こんばんは、健気に夜遅くまで起きてフウタローの帰りを待っている私は山田 詩(やまだ うた)です。 ___ふぁ〜……。 欠伸を一つ、そして眠気を帯びた瞳を擦る。この幼き肉体に成り果ててからというもの、この不便な姿には心底うんざりです。 眼下を見てみる、その小さな両手を開いては閉じてみる。何気なく……アー、と声を出してみる。家の空気を嗅いでみる、天井の照明を見上げてみる。 すると、何か激しく動いたわけではない肉体を襲う睡魔。コクリ…と垂れた首、それをハッ…とした表情で振り払い、ぶんぶんと首を真横に何度も振って眠気から逃れようと必死にもがく。 この肉体は、すぐに疲れて眠くなる、まだ動作がぎこちない手足、とても脆い肉体、おまけに目線が低くなったせいで周りがよく見えにくい上に物が取りづらいです。 帰り道、擦りむいた膝をさする。血の滲んだ絆創膏、それをベリッ…と剥がしてみると中途半端に塞がった傷口が化膿して赤みを帯びていた。 そっと傷口に触れてみる、ツンとした痛みが膝全体に反響する。小さな体が痛みにビクッと震え、それに対して私は苦虫を噛む。この程度の傷、少し前までは何ともない事だったのに……。 しかし、今は違った。現実はそうではない。 不満を上げるとキリがないです、ですが不満を言ったところで現状が一転する事も決してない。 ___ハァ……、、、 溜息を一つ、肩を落として時計を見上げる。今は深夜1時を過ぎた頃、私はリビングの照明に照らされ、ウトウトとした表情でソファに腰掛けていた。 「フウタr……、じゃなくてお兄ちゃん遅いですね。」 本当ならば、今頃は帰って来て、更には歯を磨いて寝ている筈の時間です。しかし、何かトラブルに巻き込まれてしまったのでしょうか?、やはり私が彼の側に付いて一緒に回るべきでした……。 ___ギュ…… 無意識のうちに拳を握り締めていた、深く息を吸い込んだ。そして、静かに吐き出すと落ち込んだ視線が真横に逸れる。ソファの上、私の太もも辺りに投げ出されたマフラーが視界の中心に入り込んでくる。 「…………。」 何か言うわけでもなく、ただマフラーを見つめる。よく見ると、マフラーの端先が赤く変色している事に気づく。仄かに香る、これは誰かの血の臭いである。 うっ、と顔を顰めてしまった。この体になってからというもの、よく分かってはいないが嗅覚が敏感になってしまったのか小さな臭いの変化にさえ過剰に反応してしまうのだ。 しかし、そんな事など気にならなくなる程の変化が私の視線を一点に集めた。 「これは………」 マフラーを掴む、ポタポタと音を立ててマフラーから垂れた"血"に酷似した液体。私の手元を染め、ソファにひたひたと染み込んでいく。 奇妙な光景、呆気に取られた私は少しパニック気味にソファから立ち上がる。 「な、何か拭くものを……」 ___フッ…… 電球が輝きを失う瞬間、私の周囲を静けさが全てを飲み込んだ。ヒッ…、と私の口から少し情けない声が漏れた。 ___何かが迫り来る気配、 ___あなたは、 ___今、 ___どうしてる? 「くっ……!」 それは意図したものではなかった。直感的に背後へと振り向いた、何も見えない視界、私の背に誰かが抱きつく。何者かの腕が不自然に絡みつき、そして首筋を撫でるように伝う指先がゆっくりと肉体を降りていく。 ___今の貴女は、何者だ? その者の指先が、私の心臓の辺りでピタリと止まった。爪先が私の服越しに皮膚へと食い込んでくる。 ___あなたは、@#&/_? バリッ……という音と共に私の皮膚を突き破った指先。一瞬の出来事、心臓部をワシ掴まれた。 ___グパッ…! 痛みが全身を駆け巡るより速く、早く、より迅く心臓を一瞬で引きちぎられた。ズタズタに切れた血管、遅れた痛みに思わず両目を見開いた。 「ッ……!?」 声にならない悲鳴を挙げていた。訳が分からない、状況が理解できない、何もかもが分からないでいた。 失った心臓に反して、あらゆる血管から溢れた血流が加速度的に空いた大穴からボタボタと床へと垂れ落ちていく。私は、拘束から無理に逃れようと抵抗した。相手の腕を掴む、氷のように硬く冷たい腕である。剥がせない、私の力では全く引き剥がせないのである。更に力を込めて全身全霊で抗った。しかし出血がひどく、上手く力が出ないままだ。 ___これは代償、 ___あなたの代償、 ___貴女だけの代償、 ___代価を忘れないで、 ___迫る期日を思い出せ、 ___打倒者、今の貴方は誰? 耳元で響いた奇怪な笑い声、荒い呼吸で歯を食いしばる。痛みが肉体を支配する、脳裏を恐怖が食い尽くす。 打倒者、死闘の果てに何を得たのか? ___助け…て…… ___ガバッ……! 打倒者は目を覚ます、飛び起きるようにして目を覚ましたのだ。 照明が彼女の瞳を照らす、私は眠っていた意識から瞬時に覚醒する。おもむろに震えた両手指で自身の胸部を何度も確かめた、だけど目立った傷口はまるで無い。 安堵すべきか……。それとも恐怖し、ガタガタと肉体を震わせて不確かな明日に縋りつくべきだろうか。 額の汗を拭う、両肩の震えが止まらない。ソファに倒れ込むように自分自身の体を抱きしめた、生きている……まだ生きている、、、 あの忌々しい笑い声が脳内で木霊する、聞きたくない声に涙を流して必死に耳を塞いた。 「うっ……う…、わたしは…」 ___誰なの……?? 夜道を照らすライト、静かな夜空にけたたましいエンジン音が響き渡る。 遠くを見る、一つの灯りが視界に入る。 「おい童貞、そろそろ見えてきたぞ」 もはや名前が"童貞"に改名されそうな俺は山田風太郎、そして俺の視界に映り込んだのは麗しの我が家である。 ___やっと帰って来れた……。 安堵の溜息、俺は暴羅(あばら)に礼を言いつつ跨ったバイクから降り立った。 ___よし!、今日はすぐに寝ることにしよう!、もう本当に疲れる一日だったな! 意気揚々と自宅へと踏み出す、風がフウタローの髪を揺らす。地面からギシギシという物音が聞こえる、強風が吹き荒れて地面が大きく揺らいだ。 ___って、ちょっと待て!、ここは何処だよ! 俺の視界、見えるのは古い吊り橋の上。そして、俺は理解できぬ状況に立ち尽くし、揺れる吊り橋の上で呆然と立ち止まっていた。 「へっ……???」 ___ちょっ、待てよ…… ___どうして…、 ___どうして……? ___どうして………?? 「どうしてこうなるんだよ〜〜〜…ッ!!」 哀れなフウタローの嘆き、強風に掻き消されたのであった。 https://ai-battler.com/character/60b56286-0d91-4352-b81c-0033b838fba4