼き日より父から託さられたものである事を今回の旅を通して思い出すことができました。」  一旦、口を噤んではフィラは笑った。  ___ニッ…!  「ですから、私は迷いません!、その果てに血塗れた運命が待とうと……"死闘の勇者"の名にかけて抗ってみせましょう!」  勇者ハロルドは光を見た、それは懐かしい光である。フィラの母、つまり俺の亡き妻を思い出していた。王族の出身でありながら、英雄にも負けぬ豪胆さを秘めた女性である。  「父上、涙が…!?」  「あぁ、すまん……つい、嬉し泣きでな」  妻は俺の遠征中を狙った魔族の襲撃で死んだ。  しかし___、  それは名誉な死であった、自身の娘二人を守り抜いたどころか死闘の末、魔族と相打ちでの戦死である。  彼女は強い女性であった、誰よりも己を曲げぬ女傑である。  あぁ、これは……いつの頃だったろうか…。  まだ勇者となる前、俺が王国を訪れて10年ぐらい経った時から【不老不死の英雄】と周囲から呼ばれるようになった。  そんな頃の話である___、  「ご機嫌よう、貴殿こそが彼の英雄と名高いリベイル様でお間違えないでしょうか?」  城内で一人の婦人に声をかけられた、俺は誰だか分からずに適当に返事をしてしまう。  「ま、まぁ……はい」  それが彼女を怒らせた…ッ!  「ちょっと!、せっかく挨拶をしたというのに何ですかその態度は!、それでも英雄なのですか!?、もしくは英雄である事にそんなに自信がおありでしょうか?」  「あ、いや…すまないレディ」  ___ゴホン……ッ!!  「先程に無礼をはたらいた事、ここに謝罪を致します。」   女性は頬を膨らませていた、まだ少し不機嫌である。  「まぁ……よしとします。」  「よかった、では…これにて___」  しかし、ここで何故か引き止められた。  「お待ちを、貴殿にいくつか質問があります!」  ___ピタッ!  「な、なんでしょう?」  「貴殿は……、いえ…それでは少し堅苦しいですね。」  その時、なぜか俺は呟いていた。  「それでは"ハロ"、と…お呼びください、姫様」  姫様は考えるような表情を見せた後、こう呟いた。  「ハロ……分かったわハロ!、では私からも自己紹介ね!、"王国序列番外席"ラクシュ・ラハト・ラブルステッドよ!」  番外席、つまりは特殊な事情により王位継承から外れた者のこと。そして、姓であるラブルステッドは初代国王の親族である事を意味する。  要するに亡くなった王の忘形見こそが、この姫様という事である。  「皆からはララと呼ばれているわ、よろしくねハロ?」  「こちらこそよろしくな、ラクシュ姫さ……」  ___キッ…!  「なるほど…、ララ」  ___ニコッ  「でっ、俺に質問って何でしょうか?」  「簡単よ、貴方に興味を持ったから」  そう言って胸元をつつかれた、俺は少し…いや、すごく面倒な事に巻き込まれたぞ……!  「ハロ、あなたの年齢は?」  「えーと…、ざっと80歳ぐらいですかね」  「あら、ハッキリしないわね?」  「この歳まで生きていると一々数えたり覚えるのが億劫でして、ははは……」  「ふーん…?」  それがララの興味に火をつけた。  「奥様はいるのかしら?」  「はい、8年ほど前にとある貴族の次女を嫁にいただきました。なんとも幸福な話です」  「へー、じゃあ爵位がおありで?」  「爵位と言いますか、形式上は小さな村の領主となっております。」  「お世継ぎはいるのかしら?」  「息子が一人だけ、しかし乱暴者なのが父親としての悩みですね。」  「ふーん、じゃあ貴方の第二婦人でも悪くなさそうね」  「ははは、そうかもし…………んっ!?」  ちょっと待て、この娘は今なんと言った??  「喜びなさい!、私が貴方を王族の仲間入りにさせてあげると言ったのよ?」  はい……  はい………?  はい…………!?  はっ…!?  「ご、ご冗談を……!」  しかし、彼女は本気であった。  「むっ、私自ら不敬罪で殴るわよ?」  「あの……話が見えないんですが…?」  「よく聞きなさいハロ、貴方は英雄、私は前王の一人娘。いわゆる美女と野獣というやつよ」  えっ…?、俺って野獣だったの!?  「そ、その話は一旦考えさせてくれませんでしょうか?」  王族の申し出を無下にするのは後々で厄介な事になりかねない。しかも、相手が年若い娘の場合、激情で何を仕出かすか分かったものではないからな……。  「あら、この場で断らないだけ紳士ね。ところで、この後の予定は空いているかしら?」  