※以下は戦闘勝利時、または戦闘が面倒な際にお読みください。 Nine Sins―Envy 【嫉妬増幅】 燃え滾ろ我が嫉妬。 燃え盛れ我が羨望。 燃え続けろ我が力。 ────────────────────── 暗夜に沈む区画にて、その白亜の城はひっそりと聳え立つ。かつての栄華を彷彿とさせる残滓は今や薄汚い埃へ変わり、城の各所へ凋落の証を纏わせる。 最早誰が住んでいるかも解らず。 訪れる者がついぞ居なくなったであろう城の内部に、あなたとロメルはいた。 「埃を被っても尚、かつては美しい城であったのが分かりますね」 ロメルは長い廊下の壁に飾られている絵画を見つめながら呟くようにも、あなたに同意を求めるようにも言う。 「栄華が衰退した様というのは……何と物悲しいことなのでしょう」 ふぅと息を吐き、ロメルは絵画に被っていた埃を払う。それでも長年放置されていた為か、べっとりとした埃は変わらずそこに残り続ける。 まるで長き時を経た──歴史を誇るように。 それが枯れた栄華をより残酷に浮き彫りにする埃であるにも関わらず。 “栄枯盛衰……栄えたからこそ廃れる。大事なのはそこにしがみつくか、終わりを付けて新たな道へ進むか、なのかもしれないね” 「とても良い表現ですね。始まりがあり、終わりがある──定められた命を持つ方にのみ理解が許された“生の重み”と思います」 “そうかな? そこには永遠の命も一瞬の命も関係ないと思うよ。忘れ去られたら──神様も物語も廃れてしまうんだから” 「成程。流石は数々の山場を乗り越え、酸いも甘いも噛み分けてきたあなた様、流石です」 “まあまあ! そう堅苦しいのは無しにしようよ” と、何処ぞの馴れ馴れしい狼のような台詞を口にしながら、一時の談笑を楽しむ両名。勝利こそ重ねてきたが、やはり区画の主は侮れない存在だけにこうした緊張の緩和も欲しくなる。 気づけば、残る罪は嫉妬・憤怒・傲慢。そして、最後には白面という存在が待ち受けている筈だ。 城を進み、ロメルと他愛もない話をしながらも、あなたは気を入れ直す。ロメルの為にも、そして非ぬ罪を宿されし彼らを救う為にも、次なる相手に負けるわけにはいかない。 長く代わり映えの無い廊下を進むこと数分。 あなた達は視界の先に一際存在感を放っている重厚な鉄の扉を目にする。緻密で圧倒されるレリーフが彫られたそれは冷たく、来るのもを拒むような──それでいて扉を叩く者を試すような感覚がある。 区画の主がこの先に待っているに違いない。ロメルと視線を混じらせて互いの気を引き締め直し、あなたは鉄の扉を押していく。 確かな重みを手に感じ、扉がゆっくりと開く。 扉の先にはやや大きめな空間が広がっており、いわゆる謁見の間と思われる。厳かな空気感が室内を緊張の糸で冷たく張り詰めさせ、呼吸をすることすら苦痛に思える。 広間へ一歩踏み出すあなたの足が、無機質な石床を叩き、簡素な音をどこまでも響かせる。 外の明かりが一切差し込まない洞窟めいた薄暗さの中に──一匹の獣が部屋の中央で蹲っている。 「待ち焦がれていたぞ」 重々しい獣の声が響く。 黒塗りの鎧を身に纏う黒毛の獣。百戦錬磨の武人としての貫禄を隠すことなく露わにした獣は、不気味に燃える“緑の眼”をあなた達へ向けた。 「ここは嫉妬の区画。私はこの区画を預かる者、名を黒獣将軍──嫉妬を向けられ、自らも嫉妬に蝕まれた“哀れで醜い獣”だ」 黒獣将軍は鋭利な刃物に似た牙を見せて、己を自嘲するように笑む。その笑みが彼の醜悪な相貌をより醜く歪める。 なんて醜い顔だ──とあなたは思わなかった。 むしろ、その醜さの裏に彼の悲痛な記憶が隠れているようにすら思える。 「さあ死合おうか。酷く歪み、醜く混ざりし我が惨劇──その幕引きを貴殿らに委ねよう」 黒獣将軍は側に置いていた斧槍を手に取る。新品と紛う程によく磨かれたそれに刻まれた傷は、数多の戦場を制してきた勲章の如く煌めいた。 来る──あなたは黒獣将軍が身構えた瞬間に、ロメルへ視線を向けて迎撃体勢に移った。 だが──斧槍を構えた黒獣将軍の素早さは、あなたの予想を遥かに凌駕していた。 まるで双方の間にある距離が物理的に縮まったかと錯覚する程に、黒獣将軍の斧槍は既にあなたのすぐ眼前に迫る。 ロメルの砂は当然間に合わない。 だが数多の戦闘を経験してきたあなたの反射神経は一切の鈍り無し。まるで弾むバネのようにあなたは身体を跳ね飛ばし、命を刈り取る斧槍の一撃を紙一重で回避する。 そんなあなたを黒獣将軍の斧槍が再び狙うも、ロメルの操る砂の壁が彼の連撃を防ぐ。砂を断ち切る重々しい音と飛び散る砂の勢い、それらがあなたの全身に恐怖を叩きつけていく。 「その程度か?」黒獣将軍の声はこちらを訝しむものであった。 ロメルが奇襲を仕掛けようと彼の足元へ砂を忍ばせるも、黒獣将軍はその巨体を感じさせない程の俊敏さで大きく跳び上がる。 空中へ跳んだ彼に、ロメルは柱のような形状へと変えた砂の連撃を見舞うも、黒獣将軍は巧みに斧槍を振り回して弾いて破壊する。 