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どこか儚げな美少女に花束を

 花束を添える、冷たい墓石をそっと撫でた。  白い花びらが風に舞う、私は"彼女"に手を合わせる。安らかに、どうか安らかに……と手を合わせたのである。  私は、帰りの電車に揺られる。  背に受けた夕日、暗い影が伸びる。  私は"彼女"を覚えている、しかし名前が出てこない。  私は"彼女"を忘れない、再び会えた事を喜んだのだ。  帰り道は遠い、なら……少し昔の話でもしようかな……えぇ、そう…ふふっ……そうね。  雨の日、私は手を伸ばす。強風に煽られた老人を引き起こす。  「ふふっ、久しぶりですね。私、生まれ変われたんです」  老人は目を見開く、それは大きく見開いた。声が聞こえてくる、私の名前を呼ぶ声が聞こえる。  「愛…!」  名前を呼ばれた少女は笑う、私は儚く笑ったのだった。  「名前、覚えてくれてたんですね」  愛、それは私が生まれ変わる以前の名前である。目の前にいる彼女は生前の数少ない友人、そして再会を約束した相手であった。  風が二人を揺らす、私は寒風に身をすくめながら相手の手を取った。  「どこか温かい場所で話しませんか」  皺だらけの手、その手を引いて私は歩き出す。  相手は状況が飲み込めていない様子で私に連れられていく。  無理もない、私は一度は死んだ身。そんな私が急に現れたのだ、きっと信じられる人の方が少ないだろう。  「そうだ!、休むならカフェはどうですか?、また二人で行ってみたいです、あの日みたい……」  私は、彼女とカフェに来ていた。  「このカフェ、まだ営業してたんですね」  私は懐かしむ、生前に一度だけ来た事があるのだ。  冷えた両手でカップを包む、紅茶の香りが鼻先をくすぐる。じんわりと広がる熱、私はふふっと微笑んだ。  すると___、  「改めて、愛と呼べばいいんだろうか」  彼女は少しぎこちなく呟く、まずは自己紹介からだ。  「はい、今世での名前も実は"愛"なんです。偶然の一致ってすごいですね」  「そうか、今はいくつになったんだい?」  しわがれた声が、そう問いかける。  「今年で16歳になります、最近ここに引越してきたばかりなんです。もちろん、今回は病弱なんかじゃありませんよ」  「そうか……、それは良かった」  ほんの短い会話、それを噛み締めるように相手は目を閉じた。  「よかった……、本当によかった…」  私が死んだのは今から数十年も前になる、覚えているのは病室の天井を見つめていた事、薄れゆく意識だけが目の前を支配していた。  私は呟く___、  「そういえば、あなたに助けられたのもこんな雨の日でしたね……」  不意に私は窓の外を見つめる、吹き荒れるように雨が降り続いていた。  彼女とは、その昔に偶然出会ったのだ。  余命短い、そんな私は逃げ出した。怖くて"病室"を飛び出し、無我夢中で病院を抜け出したのだ。その後に両親や看護師さんにはこれでもかと怒られたっけ……  視界が雨で塞がれる、強風が私の身体を凍させる。どこかに行く宛なんてない、己が死ぬと分かっていたからこそ進む足が止まらない。まるで死から逃げるように私は走り続けている。  そんな時___、 ___ドンッ…!  誰かとぶつかってしまった、驚いて尻餅をついた私は咄嗟に謝罪の言葉を口にしていた。  「ケホッ、ケホッ、ごめんなさい…!」  そんな私の眼前に差し伸べられた手。  「ごめん、私の方も不注意だった……」  私は手を伸ばす、掴んだ手が私を引き起こす。これが彼女との出会いであった。  「大丈夫?、すごいずぶ濡れだよ」  相手が私の服を指差していた、私は下を向く。  着の身着のまま飛び出した病院服、薄らと雨で透けた下着。私は恥ずかしくて咄嗟に胸を隠した。  「あ、いや……ごめん」  相手は困った様子で頬を掻く、悪い人では……なさそう…?  「とりあえず、着替えを調達しに行こうか」  相手に手を引かれる、私はどう反応すれば良いか分からず歩き出していた。  着替えの調達を終えて今は二人でカフェに来ていた、何も持たずに病院を飛び出していた私は新品の服に身を包んでいた。  「すみません、こんな可愛らしい服を……お金は後日お返し致しますので」  「いいよ、気にしないで」  相手は、そう素っ気なく告げる。  私の心に申し訳ない気持ちが込み上げてくる、気を紛らわせる為に紅茶を口に含む。茶葉の柔らかな香りが口内に広がる、私はふぅ…と小さく息を吐いて綻んだ。  その後、幾つかの会話が飛び交った。私は相手からの質問に対して自分自身の病状について包み隠すことなく告げた、相手は少し悲壮感を含んだ表情を見せた。  しかし、それは周囲が見せるような表面ばかりの哀れみの顔ではない。きっと相手は心から悲しんでくれているのだろう、その事が少しだけ死への恐怖を和らげてくれたのであった。  余命短し私は両親の反対を押し切るかたちで、これ以上の治療継続を拒否した。明日が見えない、一寸先が闇なのだ。治る見込みの無い病と闘う苦しみを他人は知らない、いつか死ぬかもしれないという不可視の恐怖を誰も知らない。  気づこうとしない、分かろうとしない、全員……私を理解は出来ない。  両親を説得する事ができた、前に知り合った彼女にも手伝ってもらって私は初めて外の世界と触れ合います。  