「いえ、近隣から原始の時代に絶滅した筈の竜王の末裔が現れたという報せが入った為、このまま出発の予定であります。」  「ふーん、そう……では、私は武運を祈っておくわ」  「はい、それでは失礼します。」  俺は上手い事、仕事を口実に逃げ出すことができた。  「あっ、ちょっと待った…!」  ___ビクッ!  「な、なんでしょう?」  「さ、最後にさ……"行ってきます、ララ"…って、行ってほしいなーって」  「あー、えーと」  姫様のキラキラとした目が眩しい。  「い、行ってきます…ララ」  「……!?、いってらっしゃい!、ハロ」  王国を出発した俺の顔は死んでいた。  何でかって?  だって___、  俺の騎馬に"姫様"が乗っているからだ。  「な、なぜ……」  「たまには冒険をしてみたい年頃なんです!」  ちょっと状況を整理しよう。  出発前、部隊の確認をしていたら姫様が忍び込んでいた。追い出そうにも王族権限で脅され、仕方なく馬車を用意しようとしたら拒否された挙句、俺と一緒の騎馬で問題の地域に向かう事になった。  さすがに寝る時まで一緒は……、マリアとは抱き枕として一緒に寝てたが……アレは特別だ!、今回の場合は王族だし、マリアとは訳が違う……種族とか……なんていうか体付きも違うから俺の理性が保たない。そのために別部隊の女性兵を何人か付き人として同行させたし、さすがに大丈……  「イヤです、ハロと一緒に寝ます!」  Noooo〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!?  クソッ!、なんで俺のテントにいやがるんだ!?  仕方なく、俺は姫様の護衛としてテントの外で夜が明けるまで立っておく事にした。  「ねぇ、ハロ……貴方は寝ないの?」  テントから伸びた手、先程に振り向いた時は何も着てなくてビックリしたぞ!?、なんか夜は何も身に付けない派だとか言っていた。  「あの……、ハロ」  「なんですか、姫様?」  俺は理性を保つ為、振り向く事なくぶっきらぼうに返事を返す。  「やっぱり怒っていますか?、私の……その、数々のワガママに対して……」  「いえ、それは無いです。」  「へっ……?」  「俺はですね、王国に来る前は……とある村で魔族と住んでいました。」  「魔族と………!?」  「ほんと、今の世の中では信じられないでしょうが、本当の事です。」  「私は……ハロを信じるわ」  「ありがとう、その魔族というのが少女のような姿でしてね、俺より年上でしたが姫様より幼く見えました。」  「わ、私は幼くなんか…!」  「失礼、そういう意図ではなくですね。その魔族はとてもワガママでした、俺はいつも彼女に振り回されてばかりでしたから」  「それは……大変だったでしょうね」  姫様の悲しそうな声、しかし俺の言い分は違った。  「でもですね、俺はそんな日々が楽しかったんです。あの少女が今どこにいるかは分かりませんが、再び会えた時には二人でまた笑い合いたいと思っているんです。」  「それは……素敵、とても素晴らしいことだわ…!」  俺は、少しだけテント越しの姫様を見つめた。  「俺はですね、あなたと過ごした今日一日で昔の薄れかけていた日々を思い出す事ができました。そして、自信は無いのですが、あの少女と姫様はどこか似ているんです。不器用で、それでいて一所懸命な姿を見ていると……本当に、そう強く感じたんです。」  「ぶ、不器用で悪かったわね……」  「ははは、怒らせてしまったのなら失礼な事をしま……ッ!?」  ___グイッ!  鎧を後ろから引っ張られてしまった、そのままテントの中に倒れ込む。  「ちょっと姫様!、もし倒れた際に押し潰してしまったら危な……」  あっ!、そういえば姫様って裸体でしたね……  「し、失礼……、今すぐ出ますので!」  「お待ちなさい!、王族として命令します!、だから止まりない!」  ___ピタッ…!  「なんでしょう……」  背後にいる姫様へと問いかけた。  「権力を振りかざす、このような私を……貴方は蔑まないのですか?」  「私は英雄なれど、王国の一兵士です。そして、貴女様は王族ですから」  「そう……、そうなのですね…」  涙の落ちる音を聞いた、それは微かだが……確かな物音である。俺は、咄嗟に振り返ってしまった。  「こんな……最低な私をあなたは………、いっそ拒絶してくれていた方がどんなに楽であった事だろう……」  姫様は泣いていた、しかし……無礼を承知で申し上げよう。  その姿はどんな宝石にも勝る輝きを有していた。  