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魔王の従者

 私は従者、魔王の純然たる従者である。  私を拾って下さった魔王様は、いつもお疲れのご様子で私は少し心配である。  普段から玉座で寝てしまう方なので大広間への巡回は毎晩欠かせません。  私は魔王様に救われてから6年、まだ指で数えられる程度でそこまでの年月は経過していない。しかし、私にとってこの6年間は温かくて幸せな6年間であった。  きっと…、これからも………  誰かが泣いていた、戦場で泣いていた。先程まで、ほんの少し前まで街であった筈の場所は血と灰と恐怖で染まり切っていた。  あぁ、私だ……泣いているのは未熟で弱い私だ。  抗う術を持たずに、ただ絶望に組み伏せられた幼きあの日の私であった。  突如として始まった"堕神"との戦争、別名"神殺し"において魔族も人間も区別なく死んだ。皆んな死んだ。  家族……妹がいた…、私には……。  人間の王国は滅び、帝国では勇者一行を含む戦力の大部分を消失。魔族側も今は亡き偉大なる前魔王を中心とする魔王連合の大半が壊滅、対する敵はただ一人、憎き女神"堕神"たった一人に全ては崩壊させられた。  封印から解き放たれた堕神は全てを破壊する未曾有の被害を齎した。  しかし、希望はあった。  我らが新たなる魔王、"次代の魔王"様が全てを…、堕神を打ち倒したのだ。  魔王様は、果てなき死闘の末に堕神を殺した。  しかし、それで終わりではなかった。  堕神との戦争において未曾有の被害を齎された者達が、行き場を……生き場を求めて彷徨い続けていた。  私も…、その一人であった……。  私は、何も分からぬまま地べたを這いずり、今を生き抜くので精一杯であった。盗みを働いた事も当然ある、他にも………。  「イタぞッッ!!!」  私の心臓が跳ねた、出血が止まらぬ足を引きずって声とは反対方向へと逃げる、いや…逃げるしかなかったのだ。  昨日の盗みの報復…?、もしかしたら前に殺した奴の仲間か……!?  私は最悪の状況を想像して逃げる、人混みを押し退けて、息絶え絶えに泥にまみれようと、血が垂れ流れる足を引きずって逃げる。  ___ドシャッ…!  ぬかるんだ地面に足を取られた、盛大に転んだ私の背後に迫り来る足音が複数、足が動かない……  乱暴は慣れている、その筈だ……私は目を硬く瞑った……迫り来る手に恐怖していた。  「ねぇ、そこの貴方!、ちょっといい?」  刹那の断末魔、その後に聞こえてきた優しい声。私はゆっくり、恐れながらも目を開けた。  「貴方、怪我してるじゃない!、大丈夫?、私が治療してあげるから怖がらなくていいよ」  最初、誰か分からなかった、今になると少しお恥ずかしい。  「ひどい怪我!、それに……」  魔王は幼き少女を見て絶句する、咄嗟に抱きしめていた。強く、しかし優しく少女を包み込む。  「ふぇ………???」  理解が追いつかない、もちろん抱きつかれた事にも驚いた。しかし、それ以上に彼女の抱擁は温かく、安心できた。私は思わず涙が出た、今まで堰き止められてきた感情が、涙が溢れて止まらなかった。  魔王は、静かに小さき命を抱きしめる。それは母のように、子を抱きしめるように……  そして、意識が……遠のく….……  私は目を覚ました。豪華な装飾の施された天井やベッド、それに壁や床に至るまで私は混乱した。  次に泥や汗の滲んでいない真っ白な服装品を身に纏っていた事に気づく、それに私の身体から微かな石鹸の香りがしていた事にも。  「こ、ここ?……えっ??」  小さな手が布団を握る、混乱と恐怖が私を中心に渦巻いた。  「あら….もう起きたの?、具合の程は大丈夫かしら?」  見知った顔が部屋に入ってくる、私を抱きしめてくれた方だった。  「は、はい……たぶん」  ぎこちなく返事する、これがその時の私の精一杯だった。  「じゃあ自己紹介からね!、私は魔王!、次代の魔王よ!」  「………ッ!??」  噂には聞いていた、道行く人々が口早に語る英雄の話を……しかし、私にとってそれは夢物語のような存在で、私は驚きで開いた口が塞がらない。  「ま、魔王!……こ、このように良くして下さり誠に……」  「あーストップ!、ほら頭を上げて、そう畏まらなくていいから」  私は、顔を上げる事が出来なかった……どうしても、下げ続ける事しか出来なかったのだ………  「ほら、えっと……まずは貴方のお名前を聞かせて、ね?」  魔王は、そっと少女の頭を撫でた。震える小さな背中を優しく撫でた。少し、落ち着いた。  「シュガー、名前はシュガー・バラディエン……です。」  うまく、話せただろうか……一抹の不安が私の脳裏をよぎる。  しかし、魔王は優しく微笑む。  「シュガー……良い名前ね、私の本当の名前はセレナスハート・センバル、セレナで良いわよ!」  魔王は笑う、次代の魔王改めてセレナスハート・センバル、セレナは笑った。  「んっ………夢…?」  私は朝早くに起床する、いつもの事だ。  着慣れた制服を己の身に纏い、長い廊下を淡々と規則的な足取りで進む。  ___コンコンッ…!  「失礼します。」  暗がりの寝室を横断し、カーテンを開ける。差し込む光に照らされる、私ともう一人……  「あと……10分…」  「おはようございます、魔王様。今日は昼に"裂壊の魔王"との大事な会食がございます。それから朝には書類の整理、特に目を通していただきたい書類が3件……魔王様」  「ねむい……ねむいよ〜…….あと少しだけ寝かせてよぉ」  「はぁ…、そう言っていつも昼間まで寝過ごされているではないですか。毎朝起こしに来る私の身も考えていただかなくては」  「昔はもう少し可愛げがあったのに…、今じゃあすっかり堅物だよ〜」  「早く起きた方がよろしいですよ、このまま起きない気であれば裂壊の魔王殿に早めにお越しいただいた上で起こしていただくしかありませんね……」  「やめて…!?、あの子って昔から容赦無いから!、ね!、起きたよ?、ほら!」  「おはようございます、魔王様。早起きとは感心できますね」  「も〜、シュガーのイジワルぅ〜!」  「私は貴方様の従者、そのような死に値するような愚行、私が行おう筈がございません。」  これが魔王、私の真に敬愛する次代の魔王様の姿である。面倒臭がりで、怠け者、その上で無計画の考えなしに厄介事に首を突っ込みたがるお人好し、私でなければ到底付き合いきれない程の呆れた魔王様。  「さあ、着替えを用意しております。まずは貴方様のお召し物からお預かり致しますので、迅速にお脱ぎ下さいませ」  「シュガー……脱がせて〜!、脱がせてよ〜!」  「まったく……」  "貴方という人は……"とシュガーは内心で微笑んだ。 https://ai-battler.com/character/5f83ad24-1dae-47df-8ada-efa51f7cbd68