海に行きました、初めて食べた焼きそばが美味しかったです。すぐ後に吐いてしまいましたが、いつかまた食べてみたいです。  山に来ました、初めての山登りに張り切りすぎて一緒に来ていた彼女に笑われてしまいました。山の景色は綺麗でした、でも……山岳途中での怪我が全く治らず出血が止まりませんでした。山頂には行けませんでしたが、いつかまた登ってみたいです。  映画を観ました、SF…?という作品らしく『惑星に寄生した巨大な虫 vs 宇宙人の戦い』を壮大に描いた超大作で、私はとても好きでした。それから、今回は体調が良かったらしく何事もなく楽しく過ごす事ができました。なのでもう一度、いつかまた……映画を観に行きたいです。  いつかまた…………。  いつか………?  私にいつかなんて………、  無かったようです___。  病室のベッドに背中を預けた、手首に通されたチューブ、一滴…また一滴と静かに点滴が落ちていく。  「もう、そんな怖い顔をしないで下さい」  彼女が見舞いに来てくれたのだ、しかしその表情は重かった。  「大丈夫ですよ!、きっとまた直ぐに元気なります、その時は…!」  「私は、愚か者です……」  彼女はそう告げてきたのだ、私はキョトンとした表情で彼女の顔を見つめていた。  何を……?  「そんな事ないです!、貴方はすごく優しくて…!」  咄嗟に私の口から発せられた言葉、しかし直ぐに遮られてしまった。  「違う!、全部……ぜんぶ私がいけないんだ!、貴方が苦しんでいるのも!、貴方が死んじゃうのも!、貴方をこんな部屋に縛りつけてる張本人は私!、私なの!、貴方に押し付けた…貴方の運命を奪って私は生きてきたの!、他人がどうなっているかなんて知らずに平気な顔して生きてきた!、私は……わたしは…」  この時の彼女はどうしようもなく情けない表情を浮かべていた、突然の事に私は驚いてしまい、目線が泳ぐ………  だけど、気を取り戻した私は静かに微笑んでみせた。  「私は貴方が好きです……大好きです。雨の中、私を助けてくれた事、私の無茶なお願いにいつも笑って付き合ってくれた貴方が…、そんな貴方が私は大好きなんです」  違う、と否定の言葉が聞こえてくる。しかし、私は首を横に振って手を伸ばす。彼女の頬に触れる、私は優しく微笑んだ、そしてこうも呟いた。  「私は恋を呟く、私は愛を囁く、私は貴方が好き。 」  私は……本当は恋なんて知りません、愛というものを理解するには時間が足りません。しかし、あの時の出会い、これまで過ごした日々を振り返っては思うのです。  たぶん、これが"恋"という感情なのだと、これこそが私の初恋なんだと感じました。  だから___、  「だから生まれ変われたら……もしも、生まれ変われたら…また、あのカフェで一緒に過ごしたいです」  たぶん、これが彼女との最期の別れになのだろう。直感的に私は理解した、だからこそ今の言葉が嘘になろうと、たとえ夢物語のような話だったとしても彼女に伝えたかったのだ。  「ふふっ、冗談ですよ」  私はそう言って笑う、きっと次なんて無いのだろう。"いつか"なんて存在しない、生まれ変わるなんて有り得ない……。  でも___、  それでも___、  そうだとしても___、  「もしも、夢が叶って生まれ変われた私に出会えたのなら、あの時みたいに私を助けてくださいね、きっと生まれ変わっても私は不器用でおっちょこちょいな筈ですから」  頬に触れた手を彼女は握り返してくれた、震えていた……握ってくれた彼女の手が震えていたのだ。私は理解している、己が死んでしまう運命だという事を一番に理解している。だから、希望を……叶うかどうかも分からぬ夢を口にしたのだ。  「えぇ、きっと…必ず、貴方を助けます」  彼女は頷いた、大きく頷いてみせたのだ。彼女の頬から零れ落ちる涙、釣られて私も涙が込み上げてくる。  えぇ、いつかまた___、  私の最愛の人よ___。  彼女が帰ってしまった、その背中を見送るのは少しだけ心苦しくて仕方がなかった。  だけど、これで後腐れはないと思う事ができた。  「ふふっ、いつかまた……か…」  不意に口元に触れる、涎でも垂れてしまったのだろうか?  「へっ……???」  赤い、それは赤く染まった手を見つめる。  瞬間___、  「ゲホッ!、ゴホッ!、ゴポッ!、オ"ェ…」  血を吐いた、真っ白なシーツを赤く染める。それ以後の事はあまり覚えていない、看護師さんの叫ぶ声が聞こえる……背中をさすられていた。  肺が苦しい……、心臓が…痛い……  頭が……意識が………掻キ乱サレテ……  ___ピッ、ピッ、ピッ、ピッ  ___ピッ、ピッ、ピッ…、ピッ  ___ピッ…、ピッ…、ピッ…、ピッ……  ___ピッ…………ピピーーーー……  私は亡くなった、享年16の冬のことである。  ___ガチャ…!  深夜、薄暗い病室に誰かが訪ねてきた。まだ霊安室には移動されていない死体、先程に死んだばかりの為なのか、今にも目を覚ましてしまうのではと錯覚する程に安らかな表情である。  見知らぬ誰かは、その死体に手を伸ばす。  そして耳元で、こう呟いた___。  それは……、 https://ai-battler.com/character/0c5ddb96-71be-4efb-a2a6-598c15f96861