だから、無意識のうちに___、  「顔を上げてください、"ララ"」  「あなた……今…」  騎士は片膝をつき、両手でララの右手を優しく握った。  「女性を泣かしてしまうなど騎士の恥です、そんな俺をどうか笑ってはくれませんか」  ララは少しの間だけ呆気に取られた表情を浮かべるが、すぐに笑い声が漏れていく。  「あははっ……ごめんなさい、本当にカッコよくて、つい見惚れてしまったわ」  「ララにそんな風に言っていただけるとは、騎士の本懐を遂げたと胸を張って断言できます」  そう言うと、握っていたララの右手にキスをする。  「ふふっ……、散々迷惑をかけた相手にまた惚れ直すなんて、少しだけ悔しいような……すごく嬉しいような……もう胸がいっぱいだわ」  「でしたら、結婚の件についてお受けすると申した場合、どうお思いになるでしょうか?」  「へっ……、それって……!」  ララは微笑んだ、満面の笑みで微笑んだのである。  「ハロ〜ッ!!」  ララに抱きつかれた、しかしララは裸だ!?、ちょっとマズイ予感がするぞ!  ___バッ!  「隊長!、今のは……ッ!?」  部下達が雪崩れ込んできた、ヤバいぞ……  「た、隊長?、それにラクシュ様は衣服はどうなされたので!?」  俺が思考停止している最中、いち早くララが口を動かした。  「こほん………諸君。君らの隊長様、そしてこの私、ラクシュ・ラハト・ラブルステッドはこの場で正式に婚約を宣言します!、結婚式は王国への帰還と同時に早急に執り行う事とします!」  部下達の反応は様々だった。  「カタブツの隊長が……」  「まさか第二婦人を…!?」  「俺のラクシュ姫が……」  「俺達の隊長が……」  「えっ?、姫様と結婚するの?」  しかし、ララはそれらを一瞬で黙らせた。  「つきましては王国帰還時、この部隊の全員には休暇と臨時報酬、加えて___」  ___ゴクリ…!  「赤ちゃんへの命名権を約束します!」  イィイエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!!  すまん、あの日以降からさ……部下が普段以上にやる気に満ちていて怖いんだが……。  「ドラゴンだ!、殺せ〜!、殺せ〜!!」  「姫様と隊長の愛に比べたらお前の炎なんてクソだ〜!」  「絶対に皆で生きて帰るぞー!」  「「「「オォォーーーッッ!!!」」」」  目的であった竜王の末裔を発見、及びに現在討伐中である。  でも、部下が頑張りすぎていて隊長の俺が出づらい……  「ハロは出なくて大丈夫なの?」  ララに聞かれた。  「いや、なんか……熱気に押されて近寄りがたい…」  「私は…、ハロのカッコいい活躍ぶりが見たいなー……なんて」  おいおい、その顔は反則だぞ……!  「行ってくる、ララ」  「うん!、いってらっしゃいハロ」  俺はドラゴンを視界に収めると腰から剣を引き抜いた。  「お前ら!、ここから先は俺が相手する!、全員下がってろ!」  「隊長が剣を抜いたぞ!」  「すごい!、退魔の剣だ!」  「俺、初めて見た!?」  俺は迫り来るドラゴンに対して静かに天高く剣を掲げる。  この世には時として魔法と見紛う程の現象が引き起こされる事がある。  その内の一つ、数々の英雄が強敵との死闘の最中に到達、そして死んでいった技がある。  己の魂を犠牲にして人生最高の一撃を引き出す絶技、その名も"必死の一撃"を以て終いとしよう。俺は不老不死、この程度で死ぬ事はありえない……だがら、出し惜しみは無しだ!  「悪いが、カッコつけさせてくれよ」  天を切り裂いた一撃、ドラゴンを切り裂き地面を抉る。  ___ズバァン……ッ!!  勇者の一撃、とくと見よッ!!  無事に王国へ帰還、直ちに結婚式を挙げたのは王国の歴史を振り返っても前代未聞の事だったろう。  そして結婚後は王国を離れ、俺が治めている領地へと引っ越した。  しかし、結婚生活は順調とは行かなかった。  理由は、ララとの間に子供をもうける事が長いこと出来なかった事。加えて、妻同士の不仲である。  第一婦人 "カラ・ジュバル" は王国内で見れば下級の貴族だ、その為に王族であるララとは直接的には矛を交えない。しかし、この一族は帝国との貿易で財を築いてきた腕利きの商人でもある。  あとになって蓋を開けてみると金と人脈に任せた呪物や呪術の乱用、この件にはララの不妊についても関与していた。しかし、退魔の剣が幸いにも呪いを跳ね除けてくれたらしい。  結婚から5年後、皆が待ち侘びていた娘の誕生である。部下達と相談して名前は"フィラ"に決まった。  