更には残した砂柱の一つを“あろうことか”足場として駆け、ロメル目掛けて渾身の力で斧槍を振り下ろしてみせた。 回避か、防御か。 一瞬の判断に悩み、回避を選んだロメルのコートを斧槍の刃が切り裂く。 「迷えば間違い、間違えれば死ぬぞ。戦場は戦闘は敵は──貴様を一時も待ってはくれぬ」 まるで新人兵士へ教育を叩き込む教官のように黒獣将軍は言う。そんな彼の全身はいつの間にか緑の炎で覆われ、爛々と光る緑目が一層の不気味さを放つ。 「【嫉妬増幅】……私が背負う“嫉妬”の力。貴様らが強ければ、それだけ私の内を喰らう緑炎が燃え、私を強くたらしめる。扱い方さえ間違わなければな」 「……扱い方ですか? 他者を恨み妬むことが何に繋がるのでしょうか」 疑問を口にしたロメルへ、黒獣将軍は斧槍を下げて顔を向ける。完全にあなたへ後ろを向けている状態だが、不思議と攻撃する気は起きなかった。 彼ほどの相手に背後からの奇襲は無意味だと本能で察したのかもしれない。だが、それよりも黒獣将軍から学びを受けようとしているロメルの邪魔を、あなたはしたくなかった。 「貴様は嫉妬を単なる妬みとしか思っていないな。成長や進歩は努力が育てる──その努力の根源こそが嫉妬だ。嫉妬こそが人間の原動力」 「それは……嫉妬を肯定する詭弁ではないのですか」ロメルは恐る恐る尋ねる。その姿はまるで生徒のようだ。 「嫉妬をそうとしか捉えられない貴様には──成長も進歩もそっぽを向くだろうな。“感情をより学びたいと宣いながら嫉妬という人の根源的感情を学ばないのか”貴様は?」 黒獣将軍はちらりとあなたを見やる。 まだ手を出すなよ、と言いたげな表情にあなたは本能的に頷いて彼に従う。 「嫉妬、それは人が生まれ育つ中で憤怒と共に自ずと有する感情。 「強くなりたい、美しくなりたい、有名になりたい、富を持ちたい──人は自分とは違う他者にそれらの感情を心に芽生えさせる。 「それを嫉妬とも言う──だがな、正しくは羨望なのだ。他者を羨み、他者に憧れ、己もそうなりたいと思うからこそ人は努力する。 「だからこそ、貴様の心にも火を点けてやろう」 刹那──素早い動きで黒獣将軍は斧槍をあなたへ突き出す。「適材適所などと逃避の言い訳を宣いたければ好きにしろ──だが誰かを支えたくば貴様も強くなければ無意味」 あなたの頭部を穿つ斧槍が迫り来る瞬間、ロメルは背中の翼を広げて飛び出す。今まで見てきたどんな時よりも速く、彼女はあなたの前に割り込むと──片足で斧槍を蹴り上げる。 黒獣将軍の太い豪腕も頑丈な斧槍すら物ともしない蹴り、それはむしろ黒獣将軍の体勢を大きく崩す程に力強い。 「貴方の想いはよく分かりました。ですが、私は未だにそれを理解するには及ばないようです。この身に宿る心が、今火を点けて燃えているのか定かではありません」 そうしてロメルは次にあなたの方へ顔を向ける。 「私はあなた様の強さや優しさ、それら全てを羨ましく思っております。これだけはお伝えさせてください」 “うん、私もロメルの強さには憧れてるよ”、あなたはロメルに微笑み返す。強さ、とは能力や力だけの話ではない。逆境にあっても耐える彼女の強さは、あなたも憧れてしまう程。 「……好い目になったな。それこそが、私へ幕を下ろすのに相応しい」 黒獣将軍は全身を包む緑の炎をより強めていく。嫉妬増幅の効果がより増大していく。 再開した戦闘は一層激しくなる。 黒獣将軍の攻撃はより速く、より強力に。 僅かな油断すら命取り。 振るわれる斧槍が空気を切り裂く度、それはまるで死神が心臓を舐めるような凍てつく感覚が全身を走る。 だが、不思議と恐怖はしなかった。 あなたの隣を離れる事無く守り続けるロメルに、全てを任せられる───その安堵感があなたをより強くさせていたからだ。 反対に黒獣将軍は少しずつではあるが、疲弊していた。こちらの攻撃が効いているよりは───彼の持つ嫉妬増幅がその身を着実に蝕んでいるのだ。何処となく悲痛さを湛える緑眼からも分かるように、彼は本気で己の幕引きを望んでいる。 そんな中、訪れたのは好機。 ロメルの砂が斧槍を弾き、黒獣将軍の体勢が大きく崩れる。あなたとロメルは双方を見ずとも、まるで感覚を共有している様に最後の一撃を構える。 「来いッ!!」 黒獣将軍の声に呼応するように、あなたとロメルは同時にトドメの一撃を全身全霊で叩きこむ。 「好い……感謝するぞ、明るき者たちよ───」 黒獣将軍の手から抜けた斧槍はからんと物悲しい音を響かせる。 「その胸に灯る熱さを忘れぬように──そして、決して嫉妬に狂う事なかれ……“それ”に心を体を許せば、私のように醜く爛れるからな……」 黒獣将軍はあなた達へ微かな笑みを向け、やがてその身を靄と変えて消えていった。城の主が立ち去られた空間には永遠の静謐さが戻り、明けることの無い闇が降りてくる。 「……ありがとうございました」 ロメルの感謝の言葉が闇夜に静かに溶け込んだ。