この名はフィラの祖父にあたる初代国王"フィラベルト・ラハト・ラブルステッド"から取られた由緒ある名前である。  そう、フィラは皆から愛され、祝福を受けて生まれた子である。  しかし、それを妻のカラは祝福してはくれなかったのだ。  フィラが2歳になる頃、カラは命を奪おうと呪術を発動したが結果として失敗に終わり、呪いの代償として死亡した。いわゆる暗殺未遂である。  加えて、フィラが4歳になった頃、一人息子の"ジョン・リベイル"が妹であるフィラ本人を殺そうとして逆にフィラの手で殺害された。その時、俺の娘には"加護"、つまりは神からの祝福がある事を知ったのだ。  加護の効能が彼女を結果的に守ったのだ、これは奇跡としか言いようがない事である。  それから、二つの出来事があって以降のララはすごく行動力に溢れていた。  「ハロ!、私に剣を教えて」  という風なことを言われた………  「いや、さすがにお前には危険すぎる」  そう言って、ララの肩に手を置いた。  ___グイッ!  俺は目を丸くした、歴戦の猛者だと自負していた俺自身が簡単に投げ飛ばされてしまったのだ。  「ぐおっ…!?」  俺は混乱していた。  「私は、かつて"武神"と恐れられた王の一人娘、甘く見ないことね」  「ぜ、善処します……」  ララには才能があった、叩き上げの俺程度なんか霞んで見える程に武人として生まれ持った才覚は最上級である。  俺は不老不死である事、そしてそれによって代償を踏み倒した必死の一撃。加えて、かつて魔族から教わった魔力操作の基礎でゴリ押してばかりの粗雑な戦闘をしてきたが………ララは真逆も真逆、その戦い方は見惚れる程に洗練されていた。  手に取った武器の特性を瞬時に理解し、応用する力に長けていた。それは加護や魔法なんてものではない、紛れもない天賦の才である。  「ほら、どうしたのハロ?」  剣先が俺の頬を掠める、思わず冷や汗が吹き出た。  「ははっ、怖いな…」  反撃代わりに退魔の剣がララの握った武器を打ち砕く、しかし彼女の判断は素早かった。  すぐさま持ち替えた槍先に心臓を穿たれた、不死でなければ今ので死んでいた。  「才能とは、恐ろしいものだな」  ここからは俺も本気で行こうか!  魔力が迸る___。  ___ズバァン……ッ!!  力は互角、しかし武器の性能が勝敗を分けた。  「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」  退魔の剣がなければ負けていた、本当に恐ろしい事である。  そして、娘のフィラにも母譲りの才能があった。今はまだ幼いが、そのうちに追い抜かれてしまうだろう。  次女が生まれた、名前はリリィに決まった。リリィ・リベイルである。  しかし、最近の俺は魔族との戦争が激化した影響で領地を留守にする事も増えてきた。  「ララ、まだ出産まもない身なのだから見送りなど不要だと言っただろう…?」  「ふふっ、妻の意地というやつよ」  そう言って頬にキスされた。  「帰ってきたら三人目が欲しいな♪」  妻の目は本気であった。  「はは……は…」  しかし、残念な事に……妻との会話はこれが最後となってしまった。  大雨の中で馬を走らせた、全速力で走らせていたのである。領地が魔族に襲われた、俺の留守を狙っての事である。  「クソ…ッ!、クソッ!、くそ…っ!?」  妻と……娘のフィラは……、それに生まれたばかりのリリィが心配で仕方がなかった。  そして___、  これ程までに魔族を憎んだ事はなかった、それ程までに己に怒りを覚えた事もなかった。焦りと憎悪が時間の流れを加速させていく。  …………。  結果だけ告げよう、娘二人は無事である。  妻は……、産後の疲労が祟って魔族と相打ちにまでは持ち堪えたが………  その後、死亡した。  あぁ、俺が……あの場にいれば…  俺が戦争なんかにかまけてなければ…!  妻…ッ!?、ララは死なずに……ッ!!  俺は娘二人を抱きしめた、今は何を失ったかよりも何が残されたかである。  俺達は王国に身を置いた、その際に王から新たな部隊の編成案を聞かされた。  騎士団とは異なる王下直属の魔族殲滅部隊"勇ましく死に向かう者"、いわゆる特攻部隊である。  その部隊の指揮を任された、俺は直ぐにも王に了承の返事をしてみせた。憎き魔族を殺せるならば、それで良いではないか!  たぶん、俺が明確に魔族を敵視し……憎しみで殺し続けるようになったのは、この時期からである。  俺は"勇ましく死に向かう者"『勇者』の初代団長に就任した。魔族との戦争とは別に魔族の集落などを焼き払うのが仕事だ、まぁ…汚れ仕事というやつだな。  だから、無抵抗な女子供だろうが魔族なら殺した、"魔族"だから殺した、魔族ならば躊躇なく殺せるようになっていたのだ。  たぶん、その時の俺は……壊れていた。  ほんと……ララが見たら、泣きながら殴られただろう。  俺は……、  おれは………、  ___最低だ……ッ!?  馬車に揺られる中、娘のフィラの声に呼び戻される。  「父上……?、父上…!」  「んっ?、あぁ……悪いなフィラ、たぶん疲れているのかもな」  「そう……ですよね、私のワガママに付き合わせてしまった事、誠に申し訳ございません…」  「いや、娘は父親に対してワガママなものだ。気にするような事ではない」  そう言うと、俺はその場を離れた。  何日か経過した後、帝国に到着した。ザックがいたおかげで直ぐに通してもらえて本当に助かった。  「じゃあなフィラ、ここで俺達とはお別れだからな、でも何か恩返ししたいと思ったら俺の店で買い物をしてくれよな、その時はサービスするからさ」  ザック、従者のサハス、そして従者見習いのヤハウェとは帝国の入口で別れた。本当に彼らには感謝するしかないだろう。  残ったのは私、マリア、そして父上である。今から分家の方に交渉を取り付けに行く予定だ、何も問題なければいいが………  「何!?、本家だと!、我らを見捨てた末に没落した愚かな者共を助ける義理はないわい!」  大いに問題ありであった、これからどうすれば………  すると、父上が案を出した。  「ここは父である俺に任せてはくれないか、この国の皇帝とは少なからず面識があるのだからな」  「何!?、勇者だと!、かつて護衛の際にワシのお気に入りの愛馬を行方不明にした男ではないか!」  ダメだったらしい、もはや手はないのか………  すると、マリアが手を挙げた。  「私に良い案があるわ」  「「良い案……??」」  「でっ、転がり込んできたのが俺の店ってわけ?」  ザックは呆れて何も言えなくなってしまった。  マリアは手を合わせると、こう言った。  「ごめんなさいザック、少しの間だけ泊めてほしいの!」  「分かったわかった、でも…ひと月だけだからな」  それからはザックの店で三人はテキパキ働く事となった。もちろん、給料も出るので安心である。  ザックの店はどちらかと言えば骨董品屋に近かった、一階が店として2階以上は賃貸となっている。  ザック・ジュバルという男は金持ちだ、それも超が付く程の大金持ちである。古くから商人の家系らしく、王国の方にも貴族の親戚がいたらしいが何年か前に没落し、その後は分からないと彼は言っていた。  「ザック!、やはりこのメイド服は恥ずかしいぞ」  短いスカートに顔が赤面する。  「フィラ、俺を呼ぶ時は店長と呼ぶように」  「くっ、殺せ………店長」  嫌そうなフィラからの一声にザックは興奮していた。  「う〜ん!、そんな表情で見られるとゾクゾクしちゃうよ!」  忘れていたが、この男は生粋の変態である。  「くっ、殺せ………いっそ殺してくれ」  フィラの影響か、店の売上は3倍に増えたそうである。  帝国に来て庶民と同じ生活を送っていると、自然と聞こえてくる噂話もあるものだ。  「王国が非道な実験をしてるって話、あんたは聞いたかい?」  「えぇ、街中は謎の疫病で死体が溢れてるんだとか……」  なんだか……最近、王国が不穏な動きをしているらしい……私の中の憎しみが見え隠れする。  必ずやリリィの仇は取ってみせよう、それこそ我が身を刺し違えたとしてもだ。  「ザック、いや……店長、街中で広まっている噂話を聞いたか?」  「あぁ、フィラが耳にする数刻前には聞いてたよ、なんか…嫌な予感がするな」  珍しくザックは不穏な顔を見せていた、こういう場合は不思議と予感が的中するのである。  「ザック様、朝食の準備が出来ました。」  「ヤハウェも手伝ったよー!」  二階から元気な声が聞こえてくる、私は父とマリアを呼んでくる事にしよう。  朝食の話題は、先程の王国についてであった。  あと、マリアは体調が悪いらしく欠席している。  「んー、王国が………それじゃあ、ここは王の懐刀だった勇者として、どう考えます?」  ザックからの質問、ハロルドは答えた。  「考えられる可能性は、かつて王国が開発した"呪術"に関する事だ………呪いは危険ではあるが、それだけ強力でもあるからな、王国側が何かしらの発見をしたのだと睨んでいる」  呪術、これは勇者が不死である理由にも起因している。かつて、王国が魔族の戦争で生み出した負の遺産である"呪術"、それは条件を満たせば魔力に乏しい一般人でも魔法に匹敵する効果を発揮できる強力な代物である。  例えば、勇者の身に刻まれた"不死の呪い"は一時的に死なない代わりに寿命を消費する。それを勇者は自身の"不老の加護"で代償を踏み倒している為、不老不死として成立している。  ただ、一般人が用いた場合は戦争において一時的に不死身の英雄と化すが、その後は寿命が尽きて戦死するか、戦争で生き残れていた場合も先を生きていくだけの寿命は、悲しい事にあまり残されてはいないであろう。  「もしかしたら魔族との戦争に追い詰められた末、自国の民を何かしらの呪術の生贄にしている可能性も考えられる……」  父上の言葉、私は激情していた。  「本当にふざけてるわ!、何が王国よ!、そんなの国として破綻しているわよ!」  「フィラ、落ち着きない……」  「父上、ここは勇者として王国を救いに行きましょう!」  「フィラ……」  「きっと私達なら……!」  「いいかげんにしないかフィラ!」  場が凍ったのを肌で感じた。  「俺達でどう立ち向かうと言うんだ?、王を討てば国は救えるのか?、その後に国を立て直せるだけの手段はあるというのか?、それに噂の真偽も定かではない、それなのに無策では___ッ」  ___父上…ッ!?  フィラの声が食卓を木霊する。  「何を恐れているのですか?、昔の父上ならば果敢に敵を討とうとしていたじゃありませんか!、まさかマリアという魔族が気がかりでしょうか?、確かにずっと体調が優れない様子ですからね!、よもや亡き母を忘れて魔族などにうつつを抜かしていているとでも……ッッ」  ___パァン…!  初めて……、訓練以外で娘を傷つけてしまった。赤く腫れた娘の頬、閉じた口をぐっ…と噛み締めている。  「あぁ、怖いさ!、恐ろしくて仕方がないよ!、"お前"を失ってしまうかと考えると震えが止まらないんだよッ!!、俺は妻を無くした!、そしてリリィもだ!、最後にお前を失うという事態だけは絶対に避けなければならない!」  勇者は一人の戦士でありながら、それと同時に一人の父親でもある。  我に返った時、もはや娘との対話は不可能であると気付かされてしまった。  「フィラ……、俺は…」  「よく分かりました、父上が腰抜けであるという事が……本当によく理解ができました。」  「フィラ!、何を…ッ!?」  「私は今日の夜にでも王国に向けて帝国を発つ予定です、それが私一人だけだったとしても……私は勇者として王国を必ず救ってみせましょう…」  フィラは食卓から席を立つと何処かへと飛び出して行った。ハロルドも急いで追いかけたが、残念な事に見失ってしまった。  仕方がない、地道に探すとしよう。  「おや、そこのお兄さん……珍しい物を腰に差しているね」  武具を露店で販売しているらしい女主人に話しかけられた、俺は無視して娘を探そうとするも止められてしまった。  「まぁ、待ちなさいよ勇者様」  ___ピタッ…  「何故それを…!?」  女主人は怪しく笑った。  「その退魔の剣、おそらく使いこなせる人物が居るとすれば現状は勇者しかいない……ただ、それだけさ」  「この剣の正体まで見破っていたとは……」  正直なところ驚かされてばかりである。  「ようやく話を聞く気になったかい?」  「あぁ、いいだろう……話を聞こうじゃないか」  女は告げる。  「お前の実力では、あの娘と同じく王国に向かえば間違いなく負けるだろうね」  まさか……俺は勇者だぞ!?  「その退魔の剣、そいつの本質を全くお前達は理解していない。まぁ、鞘が不足しているせいもあるだろうがね」  「鞘だと……?」  鞘になら、今しっかりと収まっているではないか?  「ふふふっ、その鞘は贋作なのさ、残念ながら最初の持ち主が無くしちまったらしくてね」  「まさか初代国王が………」  「だから剣は未だに不完全、そして使い手である勇者、貴様もまた不完全だと言える」  この俺が…?、人類最強と呼ばれたこの俺が不完全だと……??  「人類最強なんて怪物の前では飾りにもならないよ、アンタがなるべきは世界最強さ…」  「なれるのか、この俺が…?」  「さぁて、その答えは身近な人物が知っている筈さ……」  答えを濁されてしまったか……  「では女主人、俺に言うべき事はこれで終わりか?」  「あぁ、そうさ」  「そうか、礼を言う……」  俺はこの場を去ろうとした、その時に女主人に呼び止められた。  「私の独り言に付き合ってくれたお礼さ、アンタに何か良い武具を見繕ってやろう」  「俺に……?」  「あぁ、だが少しばかり時間がかかりそうなんだ、明日の朝にでも取りに来てくれよ」  「あぁ、分かった、楽しみにしておく」  女主人との約束を取り付け、勇者はこの場を後にした。  夜になった、しかし娘のフィラとは口を聞けないまま出発してしまった。その際、一緒にザックとサハスが同行すると申し出ていたのを覚えている。  俺は自室に一人残されていた、なんだか落ち着かず胸騒ぎがして腰から差した剣を降ろさずにいた。  ___コンコン!  誰かが俺を訪ねてきた。  「ハロ、今って大丈夫かしら?」  顔色の悪いマリアであった、彼女は無理に笑顔を取り繕いながら入ってくる。  「辛そうだな、俺のベッドを使ってくれ」  彼女をベッドに横にさせ、俺は椅子を持ってきて座った。  「ケホ!ケホ!、ハロと……二人だけで話がしたかったの」  「大丈夫か?、なんだか苦し……」  「もう、時間が無いの……!」  マリアは今にも泣き出しそうな表情で俺を見ていた、俺は静かに聞いている事にした。  「少し……昔話をしましょう、これは___」  まだ、世界が未だに"原始"と呼ばれていた頃、魔族は今よりも更に無敵であり不滅の存在であった。  魔族とは、魔を冠する種族、彼らは魔力に大きく影響を受けるのである。特に"原始の魔力"と呼ばれる特殊な魔力が満ちていた時代の魔族は、その力を用いて数々の種族を滅ぼしたのだ。  その当時の魔族は死して灰になろうが灰の中から蘇ったとされる、現代では全くあり得ない事である。  では、話を変えよう。  現在であっても、そのような現象が起きていたとすればどうだろうか?  マリアは話を一旦、ここで止めた。  「マリア、何を……言いたいんだ…」  彼女は笑った。  「たぶん、もうハロなら気づいているんでしょ?、私が蘇った存在だという事を……」  「マリア……」  「そして、原始の魔力には欠点もあって……」  「マリア……!」  「それはね……」  俺はマリアの肩を強く掴んだ、その先を言ってはいけない。  「それはね、接種し続けないと死んじゃうの……」  何となく予想はしていた事である、しかし…面と向かって言われると言葉では表現のしようがなかった。  「私は、あなたに一度殺されたの、間違いなくね」  俺は辛い記憶を思い出して目を瞑る___。  「でも___」  マリアは語り出した、真相を語り出したのである。  とある魔族がいました、村人と共生して生きている現在では数少ない魔族である。  しかし、その魔族の元に人間を憎む魔族が、その魔族に対して王国の非道な行いを耳打ちします。  怒った魔族は村を焼き払いました、それがヤハウェの住んでいた村でした。  そして、二人の魔族は王国に向けて出発します。  しかし___、  その道中に王国のものと見られる馬車と騎馬隊の姿を発見します。  魔族達は馬車を襲いました。  馬車には幼い女の子が乗っておりましたが、憎しみに燃えた魔族には関係がありません。  子供は希望を捨てません、姉が助けてくれると信じていました。  しかし、姉は来ませんでした。  女の子は拷問の果てに死にました。  しかし___、  姉を憎む事など決してしませんでした。  その時、奇跡が起こりました。  倒れていた筈の王国兵士が魔族の隙をついて背後から心臓を突き刺しました。  その際、反撃を受けた兵士は絶命しますが、魔族の片割れも道連れに死んでしまいました。その場に人間の死体、それから跡形も残らずに朽ち果てた"魔族の灰"だけが残されました。  もう一人の魔族はパニックになり、逃げ出しました。その行方は誰も分かりません。  次に、そこを訪れたのは死んだ女の子の姉でした。  彼女は絶望に屈し、泣き叫びました。  では、ここで質問と致しましょう。  ___原始の魔力とは、一体何なのでしょうか?  「答えは感情……」  マリアは静かに答えた。  あらゆる種族が存在した時代には、あらゆる感情が存在した。だから、世界は原始の魔力に満たされていた。  それを……、かつて魔族は自らの手で滅ぼしたのである。  「そして、魔族が蘇るには条件がもう一つだけあるの」  「魔族の灰か……」  俺はマリアに代わって言葉を紡いだ、それに対してマリアは微笑んだ。  「そう、原始の魔力に変質する程のフィラの"憎悪"と"魔族の灰"が私を死地から蘇らせたの……でも、それは偶然の産物でしかない、再び原始の魔力を接種する事の叶わない私は……このまま死ぬしかないの……」  息も絶え絶えにマリアは告げた、その額からは脂汗が垂れている。  「マリア……」  俺は心配そうに彼女を見つめる事しか出来なかった。  「でもね…、まだ私には利用価値があるの……」  彼女は額に汗を滲ませて笑った。  「マリア、何を……」  「だからハロ、私を再び殺してほしいの……紛れもない貴方自身の手でもう一度」  あの時、あの瞬間、マリアを殺した時の記憶が勇者の脳裏を駆け巡る。  「馬鹿を言え!、そんな事ができるか!」  しかし___、  マリアは震える足取りで立ち上がる。  「この世には、相手を殺した際に称号を獲得する事があるわ……」  例えば、竜殺しが見事に竜を討伐した強者にこそ与えられる称号であれば、その者は竜の鱗のような強靭な肉体を得ることがある。  では、それが魔王だったならば___?  「ねぇハロ、魔王を殺すという事は最強種である魔族、更にはその最強の頂点を殺すという事に他ならない、言い換えれば魔王殺しとは、その他全ての種族に至るまで分け隔てなく殺せるに等しい、だから…今の貴方ならば何者でも殺せるの……」  そして___、  「同じ存在を二度殺せばどうかしら?、おそらく称号の効力は跳ね上がる筈だけど、常識的に考えてみれば試しようがないわよね。だって普通、死んだ相手は蘇えらないのだから……」  でもね___、  マリアの指先が退魔の剣に触れる、苦しげな魔王の吐息が勇者の胸元にかかっていた。  「今なら試せる、私が蘇ったのだから……」  「マリア……、だが…それは……」  今にも泣き出しそうな俺の耳元に、彼女の弱々しい囁き声が聞こえてくる。  「お願い、これが皆を救う唯一の方法なの……」  俺は、息が荒くなるのを感じながら退魔の剣を引き抜いた。マリアはにっこりと笑っている。  「やっぱり優しいね、ハロは……」  「すまない…!、マリアッ!」  ___ザシュ…ッ!!  あの時と同じ、あの時のように彼女の腑を突き刺していた。生温かい液体が勇者の手を染める、震えた声がマリアを呼んでいた。  「マリア!?、しっかりしろマリアッ!」  ___ギュッ…!  マリアは勇者を抱きしめた、あの時のように強く抱きしめたのである。  「ありがとうハロ、辛かったよね……本当にごめんなさい、貴方にばかり……こんな辛い思いを背負わせてしまった……」  そう、マリアは言うと勇者の頭を優しく撫でたのだ。  「だからハロ、頑張った貴方にはご褒美のプレゼントをあげなくちゃ……」  マリアは瞳を閉じた、途端に血の涙を流したのだ。そして、魔王の指先が勇者の両目に触れる。  「何を……ッ!?」  勇者は混乱した、と思った瞬間に両目に激痛が走る。  「えへへ、私の"目"は貴重だから…大切に使ってね……」  彼女は無理に笑ってみせた。  「マリア!、なんという事を…!?」  その瞬間___、  "看破の瞳"を通して勇者は未来を見た。それは果ての無い絶望、あらゆる希望がただ一柱の女神によって踏み躙られる様子を吐気が込み上げる程に見せられた。  何とも恐ろしい情景、ひどく勇者は困惑したのだった。  「な、何だこれは…!?」  その様子に、魔王は力無く語った。  「それが……私の見てきた未来なの…、それを止める為に……私は今まで多くを犠牲にしてきた……ケホ!、ケホ!ケホ!」  ひどく魔王は咳き込んだ、あまり時間は残されていないらしい。  「ごめん、私……本当はバカなんだ、だから最後には皆を悲しませちゃうの、でも良かった……予想は正しかっ…た…よ、今の…貴方なら……」  "万物を殺せる___!"  マリアは屈託なく笑った、勇者との別れに笑ったのである。  「あぁ、マリア……」  この別れに勇者は悲しんだ。  「さよなら……ハロ…」  「あぁ、そうだなマリア……」  最後の瞬間まで彼女は笑っていた、俺を一人悲しませぬように自身の死の間際でも笑顔を絶やさなかったのである。  「すまない……すまない、マリア…!」  ___魔王よ、原初の魔王よ、今はただ安らかに眠れ………  気が付けば朝になっていた、女主人との約束を果たす為に俺は朝早くに市場を訪れていた。  すぐに彼女は見つかった。  「あぁ、すまない、実はまだ準備が出来ていなくてね」  「構わない、俺はこれから……」  「王国に向かうんだろ?、じゃあ約束に間に合わなかった分だけでも清算するとしようかね…」  空を何かが覆う、見上げると巨大な鷹が降り立ってくる。  「昨日より良い目になったね勇者様、だったら鍛冶場の女神ペパレス神に誓って私があんたを王国まで送り届けてやるよ」  そう言って武器屋の女主人は笑ったのである。   https://ai-battler.com/character/1280c8b1-0b6b-4e89-8edb-5f7db9c1442c